『「デタラメ思考」で幸せになる!』 ひろ さちや
| 「デタラメ思考」で幸せになる! (新書ヴィレッジブックス) ひろ さちや ヴィレッジブックス 2007-07 by G-Tools |
ひろさちやはいいことをいう。「「働きたくない」という欲望が、いちばん人間らしい欲望です」。「道徳なんて、馬鹿にしたほうがいいのです」。「欲望を充足させると幸福になれるというのは、悪魔の思想です」。
とくに働きたくない気持ちを正当化するメッセージにはおおいに共感する。私も仕事で遅くなると「いったいなんのために生きているのか?」と怒りに煮えたぎってくるし、仕事をしているたびに人生を奪われている気がする。しかし会社におもねるしか生きる道がないし、年収が低かったり非正規雇用であると「下流」だといって脅される。
なんで日本はこんなに働くことに価値をおいた社会になったのだろう。なぜ日本は働きたくないというごく人間らしい欲望を認められない社会になったのかと思う。私には正気の沙汰に思えない。マジメに勤勉に働いて、立派な家や豪華な車に乗ることがステータスになってしまって、自分のための人生がない。私はこの価値基準がまったくさかさまだと思う。
ひろさちやは世間の価値観や欲望の奴隷となった日本社会のありようをすべて批判する。過激で、痛烈なことをいっているはずなのだが、ふしぎなことにひろさちやの筆は危険なことをいっているという感じがない。たぶんやさしい文章で噛み砕いているから、過激さが中和されているのだろう。
まったくいい社会批判である。そもそも仏教は社会のおおくのことを批判して世間や家族を捨てる思想をもっていたものである。日本の仏教僧は国家公務員であったから、世間や国家の服従を説くようになった。ひろさちやは仏教の原点を社会批判というかたちでくりひろげる。仏教はこのような反社会なものであり、人間の過ちや愚かさを痛烈に批判するものであったはずだ。そういうキバが抜かれた仏教は世間の奴隷や過ちを正す役割をなにひとつもてないのである。
ひろさちやのお顔の写真をながめていると、この人は破天荒な坊さんという感じはしない。どちらかというと世間に従順に生きるタイプのほうに見えるし、サラリーマンっぽく見える。この人は思想と行動が乖離しているのかな、あるいは世間の力をちゃんと配慮できる人なのかなと思う。
ひろさちやはこのような社会批判の同じような本を何冊か出していて、私も一、二冊読んだ。同じことだと思っても、好きな主張だから私は確認する意味でもう一度読むのである。ひろさちやは世間の価値観の足元を蹴飛ばす。仏教とはほんらいこのようなものでなければならないと思うし、人々の世間に拘束されたり、欲望のワナにはまる愚かさを指摘する思想であったはずである。この大切な役割をいまの仏教が果たしているとはとても思えない。
この言葉は好きである。
「立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」
いくらお金や権力をもてたとしても、人間の必要なスペースと食べられる量は限られているのである。人間はどうも世間の他人にむけて権力や豪勢さの威嚇をしないとコワくてしょうがないみたいである。
「日本語の愛は、本質的に「執着」を意味します。
仏教的には自分を中心にして相手への自分の執着を貫こうとする心持ちをいう。仏教では「愛」を必ずしもよいこととは見ていない。また、概して優位にあるものが弱小のものをいとおしみ、もてあそぶ意の使い方が多かったので、キリスト教が伝来したとき、キリシタンはキリストの愛を「愛」と訳さず、多く「ご大切」といった。
二つのものを比較して、どちらかいいほうを選ぶのが「愛」です。だから仏教は、「愛」を嫌います。「愛するな」と教えます」
現代日本の至上のものとされる「愛」だが、やっぱりウソっぽさや欺瞞もたくさん感じられるし、利己主義や功利主義ではないか、たんなる経済の要請に過ぎないのではないかと疑問が噴出するのだが、こういう至上のものを足蹴にしてくれる思想は私の強迫観念を吹き飛ばしてくれて、たいへんありがたいのである。
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▼ひろさちやの過去に読んだ著作
| 仏教に学ぶ「がんばらない思想」 ひろ さちや PHP研究所 1999-05 by G-Tools |
仏教はまったくいいことをいっている。高度成長とかバブルの時代になにをやっていたのだろうか。この本は競争社会に走りつづける日本人のよい解毒剤になるのはまちがいないのだが、いったいどれだけの人が読み、かつじっさいの生き方に実践するというのだろうか。
「なぜ日本人は奴隷になったのか」「生きがいなんて要らない」「過去のことをくよくよしない」「明日の心配はしない」「進歩がなくてもいい」といった魅惑的なタイトルが目白押しで、キレイ言ばかりいう仏教というイメージを一新してくれるかなり批判精神の効いた仏教の本である。
こういう精神のかまえはできるだろうが、じっさいのビジネス社会にどれだけの実効力があるのかというと、やっぱりかなり悲観的にならざるを得ない。
| お釈迦さまの肩へ―ひろさちやの幸福論 (カッパ・ブックス) ひろ さちや 光文社 2001-07 by G-Tools |
言っていることはものすごくいいことだと思う。「頑張ってはいけない」「競争の渦に巻き込まれるな」「自分と他人を比較するな」「会社や組織を突き放せ」「よけいなことは考えない」「ほどほど、いいかげんがいい」――涙がちょちょぎれるほど、慰められる言葉群だ。
右肩下がりの下り坂の時代にはとてもぴったりした知恵だと思う。ただ、ひろさちやの文章はどうも感銘や驚きがなく、あっさりと読み終わってしまう。落とし処やねじりとか、突き放しがどうもない。森毅のような人に言わせたのなら、辛辣に常識の馬鹿が笑えたと思う。かなり惜しい文章である。