ぐだ子のカルデアにぐだ男が落ちてきた話 2
FGO「if」の物語。第1部途中のぐだ子のカルデアに、第2部まで進んだぐだ男が落ちてきた話です。
これは2話なので、よかったら1話からどうぞ。⇒novel/10794580
・ぐだ男♂藤丸立香メイン、ぐだ子♀藤丸リツカも出てきます。
・ネタバレにはまったく配慮しておりません。
・捏造満載です。捏造しかありません。
・口調、呼び方、人称等、いろいろ曖昧ですがご容赦ください。
・公式設定や史実と違っていても「この話ではそういう設定なんだな」と思ってください。
・腐向けではありません。エロもCPもございません。健全なる全年齢向け。仲良しのふたりも「×」ではなく「+」のイメージ。(伝わ…れ!)
その辺も「すべて問題ないよ気にしない」と言ってくださる心の広い方、少しでも楽しんでいただけましたら、とてもとても嬉しみです。
遅筆なタチではありますが、これからも書いていきますので、どうか今後もお付き合いください。
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2話[追記]
コメントいいねブックマークフォロー、ありがとうございます。
ひさしぶりの投稿だったのに、覚えてくれていた方がいたことに感激しました。
言葉でのコメント、ほんとうにほんとうに嬉しいです。
こちらでコメントいただけるようになってから、実際どれだけ嬉しいかわかったので、自分もできるだけ言葉でコメントするようになりました。
さて、おかげさまで2話もランキング入りしました!
2019/05/26~2019/06/02[小説] ランキング
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ほんとうにありがとうございます!!
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(結局、何も話せなかったな……)
マイルームに戻ったリツカは、ベッドの上でひとり膝を抱えていた。一緒に抱え込んだ枕の上に頭を乗せ、赤ん坊の玩具のようにゆらりゆらりと揺れている。
――オレはフジマルリツカ。此処とは違うカルデアの、マスターです。
彼がそう名乗った直後、興奮しきったダ・ヴィンチが猛然と駆け込んできた。
皆が呆気にとられる中、彼にのしかからんばかりの勢いでレイシフトがっ! 並行世界がっ! と一気にまくしたて、見かねて制止に入ったロマニに逆に食ってかかるありさま。しばらくは穏やかに宥めていたロマニもついに応戦、口角泡を飛ばしての口論となってしまった。
慌てて止めようとするマシュに、毎度のことだから放っておきなよと苦笑したリツカは、いつになく強い調子でマシュに叱られた。ロマニもダ・ヴィンチも、揃ってマシュに叱られた。
そんなマシュに驚いたリツカはおろおろと周りを見回して。――ようやく、彼の辛そうな顔に気づいた。
それでもなかなか口論をやめようとしないふたりにマシュがますます怒り、メディカルルームから全員を追い出してしまったのだった。
(わたしは何もしてなくないか? 追い出さなくてもよくないか? ――いや……何もできなかったから、か……)
マシュは彼の気持ちに寄り添い、無神経だった皆を叱った。
なのに自分は?
馬鹿みたいな顔をして暢気に笑ってただけ……。
思い返すにつれ羞恥がゆるゆると襲ってきた。枕に顔を押し付け「うわああああああっ!」と叫ぶ。
(わたしが、彼を助けなくちゃいけなかったのに!)
彼が『フジマルリツカ』と名乗ったのを聞いた瞬間、彼がマスターであることがリツカにはすっきりと納得できた。「かちり」とか「すとん」とか「ぴたっ」とか、そんなような音がしなかったのが不思議なほど、きれいにしっくりと腑に落ちたのだった。
(他の世界の、マスター)
無数に重なった並行世界のマスターとマスター。
会えるはずもないふたりが会えた。
その、想像を絶する途方もなさ。
(――嬉しい)
驚きが去った後、じわじわと胸に満ちてきたのは、純粋な歓喜だった。
カルデアにマスターはひとりきり。今までずっと仕方ないと思ってきた。でも、初めて、わかりあえる相手が来てくれた。
初めての、同じ立場の、仲間。
大変だったね。つらかった? そうだよね、わたしもだよ。
話したい、いろいろ訊きたい、あれもこれも聞いて欲しい。
だけど、まずは――。
(わたしが、彼の、助けにならなければ……!)
