ベストアンサー
古文や漢文は、たしかに日常生活で直接役に立つ場面はほとんどありません。 そのため「興味のある人だけやればいいのでは」と感じるのも自然です。 ただ、学校教育の中で必修として残っているのには、それなりの理由があります。 まず、現代日本語というのは、文法体系が非常に曖昧です。 明治以降の『言文一致運動』で、話し言葉がそのまま書き言葉に入り込み、文法の枠組みが崩れたまま現在に至っています。 そのため、現代語だけで『文法』を体系的に教えるのは難しい。 そこで、構造がはっきりしていて例外も少ない古典文法が、文法教育の土台として使われているわけです。 もう一つ大きいのは、日本文化の源流に触れるという意味です。 現代の物語や言い回し、価値観の多くは、平安文学や中国古典にルーツがあります。 古文漢文を知っていると、現代作品の中に潜んでいる元ネタやオマージュに気づけるようになり、理解の深さが変わります。 これは「稼ぐ力」とは別の話ですが、文化的な教養としては依然として大きな価値があります。 こうした『文化の共有基盤』という考え方は日本だけのものではありません。 イギリスでも、一般の学校ではシェイクスピアを深く扱わない一方で、教養層はシェイクスピアの引用で談笑したりします。 古典を知っているかどうかで、会話の層が一段変わるというのは、どの国でも同じです。 さらに、古文漢文は入試科目として扱いやすいという側面もあります。 教科書の内容が全国でほぼ統一されており、出題範囲も狭く、努力が点数に直結しやすい。 教育格差が出にくい科目なので、制度上も採用しやすいのです。 こうして見ていくと、古文漢文は「使う・使わない」という実用性だけで判断されているわけではなく、 日本語教育の基礎、文化の源流へのアクセス、社会的な教養の共有、そして入試制度の公平性といった複数の理由が重なって、必修として残っていることがわかると思います。
この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう
その他の回答(14件)
昔の物語や随筆を読むのは楽しいですよ そのためだけでも充分価値はあると思います ↑ これを変人だからと言われるかもですけど 少なくともこの楽しみを知らないのは可哀想だと思いますね
個人の要不要で判断すると、学校の教科で省けるものはいっぱいあるんですよ。 古文、漢文、日本史、世界史、美術、音楽などなど……。 文系の人の理系科目や理系の人の文系科目も、出題されなきゃいらないやと言えばそういうことは可能です。 でも、そういういろんなこと学ぶのが高等学校ということになってます。いろいろやったほうが知識と人間の幅が広がるということもあるでしょうし。 それが嫌なら、高認取って要ることだけやって大学に進学するのが良いと思います。それでの高認の科目に自分にとってのいらない科目はあるかもしれないけれど、最小化は出来ます。
「日常生活を送る上で全くと言っていいほど役にたたない知識」と言えば大学受験におけるどの科目も大して変わらないのでは? まだ古文なんかは現代の国語や日常生活にに通ずるものもあり知識として知っておくと役に立つこともあります。 人は興味のないことは生活する上で気にもとめないので役にも立たないけど、興味のあることは日常生活でも気が付いて役に立っているように感じるものです。 古文漢文はあなたにとっては前者だというだけで、みんながそうだとは限らないです。
日本人が国際社会でバカにされないためじゃないかな。 例として、源氏物語は、世界中のインテリ層が認める最高峰レベルの文学作品。 日本人が源氏物語を知らんと聞くとビックリされる。信じられないと言われる。 国民が自国の古来からの名作文学を知らんということは国際社会では「恥」。 日本以外の国では、賢い人間ほど、自国の文化や、自国の先人たちの遺した偉業を大切にし、後世に伝えようとする。 だから日本も負けるもんかということで、源氏物語が高校の古文の教科書に載っていて、物語の解説やハイライトの学習がある。 しかし、これをモノにしようと思ったら、まず古文が分からないと無理。 加えて、源氏物語の作者は漢文で書かれた文学にも詳しかったことから、源氏物語は漢文の作品をネタにした内容も出てくるので、漢文を知らないとチンプンカンプン。長恨歌くらい暗唱しろよってことになる。 古文漢文を知らなくても入学できる大学はいくらでもあるけれど、大学は入試に受かればゴールではなくて入学後が大切。卒業後に世界中に「日本人の大学生はただの点取り虫の吹き溜まりで教養がない」と言われないためにも、高校までに古文漢文を学習することになる。一流大学だと理系学部でも入試で古文漢文が出題される。 将来、世界レベルの恐慌や紛争が起こっても日本が潰されないためにも、古文漢文の学習は国家の責任において学校で行われる、ということです。高校までに習う範囲は本当に限られています、大人になっても自分で読むのが理想です。現実にはそんな暇がない人が多いですが。