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ぐだ子のカルデアにぐだ男が落ちてきた話 3/Novel by 凛歌

ぐだ子のカルデアにぐだ男が落ちてきた話 3

19,234 character(s)38 mins

FGO「if」の物語。第1部途中ぐだ子のカルデアに第2部まで進んだぐだ男が落ちてきた話です。
これは3話なので、よかったら1話からどうぞ。⇒novel/10794580

・ぐだ男♂藤丸立香がメインですが、ぐだ子♀藤丸リツカも出てきます。
・ネタバレにはまったく配慮しておりません。
・捏造満載です。捏造しかありません。
・口調、呼び方、人称等、いろいろ曖昧ですがご容赦ください。
・公式設定や史実と違っていても「この話ではそういう設定なんだな」と思ってください。
・腐向けではありません。エロもCPもございません。健全なる全年齢向け。仲良しのふたりも「×」ではなく「+」のイメージ。(伝わ…れ!)

その辺も「すべて問題ないよ気にしない」と言ってくださる心の広い方、少しでも楽しんでいただけましたら、とてもとても嬉しみです。

-----------[2019/11/01 追記]-----------------
各種リアクションありがとうございます!
コメントほんとうに嬉しいです。大切に読ませていただいています。

ブクマやコメントくださる方のアカウント名をだんだん覚えてきまして、今回も読んでもらえた!などとひとりで喜んでいます。

さて、おかげさまで3話もランキング入りしました!
 2019/10/25~2019/10/31[小説] ランキング
 ルーキーランキング 99 位

ほんとうにありがとうございます!!

※C97当選しました。告知は後日また別途。。。

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「戦況はどうなってる⁈」
「敵がっ! すぐそこまで来ています!」
「もう……隔壁がもちません!」
「サ、サーヴァントの召喚は間に合わんのか!」
「間に合いそうにありませんっ!」
「くっ……! キリエライト君‼」
「は、はい!」
「こいつを――藤丸立香を、どこかに逃がせ」
「そんな! オレだけなんてイヤです‼」
「ええい聞き分けのない! 貴様さえ生きていればなんとかなるというわけではないがな。しかし貴様を失ったら一切合切が終わりだ! 人類が詰みだ! ゲームオーバーだ! そんなことはわかっているだろう!」
「だ、だけどっ!」
「逃げてくれ。どこかに逃げて、願わくば助けを引き連れてここに戻ってきて、我々を救ってくれ」
「そんな! 無理です!」
「所長! 言ってることが格好良いのか恰好悪いのかわかりません!」
「うるさい! ぐだぐだ言ってる暇はない! このままここにいたら生存の可能性はゼロだ。全員だ。無だ。ナッシングだ。行け! ――そして戻ってきて助けてくれ頼む」
「無茶苦茶です‼」
「先輩! ど、どうしたら」
『マシュ、召喚サークルは立ち上がってるね?』
「ダヴィンチちゃんの声⁈ どこから? ――は、はい!」
『今すぐその召喚サークルを逆回転させるんだ!』
「逆回転……ですか⁈」
「おい、技術顧問⁈ 何を言って――」
『通常回転で迎えられるなら、逆回転すれば送れるはずだろう‼』
「おいおいおいおい技術顧問! そんなテキトーなことで――」
「で、できませんっ! 逆回転なんてしたら先輩を、先輩を、『座』に送ってしまうことになるのではないですか⁈」
『よく聞くんだ、マシュ。生きている人間は『座』には行けない。そして、今ここには、召喚サークルの他に、この世界の外・・・・・・へとつながる窓はないんだ。ここにいたらみんな死ぬ。無茶でも何でもやってみるしかないんだ!』
「――わかりました。マシュ・キリエライト、やります!」
「お、おい、待て、おい、技術顧問! おい――」
「マシュ! 待って! みんな! 放して‼ オレは!」
「召喚サークルの逆回転に成功しました! 今です! 先輩を中央に‼」
「もうだめだ! 敵が‼ うわぁっ――」
「隔壁がっ! もちませんっ!」
「先輩! 失礼します!」
「急げ‼」
「いやだ! 待って! 放して! 放せ! みんな……っ‼」
「先輩!  生きてくだ…………」


 ……ぽつり。


 ……ぽつり。


 真っ白なリネンに水滴が落ちる。


 じわりと滲んで、透明な染みを作った。


*--*--*--*--*--*


 おはようと起こしに来たリツカに半ば引きずられるようにして、立香は食堂に向かった。

 リツカは昨日のことを噯気おくびにも出さず、朗らかに接してくる。どのような顔で接すれば良いものかと思い悩んでいた立香は、救われた思いだった。

 集合をかけてあったのか、食堂には多くのサーヴァントが待っていた。立香を目にした彼らが口々に問い質そうとするのを身振りで制したリツカが、仁王立ちで言い放つ。

「みんな、おはよう! 紹介します。しばらく彼はこのカルデアで暮らすので、よろしくお願いします!」

 蜂の巣をつついたような大騒乱になった。

「ちょ、ちょっと」
「おいおい! 嬢ちゃん!」
「どういうことだ!」
「説明してもらおうか、マスター」

 詰め寄られても責められてもどこ吹く風で、リツカはけろりとしている。むしろ軽くドヤ顔である。

「それは無理だよ。わたしもまだ何も知らないもん」
「はあ?」
「どういうこと⁈」
「マスター。物事をスムーズに進めるには、手順や段取りを――」
「うん、そうだね。でもまあ、面倒くさいかなあって」

 あははと屈託なく笑うリツカに、困ったように頭を掻くキャスターのクー・フーリン。腰に手を当てたエミヤがやれやれ仕方ないとため息をつく。このカルデアでは見慣れた光景だった。

「だって、彼を閉じ込めておくことなんてできないし。だったら普通にみんなと一緒に暮らしたほうがいいじゃん」

 立香としては、この場を逃げ出したい気持ちだった。サーヴァントたちの困惑や拒否反応をおもんばかり、どのように伝えてもらうべきか思い悩んでいたというのに。
 しかし、こうなってしまってはもう仕方がない。なんとか無難に収めるべく口を開こうとしたとき。