彼の目は、綺麗な青だった。サファイアの強い青ではなくアクアマリンのように優しい青だった。目を覚ましたとき、その瞳が溶けて雫になったかのような涙がほろりと零れていた。
(男の子も……あんなふうに泣くんだ)
もちろん男が泣いてはいけないなんて思ってない。泣く理由なんていくらでもある。悲しい、辛い、寂しい、痛い。そこに性差なんてあるわけがない。
しかしリツカたちの年頃では、女の子よりも男の子のほうが人前で泣くことを恥じる傾向がある。リツカは今まで同年代の男の子が泣くところは見たことがなかった。
(――いったい何があったんだろう……)
どれだけ考えても、答なんて出るはずがなかった。
*--*--*--*--*--*
「まったく、相手の事情もわからないうちに質問攻めなんて……」
頭を掻きむしりつつロマニが慨嘆する。
「ああもうわかったよ! さっきから何度も謝ってるじゃないか! ――いや、本当にすまなかったと思ってる。だけど……レイシフトには我々が考えていた以上にまだまだ可能性があるということなんだよ? 並行世界への干渉は魔術の域を超えた魔法でないと不可能つまり実質不可能とされてきたのに! 彼のカルデアのスタッフは! レイシフトによりそれを飛び越えたんだ! なんてすごいんだろう! まさか君は興味がないなんて言わないよね! 彼らが! いかにして! それを! 成し遂げたか‼」
すまかったと言いつつ、ダ・ヴィンチの興奮はまだまだ治まらない。薄く汗をかいた頬が朱に染まり、瞳がきらきらしている――というと美しげだが、残念なことに鼻息も荒い。
「そりゃあボクだって訊きたいことはたくさんある。あるけど、彼が落ち着くまではと思って我慢してたんだぞ。なのに……まったく、君って人は……」
「いやいや君こそ! よく! そんなに冷静でいられるね⁈」
もう幾度めかのため息をこぼすロマニに、大きく両手を広げたダ・ヴィンチが詰め寄る。その迫力に圧されたロマニがたじたじと後退する。
「いや、だから……。ボクだって、訊きたいことはたくさんあるんだよ?」
「そうだろうとも! それならばなおのこと! 今すぐメディカルルームに行こうじゃないか!」
「いやいやだからね、もうちょっと待とうよ、って……」
「ぐずぐずしている時間はない! 善は急げだ、さあ! さあ!」
がっちりと掴まれた腕を振り払い、ロマニが拒絶する。
「もう、いい加減にしろ! 少しは落ち着けよ、ダ・ヴィンチ!」
「君こそなんだってそんなに落ち着いたふりをしているんだ」
「――ふり……だって⁈」
「そう。君は落ち着いたふうに装っているんだ。そうだろう? ロマニ・アーキマン」
「なにを……」
馬鹿なことをと抗議すべく振り返ると、興奮に我を失っていたはずのダ・ヴィンチの瞳はいつもと同じく静かな叡智に溢れていた。
「そう。君は気になって仕方がないはずだろ。あのマスターに――彼のカルデアに――いったい何があったのか」
「……それは……」
「彼が何を――知っているのか」
「…………」
「気になって仕方がない。でも、訊くのがこわい。だから、彼がもうちょっと落ち着いてから、って言い訳をして、先延ばしにしているんだ」
「……そんなこと……は……」
否定しようとしたが、すべてを見透かすような眼差しに気圧され、語尾が頼りなく揺れた。
「そんなことはない? ほんとうに?」
「…………」
「あのマスターは……あの子は泣いていたね。君だって気づいていたんだろう? あの子は君と私を見て泣いていた」
「……」
ダ・ヴィンチは言葉を切る。しかし視線は外さない。ロマニをひたと見つめる。
のろのろと時が流れ、根負けしたロマニが錆びついた戸をこじ開けるように言葉を押し出した。
「……あのマスターは……あの子は……」
「あの子は?」
「……もしかしたら、苦しいことや悲しいことを……うちのリツカちゃんよりもたくさん経験してきたのかもしれない」
「たぶんね」
「……そしてそれはきっと……君やボクを見ると思いだしてしまうことなんだ」
「そうだろうね」
「……だからもちろんボクだって気になってるさ。……でも」
「でも?」
「……それでもあのマスターは……ボクたちを気遣って、懸命に微笑もうとしていた」
「そうだね」
「そんなあの子をこれ以上追い詰めるようなことは…………」
そう言うだろうと思ったよ、とロマニの肩を軽く叩いたダ・ヴィンチが軽くため息をつく。
「それにしても。――いったい何があったんだろうね? あの子のカルデアで」
どれだけ考えても、答なんて出るはずがなかった。
*--*--*--*--*--*
(考えてもわからないなら本人に訊くしかないよねっ!)
リツカは寸時も悩むことなくマイルームを出てメディカルルームに向かった。追い出されたことなど、もうすっかり忘れている。
カルデアの廊下は、いつになく静まり返っていた。何かと理由をつけてリツカの部屋の近くに居たがるサーヴァントの姿さえ見えない。声も聞こえなかった。
どこか遠くで機器類の微かな音がブーンと響いているのが、より一層の静寂を感じさせる。
メディカルルームのドアをノックすると、小さな声ですぐに返事があった。
「……はい」
「藤丸リツカです! 入ってもいいですか?」
彼が起きていたことにほっとしながら、「どうぞ」と声がかかるのを待ち、部屋に入る。
彼は先程と同じ姿勢でベッドに立座しており、マシュがベッドの横に椅子を置いて座っていた。そうかマシュはずっとここに居てくれたのか、と、心がほんわかする。
「先輩……」
リツカを見て腰を浮かせるマシュを「いいからいいから」と座らせ、ベッドに向かって折り目正しく頭を下げた。
「先程は! 枕元で大声を出して大変失礼しました、ごめんなさい!」
「いや、やめてくださいよ、そんな……」
