スタートラインに立った時、もう何も考えず行くだけ
高木美帆 1500mの先へ
スピードスケーター・高木美帆にとって、 2022年の北京冬季五輪はキャリアの絶頂だった。
当時27歳。手にしたメダルは、金、銀、銀、銀の計4個。 前回の平昌五輪と合わせ、獲得メダルは計7個まで積み上がった。
日本の女子アスリートが、誰も到達したことのない領域だった。 この五輪が、集大成としてふさわしいように映った。
頭をよぎった引き際。だが、高木は再び滑り始める。
駆り立てたのは、いまだ届いたことのない「頂点」への渇望だった。 過去の自分をどうやって超えていくか――。
下した決断は、業界の常識を超えたものだった。
- 五輪の獲得メダル数
- 計7個
夏冬を通じて日本女子最多
2026年1月時点- W杯個人種目勝利数
- 計38勝
日本で歴代最多
2026年1月時点五輪会場のリンクで氷の感触を確かめる=2010年2月
突然の疾風 2009-2013
「美帆の帆はヨットの帆。風のままに進むんです」
競技人生の原点から描いてきた軌跡は、未知の水平線をめざす航路のようでもある。
自身の帆をいっぱいに膨らませ、逆風が吹き荒れても前進をやめない。
北海道の中学に通っていた無名の15歳が、「スーパー中学生」として日本中に知れ渡ったのは2009年12月だった。
翌年2月に開催されるバンクーバー五輪の代表選考会。
国内トップ選手が競う大会で、3000メートルと1000メートルで3位に入った。中学新記録で滑り切った1500メートルは優勝をさらってみせた。
大先輩を押しのけて上がった表彰台の真ん中で、「やばい」とはにかむ。日本のスピードスケート史上、最年少五輪代表の誕生だった。
1994年生まれ、北海道幕別町出身。幼稚園でスケート、小学2年でサッカーを始めた。スケートは冬限定で取り組む競技に過ぎなかった。
2010年2月、五輪のリンクに初めて立った。が、1000メートルは最下位、1500メートルは23位。
出場できなかった女子団体追い抜きは、リンク脇から懸命に声援を届けた。
日本は銀メダル。表彰式の後、先輩たちから三つの銀メダルを首にかけてもらった。
「自分も誰かに、何かを伝えられるような滑りをしたい」
女子1500メートルで5位に終わった=2013年12月
凪の時間に気づいた本気 2013-2015
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高木美帆は500m(決勝は16日未明)、1000m(同2月10日未明)、1500m(同21日未明)の3種目に出場する予定です。
結果はこちらからご確認いただけます。いずれも日本時間です。