「――マスター。そいつはどこから来た? レイシフト先から連れて来たとでも言うのかよ。だけど、それなら俺たちの誰かが知ってるはずだよなあ?」

 行儀悪くテーブルに脚を乗せたモードレッドが、鋭く睨みつけていた。
 そうだろう? だって、今のカルデアは。

 しかしリツカは動じない。

「それではあらためて! 彼は藤丸立香くんと言います。同じ名前だからややこしいけど、藤丸くんと呼んでね。なんと! 藤丸くんは! 違うカルデアから来たマスターです! ――それでは藤丸くん、自己紹介をお願いします‼」

 得意満面で立香を紹介するリツカに、立香は内心で頭を抱える。

 当然ながら食堂は、再び騒然となった。
 魔猪まちょの群れに翅刃虫しじんちゅうの巣をぶつけたような騒ぎである。巣があるのかどうかは知らないが。

「『マスター』ですって?」
「他の? カルデア⁈」
「おい、『フジマルリツカ』って言ったか?」
「何を言ってるんだ‼」
「いったい何をたくらんでいる?」
「……化けの皮を剥いでやろう」
「悪いが貴様の思い通りにはさせない」
「随分と舐めてくれたねぇ」

 友のごとく家族のごとく親しんだサーヴァントと同じ顔から一斉に敵意を向けられる。心臓を次々と串刺しにされる想いだった。覚悟していたとはいえ、その痛みと冷たさに、立香は震えた。

「ちょっと! みんな! 静かに‼︎」

 この騒動を引き起こしたリツカは、皆を静かにさせようと懸命に呼びかけている。だがこの状態では、誰の耳にも届かない。届くわけがない。

 と。

 ガンガンガンガンガン!
 やかましい音が響いた。

 見ると、ブーディカが中華鍋をレードルで叩いている。その横には眉間に皺を寄せたエミヤが腕組みをして立っていた。少し静かになった食堂に、叱責が響く。

「うるさーい! 騒いでるヤツはゴハン抜きだよ!」
「おまえたちは黙って話を聞くことすらできないのか」

 カルデアの胃袋はこの2人の掌裡しょうりにある。逆らう者なぞ、あろうわけがない。胃袋を制する者は全てを制する、ひとつの真理である。

 ただし。

 潮が引くように静かになったその分だけ、立香に向けられた敵意は圧を増したようだった。突き刺さるような視線に晒される。もしも視線に温度があったら、自分は瞬間冷凍されているに違いない。

 それでも今ここで俯くわけにはいかない。真っ直ぐに前を見ていられるよう、それだけに全神経を集中させる。

 やがて、低い声が静かに響いた。

「――貴様は、焼却されたこの世界の、いったいどこから来たというのだ?」

 姿に似合わぬ深く響く声の持ち主、童話作家が問いただす。

(――誤魔化しや嘘は通用しない)

 嘘はつかないが話し過ぎない、立香はここでもその方針を貫くことにした。
 声が震えてしまわぬよう、丹田に力を入れる。

「先ほど藤丸さんが言った通りです。オレは、ここではない別のカルデアから来ました」

 再び空気がざわりと動くが、今度は誰も言葉を発しない。鋭く目を光らせているのみだ。

「カルデアはこの世に唯一無二。だからこそ、我らもここに居る。――この世でなければ、あの世だとでも言うつもりか?」

 揶揄からかうようなアンデルセンの言葉にも、立香はできるだけ落ち着いて返答する。できるだけ普通に聞こえるよう祈りながら。

「そういう言い方をするのであれば――別の世、でしょうか」
「別の世界線ということか」
「はい、おそらくは」

 それぞれが立香の言葉の意味を考えあぐね、短い沈黙が落ちる。

「――あの、ちょっとよろしいでしょうか」

 慎ましやかに、和服の少女が手を上げた。

「わたくし……。この方がもしも、ますたぁを騙そうとしているなら焼いてしまおうと思っていたのですが……」

 伏し目がちな目元、甘い声でさらりと物騒なことを言う。

「……残念ながらこの方、嘘をついてはいないようですわ。ええ……とても残念なことに……」

 心底から無念そうに歪めた顔を、品よく扇で隠した。

 清姫は何よりも嘘を嫌うがゆえに、どんな嘘でも見破る。

 その意味が場に浸透するまでに、数秒。

「……ってことはほんとうに……」

 掠れた声が、どこからか漏れた。

「オレは認めねえ。こいつのことを『マスター』だなんて、呼ばねえからな!」

 モードレッドがブーツの踵でテーブルを蹴りつける。

 何事か言おうとしたリツカを制し、立香は静かにモードレッドの前に立つ。

「オレのことをマスターと呼ぶ必要なんて、ないです」
「あぁ?」

 三白眼で睨んでくるモードレッドには動じない。ぶっきらぼうな言動の裏に隠された、この騎士の不器用な優しさを知っているから。

 それに……マスターだなんて烏滸おこがましいじゃないか。
 自分と契約しているサーヴァントなんて、もう誰ひとりとして何処にも存在しないかもしれないのに。

「あたりまえだけど、このカルデアのマスターは藤丸さんだけです。オレはただ――無害な存在として、自分のカルデアに戻る方法が見つかるまで……ここに滞在することを認めてもらえれば、それで……」
「それでじゅうぶんだと言うのか。ふん。無欲なことだな」

 アンデルセンの挑発にも動じない。なんのかんのと言いつつ手を差し伸べてくれる、この作家のわかりにくい優しさを知っているから。

「もちろん、ここの皆がオレのことを邪魔に思わなくなってくれたら嬉しいけど。それは皆の問題だから、オレが気にすることじゃない。――違いますか?」

 虚勢を張っているふうではなかった。どこか寂しそうに微笑みながら、少しも力むことなくそう言い切った立香に、ランサーのクー・フーリンは軽く目を瞠った。

(……ほう。おとなしそうな顔して、案外骨がありそうじゃねえか)