そんなリツカを彼が慌てて止めるが、「ううん」と首を振って続ける。
「ダヴィンチちゃんとドクターが騒いでごめんなさい、それと、わたしは騒いでるのを止められなかった、ごめんなさい」
目をぱちくりさせている彼にもう一度ぺこりと頭を下げ、今度はマシュに向かって頭を下げた。
「マシュ、さっきはダヴィンチちゃん達を止めようとしてくれてありがとう。それと、わたし、ぼけっとしてて。ごめんね」
「せ、先輩! そ、そんな! 差し出がましいことを、失礼しました!」
顔を真っ赤にしたマシュが慌てて立ち上がって頭を下げる。リツカはマシュにもううんと首を振り、「マシュが謝ることなんて何もないよ」と笑顔を向けた。
「先輩も司令官も名誉顧問も関係ないよ。良くないと思ったら言ってくれていいんだよ。言って欲しいよ」
「……先輩……」
「私の大事な頼りになる後輩だからね!」
「……はい!」
顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。マシュの頬がもぎたての桃のように上気している。
そんなふたりを見守っていた彼も、ふわりと笑った。
「フジマルさん。あらためて、はじめまして。オレもフジマルリツカっていいます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします! ――同じ名前だね。そういうもの……なのかな」
「どう……なのかな」
『違う世界線の自分』だなんて言われてもピンとこない。同じ顔で同じ姿をしていればまた違った感慨があったのかもしれないが、目の前にいるのはごく当たり前の『同世代の異性』でしかない。目の色も髪の色も違えば、顔立ちにも似通ったところは見当たらない。
リツカは、瞳を少し見開くようにして瞬きもせずに立香を見つめている。あまりにじっと見つめるられ、何を言われるのかと少し身構えてしまったが、ただ見ているだけとすぐにわかった。
(――向日葵みたいな女の子だな)
橙色の髪と瞳。きっと、その配色から受ける印象と同じ性質の少女なのだろうと思った。
「字は、どうかな? わたしは藤の花の藤に真ん丸の丸、リツカは片仮名です。あなたは?」
「オレの藤丸も同じ字。でも名前は漢字です。『立つ香り』と書いて、りつかと読ませる。字だけだとよく女の子に間違えられました」
「そっかあ。じゃあ文字に書けば区別つくけど、音だけだと区別つかない……ですね」
「そうですね……」
「そ、それは困りますね。皆さん混乱するかと」
マシュに言われ、そりゃあそうだよねえとリツカが天井を見上げる。
「あなたのこと、なんて呼んだらいいかな?」
「え? オレのこと……? ――――『藤丸くん』かなあ」
「『藤丸くん』?」
「もしもクラスに同じ苗字の男子と女子がいたら、お互い『くん』と『さん』で呼び分けるんじゃないかなって思って」
「ああ! たしかに! じゃあ私は『藤丸さん』だね! あと敬語やめていいかな! よろしく、藤丸くん!」
リツカが勢いよく右手を差し出した。その手の甲には自分のものと少し違う令呪が刻まれている。
「よろしく、藤丸さん。――オレたちはそれでいいとして、周りはどう呼び分けるんだろう」
「そんなの、どうせ好き勝手に呼ぶからいいんじゃないかな。だって、こう呼んでくださいって言ったって、ぜったいその通りに呼んでくれっこないよね」
「それもそうだね」
くすくすと笑いながら、リツカはふと疑問を抱く。
「『周り』……か。ねえ、藤丸くんのカルデアと、ここは、どのくらい同じなのかな?」
「どのくらい、って……」
漠然とした質問に少し困った顔をした立香が、言葉を探すように周囲を見回す。
「メディカルルームしか見てないけど……。壊して修理した跡とか、そういうところ以外は同じな気がする」
「後から変えた部分以外、ってことね」
「うん、たぶん。この部屋だけ、ってことはないだろうから、他もそうなんじゃないかな」
なるほどねえと言いながらリツカも周りを見回す。
「それと……。スタッフも。これまで会った人の中に見覚えない人はいなかった……と、思う」
「ドクターと、ダヴィンチちゃんも」
そうだねと微笑みながら、立香がそっと視線を落とす。
その仕草がどうにも寂しそうで、リツカはここへ来た目的を思い出した。
「あのね!」
「あ、あの」
マシュと言葉がかぶってしまった。
見ると、マシュは少し困った顔をしている。思えば先程から、何かを言いかけては止めるのを繰り返していた。
「せ、先輩、お先にどうぞ!」
「ううん、マシュどうぞ。さっきからわたしはずっと喋ってる」
笑みを向けて促すと、救われたような顔をしたマシュが思い切ったように口を開いた。
「あの……。藤丸先輩のカルデアにもマシュさん……マシュ・キリエライトがいらっしゃ……おります……いるますでしょうか?」
違う世界線の自分には敬語を付けるべきか謙譲するべきか迷った結果、変な言葉遣いになってしまったマシュが可愛い。笑ってしまわないよう、苦労して真面目な顔を保ちながら立香が大きく頷く。
「もちろん。うちのマシュも、大事な頼りになる後輩だよ」
「ありがとうございます! で、では――そちらのマシュさん……マシュ……は、先輩と同じく男の方なのでしょうか?」
成る程、さっきからそれが訊きたかったのかとリツカは合点する。一方、立香は唖然とした後、猛然と否定した。
「まさか! うちのマシュも女の子だよ! ――もしもマシュが男だったら、あのときオレは……マシュを助けなかったかもしれない」
「おーう。清々しく言い切ったね。――ふむ。君とは気が合いそうだ」
令呪が刻まれた右手が今度はどちらからともなく伸ばされ、再びしっかりと握り合った。
「せ、先輩⁈」
「あの、マシュ、さん。さっきオレのこと、『藤丸先輩』って呼びましたか?」
