偏差値70以上の進学校で指導し、教え子の5人に1人を東京大学合格へ導いてきた国語科専任教諭、市野瀬早織氏。
東大を目指す学生が自然に身につけている基礎力のひとつが「読み方スキル」だと市野瀬氏は主張する。
文章の要点を素早くつかみ、自分の言葉で説明できる。相手の意図を正確に理解し、的確に判断できる。こうした力は、入試にとどまらず、「社会人として仕事を遂行するため」「リーダーとして活躍していくため」にも欠かせない能力である。
この読み方スキルを、誰でも今すぐ使えるように体系化した市野瀬氏の初の著書『東大合格者が身につけた 一生使える「読み方スキル」』は、発売たちまち増刷するなど、話題を呼んでいる。
その市野瀬氏が「文章を正しく読めない日本人」が急増している背景と「日本語の意味を取り違える人」に欠けている基礎力について解説する。
「短文主流」の今「長文を読む機会」が減少した結果…
上司からの「確認しました」というメッセージを「承認」だと勘違いして業務を進めてしまった。契約書の一文を読み違えて、意図しない条件を受け入れてしまった。
このように、「たぶんこういう意味だろう」と思い込んで読み進め、実はまったく違う意味だった――そんな経験はないでしょうか。
私たちは思っている以上に、文章を「読めていない」ことがあります。
一体なぜなのでしょうか?
まず挙げられるのが、長い文章を読む機会の減少です。
スマートフォンの普及により、私たちが日常的に触れる情報は、短く区切られた形式が中心となりました。SNSの投稿、要約されたニュースは短時間で理解できる反面、文章全体の構造を追いながら読む必要がありません。
長文を読むためには、文と文の関係を整理し、筆者の主張や前提を意識しながら読み進める必要がありますが、こうした能力は使わなければ衰えてしまいます。
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【必要な情報だけ見つけて読めればいい】
また、「読む」という行為の目的が変化している点も大きいと思います。
現在は検索によって必要な情報をすぐに取り出せるため、「文章全体を理解する」よりも「必要な部分だけを拾う」読み方が主流になりつつあります。
この読み方は効率的である一方で、論理の流れや前提条件を見落としやすいのです。その結果、部分的には理解していても、文章全体の意味を取り違えてしまうことが起こりやすくなるのです。
社会人にも求められる「現代文の基礎力」
意味を取り違えてしまえば、相手の言いたいことを正確にくみ取ることができません。そして、その内容に対する自分の考えを整理し、適切に伝えることもできなくなります。
このように、文章の構造を読み解く力を、私は「読み方スキル」と呼んでいます。この力は特別な才能ではなく、何歳からでも訓練によって身につけることができます。
読み方スキルを養ってくれるのは、なんといっても「現代文」です。
現代文では、与えられた文章から書き手の意図を読み取り、テーマを抽出し、それにもとづいて自分の意見を構築する力が求められます。
これは、大学受験のためだけのものではなく、社会に出てからのコミュニケーションや問題解決の場面でも活かされます。国語という科目の枠を超えた、「社会で活躍するための基礎力」であると言えるのです。
私が10年間の教員生活のなかでとくに痛感したのは、東京大学をはじめとした難関大学の入試問題では、読み方スキルのひとつでもある「事務処理能力」が問われているということです。
「難文」を読みこなすには、複雑な構成、専門用語、抽象的な論理展開、これらの情報を頭の中で的確に整理し、意味の流れを自分で構築していく必要があります。これが、読み方スキル的にいう「事務処理能力」です。
「事務処理能力ということは、文章の内容を全部理解する必要があるのでは?」と思うかもしれませんが、「じつはそうでもない」というのがこの話のミソです。
というのも、これまで生きていて、自分の身に起きたすべてのことが起きた理由や意味を完璧に理解してきたという人はいないはずだからです。
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【難文読解に活用できる事務処理能力】
人間は、それぞれの情報に対して、「わからないこともあって当然」と、無意識に認識しています。
また、理解できないことは、これまでの経験や、もっている知識から予測し、その場や未来を乗り切る知恵を出すことを当たり前のようにやってのけているのです。
必要なのは「素早く全体把握する」こと
そんなわけで、私が教え子たちに国語科の授業で重視してきたのは、目で見てスピーディーに全体の内容を把握するスキルです。
「頭で読む」というよりは「目で見る」。つまり、「視覚で判断して、文章全体のイメージをわかせる」ということ。
とにかく文字を目で追いながら、繰り返される単語を拾ったり、その単語にまつわる情報をつなげて読んでみたりして、文章全体把握に必要な情報を入手していくのです。わかりにくければ、頭の中で文章が描き出している内容を映像化することも有効です。
まずは目で見て全体把握しておくことで、二度目、三度目に読んだときに、だいたいのピースが並んだところに詳細を埋め込むことがしやすくなります。
逆にいえば、細かい情報の処理は後回しでいいから、とにかく「全体像把握」に命をかける! そんなイメージです。
むしろ、ぱっと目で見てキーワードや筆者独自の視点を把握するからこそ、細かい説明の意味するところも、より明確に理解できるというわけです。
わからなければ、わかるところをつないで、「おそらくこういうことを言おうとしているのだろう」と予測を立てながら読み進めていく。こうする中で、じつはまた「新しい光」が見えてくるものなのです。
これはよく驚かれるポイントなのですが、東大入試はいかに「絶対的な基礎力」があるかということを問われます。ですから、東大入試の現代文とはいえ、決してひねりにひねった難しい問題ではないのです。
もちろん並んでいる語句を知っていればいるほど、内容の理解のスピードも速まりますし、全体把握に大いに役立ってくれます。
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【東大で求められるのは迅速な全体把握】
一定レベルの語彙力は当然求められますが、それだって語彙の問題集を1冊マスターしたら事足りるくらいのレベルでしかありません。
ということは、東大は決して知識量がある人だけが合格する大学ではないとも言えます。
大切なのはむしろ、素早く全体把握ができること。この力を求めていると言っていいと思います。
いまここで起こっていることが何か、その核心を早くつかむことによって、早く適切な対処ができます。
それでこそ日本や世界を動かすリーダーとしてふさわしいと考えてのことでしょう。
「メッセージ」さえ理解できればOK
重要なのは、断片的に読むことではなく、文章全体の骨組みをつかんだうえで読むことです。
文章を読む目的は、すべての情報を均等に理解することではありません。書き手が何を伝えたいのか、そのメッセージをつかむことにあります。
たとえば『アフターコロナで、会社を立てなおすために大事な20のこと』という本があったとします。
その場合、この1冊で著者が伝えたいのは「アフターコロナでの会社の業績の上げ方」です。もしくは、「業績をせめて元の基準まで戻す20の方法」かもしれません。読者が確認するのは、この20個の方法です。
それさえ理解できれば、「この一文の意味がわからない」「なんか難しい専門用語が出てきた……」という問題は、もはや問題ではなくなるのではないでしょうか。
自分の未来に役立つ何かを得ることができれば、文章を読む目的は達成したようなもの。ですから、基本的には、書き手の一番伝えたいメッセージさえ理解できればOKなのです。
日本語を正しく読む力とは、知識量ではなく、構造を捉える力です。東大入試が問うているのも、まさにこの読み方スキルにほかなりません。
情報があふれる時代だからこそ、こうした読み方の重要性は、これまで以上に高まっているのです。