 少し離れた場所で静かに観察していた彼に、アルトリアがそっと近づく。

「ランサー。あの組み合わせをどう感じましたか?」

 アルトリアから『ランサー』と呼ばれたのは久しぶりだった。意外さに驚き、返答が一瞬、遅れる。しかしアルトリアは返答を期待してはいなかったらしい。囁くような言葉が続いた。

「我がマスターであるリツカに初めて出会ったときも少し驚きましたが。ああしてふたり並ぶと……あの色合い、あの組み合わせには、なにやら心騒がずにはいられません」
「…………そうだな」

 これで男女が逆になれば、まるで。と、そこまではふたりとも言葉に出さない。静かに口を閉じ、事態を見守る。

 一方、モードレッドはまだ矛先を納めない。

「オレは認めない。元いた場所にとっとと送り返せ!」
「そうだなあ。――外に放り出しておけば、案外そっちから迎えが来るんじゃねえか?」

 便乗したキャスターは反応を見たいだけだろう。煽るような薄笑いを浮かべながら、油断なくこちらを窺っている。

(どこのキャスニキも同じような性格で似たようなリアクションするんだな……って、あたりまえか……)

 仕方がないなあという気分になった立香と異なり、リツカの我慢は限界に達したようだ。

「ストップ! それ以上言ったら怒るよモーさん!!」

 夕焼け色の瞳が燃えている。

「彼は望んでここに来たわけじゃない。事故なのか何なのか……そんなことわたしにはわからない。――わからないけど……実際にそういうことがあり得たってことは、わたしが明日どこか別のカルデアに飛ばされたっておかしくないってことでしょう?」

 その可能性に、ここにいる誰も思い至らなかったようだ。氷にぴしりとひびが入るように、衝撃が走る。

「……ちょ、マスター! ……オレは……っ!」
「やだよ、考えただけでもこわいよ。……目が覚めたら別のカルデアにいて……ダヴィンチちゃんもドクターも、サーヴァントのみんなも、同じ顔しているのに――こんなに……」

 皆を指差す。
 隅から隅まで、ぐるっと指差す。

「こんなに怖い目をしてわたしを見るんだよ?……」

 しん、と静まり返った食堂。
 ひとりひとりと目を合わせ、リツカが断罪していく。
 立香を攻撃していた者のみならず、制止しなかった者も同罪だ、と。

「……おまえは誰だ、おまえなんか知らないって、皆からそんなことを言われるかと思うと……」

 皆に向かって腕を伸ばす。どれだけ伸ばしても届かないとでもいうように。

「……考えただけで、こわくて恐ろしくてたまらないよ……」

 その腕で我が身を抱きしめる。寒くて寒くてたまらないとでもいうように。
 そして、そのままの姿勢で睨みつけるように前を向いた。

「だから‼ もしもわたしがどこか他所のカルデアに飛ばされたときに、わたしがされたらイヤだなと思うことは、藤丸くんにもしないで! それくらいわかるよね‼ ――だって……」

 声に混じる怒気が薄れ、湿り気を帯びていく。

「……だってイヤだよ、モーさんと、キャスニキと、同じ顔したサーヴァントに、こんなやつ送り返せなんて、こんな吹雪の中に放り出せなんて、そんなこと言われたらイヤだよ、考えただけで悲しいよー!」

 我慢していたものが決壊した。子供のように声をたてて泣き出す。その肩を抱いてマシュが慰める。

 名指しされたモードレッドはバツが悪そうにそっぽを向いている。キャスターのクー・フーリンは苦い笑みを浮かべて立香の前に立った。

「…………その、なんだ、まあ、悪かったな、坊主。うちの嬢ちゃんの言う通りだ。――いるのか? おまえのカルデアにも、キャスターの俺が?」
「うん、いたよ。オレのカルデアのきみも、最初から――冬木特異点からずっと、オレを支えてくれた」

 立香が過去形で語るその意味には、誰も気づかない。

「…………そうか」
「だから、オレがきみを悪く思うなんてこと、絶対にないから」

 立香はクー・フーリン/キャスターの目を真っ直ぐに見つめてそう言った。そこには責めるような色はもとより、気負いもてらいも何もなかった。

(なるほどこれは……うちの嬢ちゃんと同類か)

 立香の頭をぽんと叩いたクー・フーリン/キャスターが近くの椅子を引いて腰掛ける。

 食堂が、静かになった。
 誰もが、交わされた言葉の意味を考えている。

 そこに。

「……この方は、先輩です」

 小さな小さなマシュの声が落ちた。

「なぜ? とか、どうやって? とか、どうして? とか、わからないことだらけです。それでも、この方は先輩です。――皆さんがどう思われるか、わたしにはわかりません。でも、わたしにとっては、間違いなく先輩です」

 マシュの静かな声が、その場にゆっくりと染み込んでいく。

「マシュ嬢ちゃんがそう言うんなら――間違いないんだろうよ」

 脚の間に抱え込んだ杖に顎を乗せながら、クー・フーリン/キャスターがにやりと笑う。モードレッドは相変わらずそっぽを向きつつも、テーブルから脚をおろした。

 壁際にひっそりと立っていたひとりのサーヴァントが前に進み出てきた。

「歓迎します、藤丸立香。――私はアルトリア・ペンドラゴン。カルデアのマスターなれば、ご存知かもしれませんが」

 青のアルトリアが真っ直ぐに立香を見つめて右手を差し出す。よく知るその手を、立香はしっかりと握り返す。少女のように華奢な、しかし誰よりも力強いその手を。

「あなたが無事に、あなたのカルデアに帰れることを祈ります」
「ありがとうございます、騎士王」

 ふと気になって周囲を見回すと、ここにいるアルトリアは、この青のアルトリアひとりだった。そういえば円卓もモードレッドとベディヴィエールしかいないようだ。

(ここには代表者だけが集まったのかな……。でも、モーさんとベディちゃんが代表って、うちの円卓とはだいぶ違うんだな)