「マシュとお呼びください! は、はい……。申し訳ありません! 勝手に、失礼しました!」
「いや、いい!」
「はい?」
「いい! 実にいい! 『下級生感』があって、めっちゃいい!」
「よ、喜んでいいただけたならよかった……です?」
マシュのリアクションが可笑しいけど可愛いと、ふたりのマスターが笑う。困ったマシュはしばらく固まっていたが、じきにつられて笑い出した。無機質なメディカルルームに若々しい笑い声が響く。
(藤丸くん、笑ってる……。よかった)
先程の寂しそうな微笑みと、その前の涙が、目に焼きついて離れない。こうして笑っていても無理しているのではと思ってしまう。
が、リツカはそうしてずっと慮っていられる質ではなかったのだった。
したがって。
「ねえ、藤丸くんは、どうしてここに来たの?」
ド真ん中に直球を、投げた。
*--*--*--*--*--*
リツカが直球を投げたそのとき、モニタリングしていたロマニはお茶を飲み込み損ねて咽た。ダ・ヴィンチは口中にお茶があることを忘れてぽかんと口を開けたため、唇の端からだらだらと溢してしまった。美女にあるまじき醜態である。
慌ててモニタの音量を大きくしたが、微かに零れた立香の返答を聞き取ることはできなかった。しかし。
『そんな……』
痛切な表情で両手を胸に当てたマシュの呟きで、立香の返答を察する。リツカは両手でばちんと勢いよく自分の両頬を叩いていた。
『ごめん! わたしまたデリカシーのないこと言った!』
『そんなことないよ!』
『そうだよね! 遊びに来たんならもっとヤッホーって感じで来るよね!』
『いや、藤丸さん?』
『倒れてたっていうんだからアクシデントだってわかりそうなもんなのに、わたし!』
『ねえ、藤丸さん?』
『ごめん! ほんとごめん!』
『いや、だから……』
『ごめんなさいほんとごめんなさ』
『話を聞いて‼』『話を聞きましょう先輩‼』
最後はかぶせるような大声の二重奏になった。
『う……』
ようやく口を噤んだリツカの気まずそうな顔に、立香がくつくつと声を出さずに笑っている。
『――同じ名前でも……性格まで同じってわけじゃないんだね』
『そりゃあそうでしょ。一卵性双生児だってぜんぜん違う性格してることもあるんだし……。って、あれ? 何の話をしてたんだっけ?』
『先輩が、藤丸先輩に、その……ストレートなご質問を……』
『ああそうだった! ほんとうにごめんなさい!』
再びループしそうなリツカを、ふたりがかりで慌てて止めた。
『ううん、ほんとに気にしないで。むしろオレは助かったと思ってるし』
『助かった――って?』
首をかしげるリツカの横で、マシュも不思議そうにしている。
『うん。何からどうやって話せばいいかわからなかったから』
と、立香がモニタカメラをしっかり捉えてカメラ目線になった。モニタのこちら側にいたふたりが軽く狼狽える。
『見てますよね、ドクター、ダヴィンチちゃん。都合の良いときに来てください。質問にもお答えできます』
きりっとした顔で、小さく頭を下げる。
「うーん、凛々しい。凛々し可愛い。少年マスターっていうのも悪くないねえ」
「リツカちゃんが聞いたら拗ねるよ」
「リツカ君は拗ねたりしないよ。一緒になって『だよねえ! 男マスターもいいよねえ!』って言うはずさ」
「はは、確かに」
モニタ越しに見る少年少女たちは、他愛ない会話に戻った様子で和やかにしている。
「それにしても……うちのリツカちゃんはまた弩ストレートに訊いたもんだ」
「あれがリツカ君の武器だからねえ」
「そうだね。――何の衒いも躊躇いも計算もなく、相手の真ん中に、真っ直ぐ切り込んでいく」
「そうそう。みーんなあれにやられちゃうんだよねえ」
くすくすと笑いながら出ていくダ・ヴィンチの後ろに続きながら、ロマニは軽く俯いて、憂い顔をひっそりと隠した。
*--*--*--*--*--*
「ちょっと待って」
いつになく強い調子でリツカが会話を遮った。
メディカルルームにロマニたちが戻り、和やかに雑談を始めた矢先のことだった。
「藤丸くん。どうしてわかったの? あなたのカルデアが、このカルデアよりも進んだ時間にいるって」
不思議そうに立香を覗き込む。
「まだ詳しいことは何も話してない。あなたが会ったのは数人だけ。メディカルルームを出てもいない。それなのに、それだけの情報で、どうしてわかったの?」
大きな目がますます大きくなっている。そして瞬きを忘れているようだ。
「っていうか。わたしが気づいたのに、ドクターとダヴィンチちゃんが気づかないわけないよね。どうして黙ってたの? ――――何か……知ってるの?」
「――リツカちゃん……」
真っ直ぐな眼差しを受け止めきれず、ロマニの瞳が揺れる。ダ・ヴィンチは無表情を貫く。そんな顔をしていると、人間離れした美貌と相俟って蝋人形のようだ。
「もしかしたら、このうちの、誰かが…………」
リツカの喘ぐような言葉の行方を察したマシュが、微かな音を立てて息を吸い込んだ。
しばしの静寂を、立香がそうっと破った。
囁くような声だった。
これほどに静かでなければ聞き逃してしまいそうな。
「――――オレの傍には、今、ドクターがいないから……」
再び訪れる、静寂。
「――――ドクターは…………ドクターは、どうしたの?…………まさか…………」
震える声で絞り出されたリツカの問いに、立香はゆっくりとかぶりを振る。
「うちのドクターは、カルデアを出て行った。自分のやるべきことを、やるために」
「ロマニはどこに、何をしに行ったんだい?」
「それをオレの口から言うわけにはいきません」
無表情なまま厳しい声で問い質すダ・ヴィンチに対し、立香は穏やかな微笑みを浮かべつつ、しかし、きっぱりと拒んだ。
(……ほお?)
立香に対し、どことなく気弱な少年というイメージを抱いていたダ・ヴィンチは、認識を改める。
「それはなぜかな、藤丸立香君?」
「ドクターにとって、プライベートなことだから、です。――ここのドクターが考えていることが、うちのドクターと同じでも、違っていても、オレが言うのはおかしいと思うんだ。ここのドクターには、自分のタイミングで誰に何を言うかを決める権利がある」
その返答が気に入ったのか、ダ・ヴィンチがにやりと笑う。美女には似つかわしくない、太い笑みだった。
しかしリツカが納得できるはずもない。もう少し詳しく訊きたい。
だが、立香に向けて柔らかに微笑むロマニの緑の瞳が、ほのかに、しかし明らかに感謝の色を帯びていることを読み取り、それ以上の追及を断念した。大雑把なようでいて、リツカには他人の心の機微に敏い面もあった。
「――わかった。とにかくドクターは今、藤丸くんと一緒じゃないんだね」
「おやおやリツカ君。あっさり引き下がるのかい?」
からかうようにダ・ヴィンチが嗾けるが、リツカは掌を上に向けて両手を前に伸ばし、首を振った。まるで何かを掬い取るように。抱きとめるように。――それを嫌がるように。
「その時がくればドクターが自分で話してくれるなら、それでいいよ。今は他に訊きたいことが、たくさんたくさんあるでしょう!」
「それはまあ、そうだね」
軽く頷き、次の質問を口にしようとしたダ・ヴィンチを、リツカの大声が遮った。
「え⁈ ちょ、ちょっと待って、待って! それって!」
先程は恐怖に震えていたリツカの声が、今度は驚愕で上擦っている。
「――――ドクターが出ていった? それって、カルデアから出ていく先があった、ってことだよね? じゃあ! そしたら! 藤丸くんは⁈」
はっと気づいたマシュの目が大きく見開かれた。無意識に両手を胸の前で握る。
「そう。オレたちは、人理を修復しました」
ちっとも誇らし気ではなく、むしろ自嘲するように呟いた立香を皆が訝しむ。しかしリツカは頓着しない。
「どうやって? とか! とか! 訊きたいことはいろいろあるけど! とにかくおめでとう! 藤丸くん! お疲れさま‼」
「藤丸先輩! おめでとうございます!」
「そうかそうか! ほんとに修復できるのかあ! なんか勇気出てきた! マシュ、わたしも頑張るよ‼」
手を取り合って喜ぶ少女たちに、感謝の笑顔を向けながら、立香の心は痛いほどの憂苦に震えていた。
(――――オレは……嘘は、言ってない)
立香はもともと嘘のつけない質だった。相手に易々と感情や考えを読まれるな、と、いつもサーヴァントたちに叱られていた。
だけど。
『あの日』以降は、己の感情を閉じ込めることができるようになった。そうしていなければ日々を過ごすことができなかったからだ。底のない穴のような喪失感を抱えて、穴の中に落ちずにいるためには、しっかりと蓋をしてその上で暮らすしかなかった。
細い細い針金の上をシャドウ・ボーダーで直走る日々。蓋をすることで、どうにか、自分の中にぽっかりと口をあけた奈落に墜ちることなく綱渡りをしていられたのだ。
だけど。
ここへ来て、ロマニとダ・ヴィンチの変わらぬ姿を目の当たりにしてからというもの、しっかりと蓋をしたはずの感情が揺れっぱなしだった。
そして今また、少女たちから邪気のない労いと祝福の言葉をかけられ、訊かれたら応えるために用意していたはずの台詞が、ひどく無様に感じられていた。
だけど。
何を話していい? 話してはいけない?
そんなことはわからない。わかるはずがない。
だけど。
わからなくても自分なりに判断するしかない。
(――でも――それが間違っていたら――――この世界は、どうなる?)
どれだけ考えても、答なんて出るはずがなかった。
*--*--*--*--*--*--*
「――――くん。――藤丸くん?」
うっかり思考に沈んでいたようで、呼ばれていたことに気づかなかった。慌てて表情を取り繕う。
「――ごめんなさい。ちょっと……ぼんやりしてしまって」
「体調が心配だな。少し休んだほうがいい。それからもう一度、検査をしよう」
「無理させてしまったかな、すまない。いったんここらでお開きにするか。――ロマニ、じゃあよろしく頼むよ」
リツカとマシュを促して立ち去ろうとしたダ・ヴィンチを、慌ててリツカが引き止めた。
「ま、待って! ダヴィンチちゃん待って!」
上衣の裾を掴み、縋るようにダ・ヴィンチを見上げる。
「リツカちゃん。そりゃあ訊きたいことはまだまだあるだろうけど。彼も疲れたみたいだし」
「お願い! もうひとつだけ!」
拝むように両手を合わせ、リツカが懇願した。小さな声で「お願いお願いほんとにひとつだけ」と言いながらロマニと立香のことも拝む。その必死な様子に、ダ・ヴィンチとロマニは顔を見合わせ困惑しつつ、立香を窺う。
「オレはだいじょうぶです」
リツカに向け、小さく頷いてみせた。
促されたリツカの唇が震える。なかなか言葉に出すことができない。言い出そうとして詰まり、唾を飲み込む。掌にも汗をかいているのか、スカートの裾を強く握った。
やがて、励ますようにマシュが寄り添う。それに勇気を得たのか、瞼をぎゅっと閉じ、口を開いた。
「――ダヴィンチちゃんは? ダヴィンチちゃんもいなくなっちゃったの⁈ ――――マシュは? マシュも⁈」
「……先輩……」
ああそうか、と立香は合点する。ロマニが立香の傍から去ったと聞き、彼女は不安でいっぱいだったのだろう。人理を修復したその後は、大切な人たちが皆、自分の傍から去ってしまうのか、と。
リツカを安心させたるための笑みを作りながら、大きく首を振った。