 立香のカルデアでは、円卓はいつでも競うように己が役に立つことを示したがっていた。騎士としての表情とはまったく異なる言動を、ダ・ヴィンチらと微笑ましく見ていたものだった。

(……うちの……円卓…………)

 カルデアでの何気ない日常を思い出す。
 その途端、立香の心を支配したのは狂おしいほどの郷愁だった。

 絶望に叫びたくなるのをぐっとこらえ、下を向く。
 暗い感情がじわりと差しそうになるのを必死で押しとどめる。

 考えるな考えるな考えるなモウ考えるな考えるな考えるな考えるなダレモイナイ考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるなドコニモナイ考えるな考えるな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すなカエレナイ思い出すな思い出すな思い出すなアイタイ思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな

 下を向いたまま、唇の両端を持ち上げる。
 皮膚一枚の下でうごめく感情を覆い隠し、笑顔のかたちになるように表情筋を動かす。動かそうと努力する。

 オレは今うまく笑えているだろうか。
 この顔は笑顔に見えているだろうか。

 立香の葛藤も、余所目よそめには遠慮がちに俯いているようにしか見えず、誰にも気づかれることはなかった。

 そうっと顔を上げ、突き刺さるような視線から解放されていたことを知る。肩の力が抜けた。こわばっていた首をほぐしつつ、食堂をぐるりと見回す。集まっているサーヴァントは、ざっと二十人ほどだろうか。

(……ここに集まっているのはどういう『代表』なんだろう……)

 なんら規則性を見つけられないのが不思議でたまらなかった。


 一方、リツカは、サーヴァントたちが立香を受け入れる雰囲気になったことで、ようやく笑顔を見せていた。まだ膨れっ面のモードレッドの隣に座り、揶揄からかっている。
 一頻ひとしき揶揄からかうと気が済んだのか、リツカは椅子から「よっ」と弾みをつけて立ち上がると、立香を誘った。

「じゃあ行こうか」

 何か約束してただろうか、と首を傾げる立香に笑って手を振る。

「いやいや、藤丸くんが忘れてるわけじゃないよ。さっきちょっと思いついたんだ、藤丸くんと密談したいな、って」

 ようやく静まった食堂が再びざわつく。

「ますたぁ! わたくし以外の誰かと密室でふたりっきりになるなど、感心いたしませんわ」

 清姫が真っ先に異を唱えた。首を激しくぶんぶんと振っている。

(……さすがはバーサーカーだな)

 密談はさすがにどうかとエミヤも思ったのだが、先ほどのリツカの泣き顔を見た直後とあって言えなかったのだ。せっかく笑顔になってくれたのだからと思い躊躇してしまった。
 そのあたりに斟酌しんしゃくせず物申すあたり、いかにもバーサーカーらしいと思ってしまう。会話が成立するバーサーカーは清姫の他にもいたが、それぞれ皆、やはりバーサーカーだなと思わせられる瞬間がある。

 さて、清姫に賛同したのは意外にも立香だった。

「そうだよね。密談なんて、みんな心配する。――藤丸さん、ここじゃダメなの?」
「ダメ! わたしはマスター同士の秘密の会話がしたいの」

 腰に手を当て、堂々と駄々をこねる。

「サーヴァントの皆はいつもサーヴァント同士で話してるじゃん! あれ系のエネミーどうやってる? とかとか! わたしだってマスター同士で話したいんだよう! 令呪ってどのタイミングで使ってる? とか、なんかそういうやつ‼︎」

 それは確かに、と立香の唇にも笑みが浮かぶ。

「……そうか。マスター同士で話ができる日がくるなんて、考えたこともなかったな……」
「そうでしょう! そうでしょう‼」

 ぜひ話したい。ちょっと嬉しい。
 しかし密談にする必要があるのだろうか。

「でも……。知らない人間と密室にふたりきりなんて、サーヴァントが心配するのはあたりまえだと思うよ」
「そんなの! わたしが藤丸くんを信じたんだから、それでいいじゃん!」
「藤丸さんがそう思ってくれたのはわかってる。でも、サーヴァントには藤丸さんを守る責任がある。藤丸さんだって、彼らの気持ちと仕事をないがしろにしたいわけじゃないでしょう?」

 立香に反対されるとは思わなかったのだろう。この裏切者、とでも言いたげに唇をへの字に曲げるリツカ。

「で、でもっ! 心配だったら監視カメラでもなんでもつければいいんだし……」
「何を話してるかわからないのは不安なんじゃないかな」
「それなら隠しマイクでも何でも置いたらいい!」

 監視カメラに隠しマイク。話している内容は筒抜けになるが、それは構わないらしい。
 それならば、と立香は考える。低い声で、素早くマシュに耳打ちした。

「――もしかして藤丸さんは『内緒話っぽい感じ』になればそれでいいのかな」
「……! そうかもしれません……」

 マシュが柔らかに破顔する。
 そんなマシュに立香は頷いてみせた。

「それなら……この食堂の隅っこで話すのはどうかな。――みんなからは、うんと離れて、ふたりだけで端っこで。――学食で話してるみたいな内緒話感が出るんじゃない?」
「いいね! それ! 学食の内緒話! それでいこう‼」

(……ちょろい。このマスター、ちょろ過ぎる)

 マシュがなんとも言えない表情でリツカを見ていた。立香と目が合うと「しょうがないですね」という顔をして首をすくめてみせる。どの世界線でもマシュは最高に可愛い。

 それにしても、まるで昨日のことが無かったかのように振る舞うリツカの胆力たんりょくには、感謝しつつ、驚嘆するしかなかった。


*--*--*--*--*--*


 己が知る「未来」について、何を話し、何を黙するべきか。

 その選択を迫られた昨夜の立香は、考えあぐねた挙げ句、最終判断を忌避きひした。このカルデアの責任者にそれを委ねたのだった。

「――わかったよ。藤丸さん。ぜんぶ話す」
「ありがとう! 藤丸くん!」
「でも、君には話さない。ドクターとダヴィンチちゃんに話す」
「…………それって、どういうこと?」