「ううん、ダヴィンチちゃんは今も一緒にいてくれてる。マシュもだよ」
「――今も、一緒に?」
「そうだよ」
大きくリツカが息をついた。「よかったあ」と笑顔になる。
「さっきね、ドクターだけじゃなくてダヴィンチちゃんのことも、見てて涙ぐんでるみたいだったから。――もしかしたらダヴィンチちゃんも、どこかに行ってしまうのかなって……」
内心ぎくりとした立香は素早く考えを巡らせる。
『隠したいことがあるなら、すべて隠すのではなく当たり障りのない情報を少し与えたほうがいいわよ』
それは間諜として名を馳せた、或るサーヴァントから教えられたテクニックだった。
「――うん、今も一緒にいるよ。ただ…………いま一緒にいるダヴィンチちゃんは、この姿じゃないんだ。だから……」
ダ・ヴィンチがほう、というように片眉を上げた。
「それは――『再臨』かい?」
「ちょっと違うんだけど……。とにかく今の姿よりもかなり若くなった」
「私は美女から美少女になったのか!」
「そうだね。とってもとっても可愛かった」
「そうだろう! そうだろうとも! ところで私はどのようにして姿を変えたのかね? いやもちろん私は天才であるからして可能だろうがそちらの私が何をどのように――」
「ダ・ヴィンチ」
ロマニが両手でドアを指し示す。お帰りは、こちら。
笑みを深くしたリツカが立ち上がる。
「それで今のダヴィンチちゃんを見て懐かしくなっちゃったってことかあ。やっと腑に落ちた」
子どものようなリツカの笑顔に、立香の胸の奥がちくりと痛む。
(――――嘘は……言ってない)
そう、嘘は言ってない。
でも。
それならどうして、この胸は痛むのだろう。
あれほどの罪を犯した自分に、まだ苛まれるべき良心が残っているというのか。
ひらひらと手を振りながら出て行こうとするダ・ヴィンチの姿に、『あの時』の姿が重なって見えた。
あってはならない場所に咲いていた、禍々しく赤い花。
陶器のように滑らかな頬に流れた、一筋の赤。
ぞくり。
背筋が凍る。
じわり。
掌に汗が滲む。
ひくり。
喉がひりつく。
「――――ドクター……」
知らず、口に出していた。
「マスター候補生は……Aチームだった皆さんは……今……は?」
「――なぜそんなことを?」
怪訝そうに振り向くロマニには答えず、重ねて問う。
「今も……冷凍睡眠を……?」
「ずっと冷凍状態で眠っているよ? 藤丸くんのところでは……」
眉を寄せたロマニが「そうじゃないの?」と尋ねかけたのを遮った。
「今すぐ!――」
勢い込んで言いかけて。
躊躇った。
視線が彷徨う。
(……まだ間に合うかも……だけど……)
ロマニも。ダ・ヴィンチも。リツカも。マシュも。
懸念と不信と不安と動揺をそれぞれの瞳に浮かべ、黙ってしまった立香を見ている。
(……話していいのか……? もしもこの世界では……違ったら……! だけど……)
問い質そうとしたダ・ヴィンチを、片手でリツカがそっと押し退けた。
「――藤丸くん。Aチームの人たちがどうかしたの?」
立香は彫像になってしまったように動かない。
否、動けない。
「大怪我をして冷凍睡眠しているはずの人たちが、どうかしたっていうの?」
ゆっくりと、ゆっくりと立香に近づく。
「答えて」
ベッドの横に立ち、立香を見下ろした。
立香は答えない。
否、答えられない。
「あなたはこの先の時間から来た。だから、この先に何が起きるか、知っている」
息ができない。
ここはどうしてこんなに空気が薄いのだろう。
「知っていて……何か、隠そうとしているよね」
「……っ……ちが……」
喉が錆びついたようだ。
水、そうだ水をもらえれば。
「これは質問じゃないよ。あなたは何か隠してる。――誰にでもわかる」
水が欲しい。
でも、それを頼むための声さえ出せない。
この喉はどうしてしまったというのか。
「――Aチームの人たちのことなんて、わたしは今まで思い出しもしなかった。申し訳ないけど、あれから一度も考えたことがない。――それどころじゃなかった」
橙色のリツカの瞳が硬質の光を帯びる。
「あなたはさっき、ドクターとダヴィンチちゃんのことを教えてくれた。だから……あなたが知っている『これから先のこと』も、ちょっとずつ教えてもらえるんだろうなって、思ってた」
いつも能天気そうに笑っているリツカがこの顔を見せることは滅多にない。厳しい戦いに臨む前に一瞬だけ見せる顔だと、気づいたマシュの背筋が伸びた。
「あなたは…………敵なの?」
「……っ! まさか! 違う!」
反射的に叫んでいた。
なんだ声なら出せるじゃないか。
「それなら……どうして隠すの?」
強い光が立香を射貫く。
隠したいわけじゃない、と言いたい。
だけど――彼女にしてみれば同じことか。
「答えてよ!」
立香に掴みかかろうとしたその手を、ダ・ヴィンチが止めた。
小さく首を左右に振り、リツカを窘める。
「――ねえ、リツカちゃん」
子どものようにいやいやをするリツカに、ロマニの声が静かに落ちた。
「彼は、隠しているわけじゃないと思うよ」
「それなら! どうして話してくれないの⁈」
ロマニに叫び返す。ダ・ヴィンチに抱き留められているリツカの、強く握った拳が震えている。彼女も緊張していたのだと、立香は気づいた。
「リツカちゃん。彼は、怖いんじゃないかな」
「――こわい? どうして?」
草原のように凪いだ緑の瞳が優しくリツカを見つめる。少し困ったようなロマニの微笑みが、立香を怒涛のような郷愁へと押し流す。自分の知るロマニがあんなふうに自分を見つめることは、もう二度とない。
(――ドクター……!)
ロマニはこの世界でも、ロマニだった。
どうしようもなくロマニだった。
仮面のように表情を貼りつけたまま、頭蓋が割れるほどに、声なく叫ぶ。
(ドクター! ドクター! ドクター! ドクター‼ ドクター‼)
会いたかった。ずっと会いたかった。
突然の別離なんて、受け入れられるはずもない。
ここに来て、変わらぬ姿を見て。
嬉しかった。嬉しくないはずがない。
それが、その人そのものでなかったとしても。
同じ顔。同じ声。そしてたぶん……同じ魂。
「リツカちゃん、もしも君が彼の立場だったらどうかな?」
「そんなのきまってるじゃん! わたしはぜんぶ話すよ!」
「はは、君ならたぶん、そうするだろうね」
困ったように鼻の頭を掻く癖。
変わらない。
胸の中に大切にしまっていたその姿と、変わるはずがない。
「でもね」
少し背を曲げて、ロマニはリツカと視線を合わせた。
「例えば、の話だよ。結果を知っていたらつらくて出来ないようなことを、どうしてもしなくちゃいけなくて、自分は知らなかったからできたけど、知っていたらできなかっただろうなあ、って思ってしまうことだったら、キミはどうする?」
「他の方法を考える!」
「誰が考えても、どう考えても、何万回も考えても、他の選択肢がなかったら?」
「……それ……は」
リツカの眉が八の字に下がる。
「それから。――もしも自分が余計なことを話したせいで、飛ばされた先の世界で、受け入れてくれたマスターに迷惑をかけてしまう可能性に気づいたら……。それでもリツカちゃんは、躊躇わずに何でも話せるかな?」
「わたし……は……」
泣くのを我慢しているリツカの顔が、まるで幼な子のようだと立香は思った。
しかし自分では気づいていないだけで、立香もまた、同じ顔をしている。
何も話していないのに、ロマニは理解してくれていた。
そのことが、ただただ嬉しかった。
「いじわるなことを言ってごめんね、リツカちゃん。――藤丸くんはね、たぶん、自分が『未来のこと』を話してしまった結果、このカルデアの運命を変えてしまうことが、こわいんだと思うよ」
俯いて黙ってしまったリツカの頭を優しくぽんと叩き、ロマニは立香に向き直る。
「キミも同じことだよ、藤丸くん」
「……え?」
虚を衝かれた。
「敵はどんどん強くなる。ぎりぎりの戦いを強いられている。それでも絶対に撤退は許されない。これはそういう戦いだ。キミなら、わかるだろう?」
「……はい……」
もちろん。そうして戦ってきた。
そんなことはロマニだってわかっているはずなのに、いったい何が言いたいのだろう。
「――そんなとき、すでに人理を修復し終えたという先輩マスターが自分のカルデアに突然やってきたら? 助けて欲しいと思わないかい? なんでもいい、情報が欲しいと。それが役に立たなくても裏目にでても構わない、少しでも勝つ可能性を大きくしたいと、そうは思わないかい?」
「……っ……」
ダ・ヴィンチはおちゃめに片目を瞑ってみせる。
「だいじょうぶ、君が話してくれたこととは違うことが起きても、誰も恨まないよ。――だって、ここは君の世界とは別の世界だ。寸分違わず同じ事が起きるほうが、むしろ不思議だろう?」
沈黙が満ちる。
ぽつり。
「――――ぎりぎり、だったんです」
水滴のように落ちた言葉。
リツカがびくりと顔を上げる。物音に驚いた猫のように。
「――本当にぎりぎりだった。全員が、自分にできることの限界まで出し切って、その底に残った滓みたいなものまで出し切って、出してはいけないものまで出し切って、絶対に出してはいけないものまで……出し切ってしまって」
ぽつり。
一瞬、年老いた男のように顔が歪む。垣間見せたその表情から、立香もかけがえのないものを失ったのだと察せられた。
「――そこまでやらなくちゃいけなくて、それで……ようやく、終わったんです」
ぽつり。
「もしも……歯車ひとつ違ったら……。ううん、もっと些細なことでも……。髪の毛一本分だけ何かが違っても……。オレはきっと失敗していた」
ぽつり。
「――たぶん、人理修復までの道はほんとうに細くて狭かったんだと思います。――だけど……いろんな奇跡が重なって、そこに至ることができた。誰が欠けても、何が欠けても、何かが変わっても、きっと無理だった」
ぎしぎしと軋む声で、独白が続く。
「オレが来たせいで、ここに流れる時間はすでに変わってしまった。これ以上、変えてしまったら、そうしたら、どうなるか……!」
聞いたリツカの顔も、何かを言いたげに歪む。しかし、言葉にすることができない。彼が知っている苦しみをまだ知らない自分は、言ってはいけないと、呑み込む。同じ立場であるがゆえに、言ってはいけないのだと。
殊更に明るく、ダ・ヴィンチが問いかけた。
「そうかもしれないね。でも、藤丸君。こう思うことはできないかな。――君がここに来ることも、定められた未来だった、って」
「――ここに来る運命だったと……?」
その瞬間、立香は理解した。
(――ああ、そうなのか。そういう……ことか……)
ここに来る直前の、自分がいた場所を思い返す。
(――――そう、か……。オレの世界はあそこで終わってしまったんだ)
あの瞬間に、自分の世界から弾き飛ばされた。そしてこの世界にたどり着いた。
何のために? どうして? ずっと不思議だった。
でも、もしかしたら。
人類は、この世界にしかもう残っていないのかもしれない。
だから自分は、この世界の未来を変えるために、この世界に『あの時』が訪れないようにするために、飛ばされてきたのかもしれない。
それなら迷う必要なんかなかったのかな。