 真顔になり低い声を出したリツカに迫力負けしないよう、立香も腹にぐっと力を入れる。

「オレはドクターとダヴィンチちゃんにすべて話す。で、君にいつ何を話すべきかは、ふたりに決めてもらう」

 自分よりもかなり気の強そうな彼女のことだ、さぞや立腹し抵抗するだろうと思いつつの宣言だったのだが。予想に反し、リツカはあっさりと頷いた。

「そうか。うん、わかった。それならいいよ」

 あまりにもあっけらかんとしたその態度に、自分が言ったことの意味がわかったのだろうかと立香が不安になる。

「……え? ほんとうにいいの?」
「だって、ドクターとダヴィンチちゃんにはぜんぶ話してくれるんでしょう?」
「うん」

 真剣な顔で、立香が首肯する。

「で……ドクターとダヴィンチちゃんは、聞いた話の中でわたしが知っておいたほうがいいと思うことは話してくれるんでしょう?」
「もちろんだよ」
「――わたしが知らないほうが……少なくとも今は知らないほうがいいと思うことは、必要な時がきたら話してくれるんだよね」
「そうだね、そうすると約束しよう」

 カルデア責任者のふたりも、真面目な顔になって請け合った。

 それなら、とリツカは晴れやかに笑った。

「わたしが話を聞くのと同じことだもん。何も問題ないよ」

 それはロマニとダ・ヴィンチに寄せる、揺るぎない信頼だった。

「むしろ安心、かな。お年玉を自分で持ってるよりお母さんに預けたほうがいい、みたいな?」
「それは……たしかにそうかも」

 そうでしょう? と橙色の目が穏やかに笑む。激したときには鮮やかに燃え上がる瞳も、今は柔らかくあたたかい色に満ちていた。

「マシュも、一緒に聞いていい話があったら話してもらおうね」
「ありがとうございます、先輩」

 部屋を出ていったふたりの少女を見送り、立香は長い話を語った。

 そして与えられた部屋でベッドに入り、混乱と焦燥の隙間で、ほんのわずかな眠りに落ちた。

 しかし――ようやく訪れた眠りの底にさえ、安らぎはなかった。


*--*--*--*--*--*


 リツカは満面の笑みで食堂の隅に陣取った。
 サーヴァントたちが遠巻きに、そして胡乱うろんげに見守っている。

「話そうっ♪ 話そうっ♪ わたっしは、元気~♪」

 どこかで聞いたことのある節をつけた出鱈目な歌をご機嫌で口ずさみつつ、立香に椅子をすすめる。

「ねえ、藤丸くんは……」
「なに?」
「つらい、逃げたい、そう思ったことはないの?」

 いきなり核心に斬り込まれ、立香はたじろいでしまった。
 しかし、答えは決まっている。

「……あるよ、何度も」

 立香のこの返答が、図らずもこの会話の方向性を定めた。
 率直に。飾らずに。気負わずに。

「あるんだ!」
「え? 藤丸さんは、ないの⁈」
「あるに決まってるじゃん! いつも思ってるよ!」
「そう、だよね……。そうだよね!」

 顔を見合わせたふたりは、あははははと明るく乾いた笑いを響かせた。

「……でもね。……オレ、思ったんだ……」

 続けて、と目顔でリツカが促す。
 うまく言葉にできるかわかんないけど、と立香が頭を掻く。

「オレ、今までさ……。って、カルデアに来るまで、って意味だけど……。一限目から数学なんてつらいとか、月曜は起きるのつらいとか、簡単に『つらい』って使ってて。……でもカルデアで、そんなのくらべものにならないほどつらい思いをたくさんして。――だからといって、もしも日本に帰ることができて、また高校生をやったとして、カルデアであんな思いをしたからもう月曜がつらくなくなるかっていうと、そういうことにはならないと思うんだ」

 両手で目を覆ったリツカが天を仰ぐ。

「うん! わかるよ! 人理を修復したって、たぶん、きっと、一限目から物理はやっぱりつらいんだと思う」
「つらい! 一限目に物理はつらい!」

 たしかにこんな話はサーヴァントとはできない。ドクターとも。

「どんな生活をしてても、その生活なりに……その場その場でのつらさがあって弱音があるんだな、って思うんだ。……でも、仕方がないから起きるか、とか、仕方がないから学校に行くか、って、頑張ってる」
「そうだね。つらいのを我慢して、頑張ってた。――そのときの、わたしなりに」

 だからね、と立香が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「だから……仕方がないから特異点修復するか、とか、そういうことでいいんじゃないかなと思った」
「仕方がないから戦うか、とか?」
「そうそう。仕方がないもんね」

 だって他に誰もいないし。

 ふたりとも、なんだか少しだけ気が楽になったような気がしていた。
 共感し合える相手との会話がこうした効力をもっていることを、忘れていたように思う。

「ねえ、藤丸くん。――昨日も少しそんな話をしたけど……。わたしたちのカルデアって、どのくらい違うんだろうね」

 そうだなあ、と立香は首を傾げる。

「藤丸さんはSF小説って読むほうだった?」
「ううん、そもそも小説はあまり読まない」
「そうか。……これはSF的な考えなんだけど――」

 テーブルの上に指を揃えて両手を伏せた立香は、右手の人差し指と中指を動かした。

「――こうやって隣り合わせ同士の世界線はほんの僅かしか違わなくて、離れるほどに――」

 今度は右手の中指と左手の小指を動かしてみせる。

「――差が広がっていく、っていう考え方があるんだ」
「なるほど、色のグラデーションみたいに?」
「ああ、その例えのほうがわかりやすいね」

 立香が頷く。ふたりの頭の中に、共通イメージが組み上がる。

「隣同士の色は、とても似ている。並べないと違いがわからないかもしれない。けど、離れたところの色は、似ても似つかない」
「不思議だね、ひとつひとつはちょっとずつの違いなのに、それを繰り返していくと、けっこうな違いになる」