じわりと浮かんだ立香の笑顔は歪んでいた。
その胸に差した暗い影を、ロマニは見逃さない。
「そうじゃないよ、藤丸くん。そうじゃない。――キミは、キミだけは、そんなことを考えてはいけない」
真剣な顔で諭す。正面から立香を覗き込む。閉ざしかけていた立香の心を、森に差す光のような瞳でこじ開ける。
「こう見えてボクは欲張りだからね。キミがここに来て、うちのリツカちゃんを助けて、それから自分のカルデアに帰って運命を切り拓くまでが、1セットだ」
帰る場所なんてもうどこにもないかもしれないのに。
「そうそう。そんなに悲観するもんじゃないよ、少年マスターくん。私という天才があっちにもこっちにもいるんだ。なあに、きっと帰れるだろうさ」
無い場所にいったいどう帰れというのか。
「気づいてないみたいだけど……。今ここに君がいて我々と話している、そのこと自体が、今も誰かがどこかで君のために必死になって頑張っている、その証なのではないのかな?」
「――あ…………」
それは一筋の光明だった。
――そうだ。
自分ひとりでは、ここで存在することさえできない。
「……存在……証明……」
「わかったようだね、マスター君」
(今この瞬間も、あの場所で『誰か』がオレを見てくれている……)
立香の頬に赤みが差す。
もしも。帰れる場所が、あるのなら。
「……オレ……は……」
マシュがそっと、立香の傍らに立つ。
「もしも……藤丸先輩のお側にいるマシュ・キリエライトが、わたしと同じ魂をもっているなら」
アメジストのように澄んだ菫の瞳が、立香を癒す。その胸に差した影の一片さえも残さないと言わんばかりに。
「きっと、何があっても、たとえ世界でただひとりきりになっても、先輩のお帰りを待っています」
生きることのその意味を、人生の価値を、すべてを、わたしに与えてくれた人だから。
気持ちが伝わるよう、立香の腕にそっと手を添える。
マシュの温もりが伝わってきた。
いつも優しいマシュ。ここのマシュも優しい。
自分の世界での最後の記憶。マシュが自分を護ってくれていた。いつものように。震える心と手足を励まして、自分のために。
そうだ、マシュとあんなふうに別れるわけにはいかない。
(……待っていてくれる人がいるんだ、帰らなくちゃ……)
この身がここに在ることが、自分の世界が在る証。
この身が消えるその時は、自分の世界が消えた時。
「――ありがとうございます。マシュ、ありがとう」
再び、沈黙が満ちる。
しかし今度のそれは、ほのかに暖かな色をしていた。
「ねえ、藤丸くん」
明るさを取り戻し、リツカが快活に呼びかける。
「さっきあなたは、ドクターのことは、ドクターに決める権利がある、って言ってくれたよね。それと同じ……いや逆か? ――ええとつまり、この世界のことは、わたしたちに決めさせてくれないかな?」
「それは……どういう……?」
立香が戸惑う。
「つまりね、あなたが『この先』の情報を出す出さないを決めるのではなくて。『この先』に何が起きるかあなたに教えてもらって、ちゃんと知ったうえで、わたしたちが、その情報を使うか使わないか、どうするか決めたい、ってこと。もちろん、情報を使って何が起きても文句は言わない」
彼女は既にこの世界を背負っている。そのうえ、さらに重い荷物を背負おうというのか。
「――きみが……その判断を、正しくできると?」
戸惑いから、皮肉な口調になってしまった。
「そんなこと、できるわけないじゃん」
リツカはさも当然のことと、あっけらかんと言い放つ。
「……な……」
「わたしができるわけない。わたしのことは信じなくていい」
「リツカ君。そこは嘘でも『私のことを信じて』って言う流れだろう?」
絶句した立香に同情するように、脱力したダ・ヴィンチがため息をつく。
「いいんだよダヴィンチちゃん。だって、わたしのことは、わたしがいちばん信じてないから」
「……リツカ君」
自分で自分を信じることができない――自信がないと言いながら、リツカには卑屈なところが微塵もなく、むしろ堂々と胸を張っている。
「藤丸くんだってそうでしょう。自分のことなんて信じてない。自分のことは、自分がいちばんわかってる。だから疑ってる。いつも疑ってる」
「――先輩?」
否定するようにかぶりを振るマシュの手を、リツカがそっと握る。
「ありがと。マシュが信じてくれてるのは知ってるよ。――でもね、マシュがどんなに信じてくれても、他のみんなも信じてくれても、自分だけは、いつも疑ってる。――そうだよね、藤丸くん」
「それ……は……」
わかってるよ、とリツカが片目をつぶってみせる。
「そんなこと……胸を張って言うことじゃないだろ?」
ロマニも脱力する。
「わたしが信じてるのは仲間だよ」
立香に近づく。
「あなたもそうでしょう、藤丸くん。だからわたしのことを信じてなんて言わない。あなたのサーヴァントと同じ霊基をもつ、わたしの仲間を――」
また一歩、立香に近づく。
「信じて、話して」
そうだね、とロマニも頷く。
「これがもしもアニメやゲームだったら……。ボクも『ネタバレやめてください』って言ったかもしれないけどね。――これは」
「――これは戦争だから。命かけてるから」
力強く、リツカが結ぶ。
わたしも。
命をかけている。
あなたと同じように。
リツカがゆっくりと頷き、その眼差しに強い意志を乗せる。
オレも。
命をかけている。
きみと同じように。
彷徨っていた立香の視線が、リツカのそれと、しっかり結ばれた。
(続く)
取りあえず。ドアンパイのパイセンのコフィン開ければ良いと思う。ベリル?