 立香が何かを思い出したように、あ、と口を開けた。

「――藤丸さんは、身近に一卵性双生児がいたことある?」
「……たぶんない……かも」
「オレは中学のときに仲良いやつが一卵性の双子だったんだけど、遺伝子DNAは完全に一致するのに、指紋が違うって聞いて驚いたんだよね」
「違うの? 一卵性双生児は、ぜんぶ同じなのかと思ってた」

 オレもそう思ってたんだよね、と立香も目を瞬く。

「母親の胎内で育つ数か月の間に、違いが生まれるんだって。――あんな狭い場所でさ、環境も外部からの刺激もまったく同じなのに、羊水の流れとか、それぞれの身動きとか、そんな微妙な違いで、指紋が違ってくるんだって」
「ほええぇ……めっちゃ神秘」
「だよね。――で、産まれてからは受ける刺激がもっと違ってくるから、性格もぜんぜん違ってくるんだ。オレの友達は冷静で口数が少ないやつだったけど、双子の片割れは、めちゃめちゃ前向きで活発なやつだった」
「少年ジャン〇漫画の主人公みたいな?」
「そうそう、ジ〇ンプの主人公みたいな!」

 ふぅ、とリツカが溜め息をつく。

「……そういう人がマスターになったら、『仕方がないから』とか言わずに頑張るんだろうなあ」
「そうだね。――一部のサーヴァントとは大喧嘩しそうだけど」
「間違いない!」

 けらけらと笑い合う。
 大きな声がすると気になるのか、遠巻きにしているサーヴァントたちがこちらを一斉に振り向いた。

「っていうか、藤丸さんの世界にも、ジャ〇プがあったんだね」
「ああそうか……それって当たり前じゃないんだよね」
「どれだけ同じでどれだけ違うのか、気になるね」

 どんな曲が流行ってた?
 どんなアニメを見ていた?
 ファッションは? 食べ物は?
 訊いてみたいことはたくさんある。

 でも、訊かない。
 それは、今はどこにもない世界の話だ。

 とても似ているけれども、どこかが決定的に違うかもしれない、ふたつの世界。

 そのことの意味を噛みしめ、ふたりのマスターは見つめ合った。
 
「性別が違うってことは、それなりに離れたところにあるんじゃないのかな」
「たしかに。……それじゃあ藤丸くんがまだ気づいてないだけで、違うこともいろいろあるんだろうね」
「そうだね……」

 そしてふたりは、同じことに考え至った。

「その『違い』って、さ」
「カルデアだけに違いが生まれるわけじゃないよね」

 特異点。
 立ちはだかる『敵』。
 協力してくれるサーヴァントだち。

 そして――。

 ふたつのカルデアが、同じ『結末』を迎えるとは限らないのだ。


*--*--*--*--*--*


「このカルデアは……どこまで……?」
「まさに昨日、第六特異点から帰還したところだよ」

 ダ・ヴィンチの返答を聞いた立香は、そうか、と額に手をあてた。

「……そうだったんですね……。みんな疲れていたのに……ごめんなさい」
「それはもう言いっこナシだよ。それより話を続けよう。君も疲れている」

 疲れているだろうから話せとは矛盾しているようだが、このままじゃどうせ眠れないだろうからとっとと話して気を楽にしてしまえ、というダ・ヴィンチなりの思い遣りだった。

「ありがとうございます。それじゃあ……第七特異点であったことを話しますね」

 長い、長い話になった。

 遠い昔のことのように思えた。
 しかし話し出すと、細部まで克明に記憶していることに自分でも驚いた。

 埃っぽさも、蒸し暑さも、痛みも、恐ろしさも、冷たさも、美味しさも、嬉しさも、全細胞が記憶しているかのようだった。

 話の中には、カルデアの皆がいた。
 何もかもが懐かしく、愛おしかった。

 熱に浮かされたように、何かにかれたように、頬を紅潮させて話し続ける立香を、ダ・ヴィンチもロマニも、黙って見守っていた。


 続く、終局特異点でのこと。

 その記憶は、第七特異点とはまったく異なり、ひどく覚束おぼつかなかった。ところどころぼんやりとして掴みどころがなく、霞がかかったようで、どこか他人事のようで、見た映画の内容を語っているようだった。

 時間神殿。

 あれほど強烈だった出来事ををそんなふうにしか語れない自分に、立香は驚いていた。
 ダ・ヴィンチとロマニが要所要所で的確に質問をしてくれたことで、どうにか語り終えることができたのだった。

 隠し事はしない、すべてを話すとリツカと約束した。しかし、どうしても、ロマニのことだけは話すことができなかった。

 話したところでカルデアの人々が何かできるわけではない。だから話さなくてもこのカルデアが不利益をこうむることはない。よって、話す必要はない、と立香は自分に言い聞かせ、黙っていることを選択した。

 嘘が苦手な立香のこと、ロマニやダ・ヴィンチにそれを指摘されるのではと気が気でなく、ふたりの顔を見ることができずに終始うつむいていた。

 しかしそれを見るふたりからは、立香が苦しそうにしているとしか見えず、つらいことを話させて申し訳ないとしか思っていなかったのだったが。

「――そうやって、自分でもよくわからないうちに、カルデアに帰還することができました……」
「……改めて、おめでとう、立香君」
「ほんとうにおめでとう。よくやったね」

 ふたりからの祝福の言葉にも立香は弱弱しく微笑むことしかできない。
 少しでも気を抜くと、涙が零れてしまいそうだった。

(……どんなに……あなたからこんなふうに言ってもらいたかったか……! ドクター! ドクター! ……オレは……)

「どうしたんだい、立香君。たいしたことを成し遂げたんだ、もっと誇っていいと思うよ?」

 近づいて顔を覗き込むダ・ヴィンチの心配顔に、立香は力なく首を振る。

 いよいよだ。
 いよいよ、あの日の話をしなくてはならない。

「…………だって……それで終わりじゃなかったんです」
「え……?」
「ど、どういうことだい⁈」

 懸命に笑顔を作ろうとしたが、怒ったような泣き出しそうな、自嘲に歪んだ顔にしかならなかった。

「……人理を修復して……これでもう終わったと思ったら……終わりじゃなかったんだ……」
「……なんと……」

 息を吞むダ・ヴィンチ。ロマニは静かに立香の両手を取った。

「つらいことを思い出させてごめんね。……人理修復を成し遂げたのに終わりじゃなかった、って……どういうことかな」

 言い淀んで、ぎゅっと目を閉じる。

「…………人理を修復して、それから約一年後……」

 すると、閉じた目蓋の裏に明瞭な映像が浮かんできてしまい、慌てて目を開いた。

「……二〇一七年の……一二月二六日……」

 身体のどこかに穴が開いてしまったようで、息をしても息をしても言葉を発することができなかった。口からは音のない息が漏れるばかりで、意味を成す言葉を紡ぐことができない。
 漏れてかすれる息に、どうにかようやっと音を乗せた。

「…………オレのカルデアは…………失われてしまったんです…………」

 その告白は、想像の範疇を超えていたようだ。

 絶句するふたりに、立香は寂しげな笑みを向ける。
 そう、もうあり得なさ過ぎて笑うしかないんですよ。

「――――カルデアは攻撃され、地表は漂白され、地球は白紙化されました……」


*--*--*--*--*--*


 見慣れた食堂にいると、違和感がちらほら浮き出てくる。

「――そういえば、ここに来てからフォウくんを一度も見かけないんだけど……オレ、警戒されちゃってるのかな」

 ふわふわの毛並みに癒されたい。そんな下心で呑気な問いを発した立香は、予想外の返答に凍りついた。

「……『フォウくん』? サーヴァントかな? うちにはいないよ、たぶん――マシュ!」

 近くで所在なげにしていたマシュを呼んで訊ねるが。

「……そのような名前の英霊はシバのデータにも見当たりません。愛称での記録もありません」

 マシュがフォウくんを知らないなんて、ありえない。
 ということは、この世界にはフォウくんがいないのか。

 フォウくんはカルデアのマスコット的な存在。いないと寂しいけど、なにか役割があるわけではない。だからフォウくんがいなくても、困ることは別にないはず……いや、ほんとうにそうだったか?

 思い出せ。いや、思い出したくない。思い出さなくていい。それは思い出してはいけないものだ。

(――考えてみれば、オレ……フォウくんのこと何も知らないんだな……)

 立香にとっての『フォウくん』は愛すべき小さな生き物でしかなかった。しかし、フォウがいないカルデアなど考えたこともない。

 ――わたしたちのカルデアって、どのくらい違うんだろうね。

 リツカの言葉を思い出す。

 まだわからないことのほうが多いけれど、少なくとも「フォウの不在」という相違点は明確に浮かび上がった。

 そういえば、と立香は先ほどから抱いていた疑問を思い出す。

「――あのさ、藤丸さん。他のサーヴァントはどこにいるの?」
「うちのサーヴァントはこれで全員だよ」
「…………えっ⁈」

 思わず大きな声を出してしまった立香に、顔色を変えるリツカ。
 和やかな雰囲気が一変する。

 リツカの変化に気づいたサーヴァントたちが、素早く警戒の構えをとった。

「どうして、驚いたの?」
「あ……ごめん。……別になんでも……」
「謝らないで、そしてごまかさないで」

 まったくこの少女は、天気のように鮮やかに雰囲気を切り替える。意図しているわけではないのだろうが、こうして戦闘モードに入ったときの迫力はちょっとしたもので、気を抜くと威圧されてしまいそうだ。

「――後で、ドクターとダヴィンチちゃんに話すよ」
「だめ」

 絡めた視線を離してくれない。

「これはマスター同士の話だから、今、ここで話して」
「……」

 リツカがゆっくりと立ち上がる。

「……藤丸くんのカルデアより、少ないんだね。しかも、だいぶ少ない。――だから驚いた……」

 質問では、なかった。

「わたしと同じくらいのとき……キャメロットから帰還した頃……藤丸くんのカルデアには、サーヴァントが何人いたの?」
「……」
「答えて」

 ちらりと横目でサーヴァントたちの様子を窺う。清姫がじっとこちらを見ていることを確認し、立香は観念した。

「……たぶん……百、くらい……だと思う」
「ひゃっ! ひゃくぅ⁈」

 想像したよりも多かったのだろう。リツカが素っ頓狂な声を出した。
 それでなんとなく、緊張が解ける。

「多けりゃいいってもんじゃねえよ、なあ!」

 モードレッドが聞こえよがしに言っているのが聞こえる。
 リツカが少しぼんやりした瞳でそちらを見ている。

(そうだけど……。必要ないサーヴァントなんていなかった。ひとりもいなかったんだ……)

 どのサーヴァントと、どんなふうに絆をつないだか、立香は克明に覚えていた。

 もちろん、出会ったサーヴァントすべてをカルデアに迎えられたわけではない。それでも第六特異点キャメロットを修復し終えた頃、立香のカルデアには百近いサーヴァントがいた。

 そして立香には断言できた。あれだけ多くのサーヴァントに支えられていたからこそ、自分は人理修復を成し遂げることができたということを。

 強力な宝具やパワーを誇るサーヴァントは強さがわかりやすいが、そうでなくても、保有スキルや個性特色によって『この局面は彼/彼女でなければ』というサーヴァントが幾人もいる。
 そうした多種多様な『強さ』をもったサーヴァントたちがいてくれたから、あらゆる敵、あらゆる場面で勝ち残ることができたのだ。

 一方、このカルデアには今、サーヴァントが二十ほどしかいないらしい。

 カルデアに迎えられていないだけならまだ良い。――しかし……もしも……結ぶべき絆を結んで来られなかったためだとしたら、あの時間神殿での戦いは、いったいどうなってしまうのだろう。

 とりとめなく彷徨っていた立香の思考は、リツカの大声によって遮られた。

「ああああ! ごめん、そうだよねモーさん! そうだよ、多ければいいってもんじゃない‼」

 言うや、自分の頬を両手でぱちんと叩く。

「ごめん! わたし……藤丸くんに嫉妬した。サーヴァントが百人もいたから人理修復できたんじゃないの、って思っちゃった。――でもそれって失礼だ。藤丸くんにも、うちのみんなにも、とっても失礼なこと考えた!」

 ごめん、と頭を下げるリツカに、慌てて立香もぴょこんと頭を下げる。

「ううん。オレもちょっと考えなしだった……」

 照れたように笑い合うふたりに、マシュがほっと息をついた。
 立香はあらためて、食堂のあちらこちらにたたずむサーヴァントたちを見渡す。

「でも……凄いね、藤丸さん。このメンバーで、魔神柱を討伐してきたんだから」
「……え?」

 サーヴァントたちを見ている立香は、怪訝そうなリツカに気づかない。

「オレならきっと、無理だった……マスターの差かなあ……」
「……あのさ、藤丸くん……」

 呼びかけられ振り向くと、ぎゅっときつく眉を寄せたリツカが腕組みをしていた。

「――魔神柱って……なに?」

 背筋を這い上ってきた違和感に、立香は全身を震わせる。

「……え?……」
「……だから魔神柱って……なんなの⁈」

 一瞬、頭が真空になった。
 耳で拾った音に理解が追いつかない。

(……なにをナニヲいっているんダロウこのヒトは……)

 そして――弾けるように、理解した。

 そうかそうだったのか。
 なにも気にすることはなかったんだ。
 そうかそうだったのか。
 なんだそうかそうだったのか。

「あははははははははははは! なんだ、そうか! あははははははは!」

 突然、狂ったように笑い出した立香に、マシュが一歩、後退る。
 そんなマシュをリツカが引き寄せ、手をつないだ。

「……ふ、藤丸先輩……?」

 リツカとつながれた手に勇気を得たマシュが声をかけるが、立香の耳には入らない。

「あははははははははははは! あははははははは!」

 立香は笑い続ける。

 身体を折って。
 その身をよじって。
 涙を流して。

 苦しそうに笑い続ける。

 リツカを心配し、サーヴァントたちが駆け寄ってきた。

「マスター! なんともないか?」
「何があったのです、リツカ」
「おい、こいつはどうしちまったんだ?」

 立香が顔を上げる。
 その顔は少しも笑っていなかった。

「あははははははははははは! うっ……ぐ……っ……」

 笑い声に嗚咽が混じる。

 大きな目をさらにみはり、サーヴァントの顔をひとりひとり眺める。
 張り裂けんばかりに見開かれた目から、ぽろぽろと涙が零れた。

 その異常さに近づくことができず、立香を遠巻きに輪ができていく。

「あはは…ぐっ……うぐっ……うぅ……あはははっ……」

 とうとう立っていられなくなり、床に倒れ伏した。
 それでも止まらず、泣き続け、笑い続けていたが。

「あははっ…うぅ……えぐっ………うっ…………う……」

 ――静かになった。

 気を失ったとみたマシュが駆け出そうとする。

「ドクターを!」

 それを引き止めたのは、立香だった。

「……マシュ……」
「は、はい!」

 立香はゆっくりと起き上がりあぐらをかき、苦しげに息をつく。

「……だい……じょうぶ……だから、オレ……は……だいじょ……うぶ……」
「藤丸先輩……? あの……」

 左手を胸に当て、右の掌を「待って」とマシュに向ける。

「……だいじょうぶだけど……ドクターは呼んできてくれるかな……ダヴィンチちゃんも……」

 頷いて走り出したマシュを見送った立香は、リツカに向き直る。
 思わずびくっとして後ずさったリツカだったが、真後ろから肩を支えられ踏みとどまる。支えてくれたベディヴィエールの顔を見上げ、わたしはだいじょうぶと頷いてみせた。

「…………気が違ったかと思ったよ」
「ごめん、びっくりさせちゃったよね」

 あぐらをかいたまま、両手を合わせて詫びる立香は、狂ったように笑い出す前の立香だった。

「……オレは勘違いをしていた。――ここは違う世界だ」
「いやいや、違う世界線から来たって、藤丸くん最初からそう言ってたじゃん?」

 床に座ったままでは冷たかろうと、手を貸して立たせようとしたリツカをアーラシュが制した。代わって立香を立たせ、椅子に座らせる。

 ありがとうと眩しそうにアーラシュに礼を言う立香は、どこか吹っ切れたようにも見えた。

「うん、そうなんだけど、そうじゃない。……そうだけど、そうじゃない、そうじゃなかったんだ……」
「なに言ってるかぜんぜんわからない! やっぱり気が違ったんじゃないの?」

 立香の様子に安心したのか、リツカもいつもの調子が出てきたようだ。

「……藤丸さん……」

 座り直した立香が呼びかけた声の響きに、場の空気が引き締まる。

 空色の立香の瞳が、リツカの夕焼け色の瞳を正面から映した。リツカも何かを察し、真っ直ぐに見つめ返す。

 そして立香は、一音一音をはっきりと、言った。

「きみの人理修復と、オレの人理修復は……どうやら違う物語だ」

Comments

  • mel
    May 22, 2022
  • せっちゃくざい

    フォウくんがいないのってヤバくね?

    October 9, 2020
  • スズたけ

    続き気になります!面白い!

    May 15, 2020
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