藤丸立香は死ぬわけにいかない
ちっぽけで独りよがりな義務感がエゴを超え、あたかもそれがエゴであるように信じている哀れなしょうねん
(と、煽って本音を言わせようとしたら思いのほか重症でビックリした賢王)
前→novel/9053715
ランキングお邪魔させていただきました!
ありがとうございます!
- 2,666
- 2,772
- 44,186
違和感を感じたのは五つ目の特異点を復元した後だった。
自分の周りで血生臭いにおいがするようになった。ほんとうに、微かに。今まで自分が嗅いできたにおいはもっと強かったから全然気付かなかったんだ。においは強くなれば強くなるほど死期が近いということらしい。
自分の番になって、ようやく知った。
大丈夫、まだ死なない。
六つ目の特異点を復元した頃はさらに強くなっていた。以前は気にしなければ感じなかったのに、今じゃずっと付き纏っている。だいきらいな血のにおい。
この頃から喫煙室に通うことが増えた。タバコの臭いの方がマシだった。でも、そんなことをしてもあのにおいが消えないことなんて知ってる。
嫌だな、死ぬわけにはいかないのに。
今俺たちはウルクにいる。つまり、7つ目の特異点の中だ。玉座におわすはキャスターのギルガメッシュ。俺たちは王様から許しが出たので空き家だった場所を拠点にしている。日中に困っているウルクの人の依頼を解決して、1日の終わりに王様に報告する。そんな毎日を繰り返していた。
今日も同じようなことをした。浮気をしている夫の尾行の依頼だった。最終的に依頼主の奥さんが浮気現場に乱入して、バトルが始まるー!と思われたその時、浮気相手の旦那さんも乱入して大変だった。なにやら依頼主の旦那さんとその浮気相手は幼馴染だったたしく、更に浮気相手の旦那さんと依頼主も幼馴染だった。しかも、それぞれが初恋相手だったとか。結局、初恋の相手同士で改めてくっつく事になった。…なんというか、修羅場にはならなかったけど、よく分からない1日だった。
でも、生き延びた。
ちなみに、それを王様にその儘報告したら怒られました。「なぜ貴様らは我のいないところでうんぬんかんぬん」って感じで。思わずマシュと顔を合わせて笑った。
「マシュといえば、久々に今日顔を合わせて喋ったかもしれない…」
自分のにおいが強くなってから、俺は意図的にマシュと距離を取った。もちろん、種火集めや宝物庫には連れて行く。取ったのは物理的な距離だった。血生臭いにおいが彼女に移ってしまうかもしれない。そう思うと知らん顔で彼女の横で笑うことができなくなっていた。
あからさまな距離を取りすぎず、でもなるべく彼女の視界に入らないよう、適度に彼女が「藤丸立香がいない生活」に慣れるようにしていく。でも、彼女に異変を感じさせるわけにもいかない。マシュが疑問に思ってドクターに相談したら、聡明なあの人は気付いてしまうからだ。
カルデア以外の世界が危険に晒されている今、自分の代わりはいない。マシュと一緒に、ドクター達の力を借りて行動に移せるのは自分だけなのだ。
それなのに、人類最後のマスターは自分の命の終わりを知っている。
どうしてだろう。なんで俺なんだ。まだ死ぬわけにはいかないのに。驚くことに、死ぬこと自体はあまり恐ろしくなかった。あまりに多くのそれを目の前で見てしまったからだろうか。死は怖くない。でも、自分の死が絶対あってはならないことだというのを知っている。
いつ死ぬんだろう。どうやって死んでしまうのか。マシュの目の前は嫌だなあ、彼女の泣き顔は見たくない。きっと、ドクターは自分を責めるんだろう。「立香くんの抱えるものを知っていたのに、気付けなかった」なんて言って。
優しい彼のことだ、おそらく間違っていないだろう。
自分が死んだ後の世界を考えようとして、やめる。
その瞬間がこの世界の終わり。
死を目の前にした今、藤丸立香は今日も涙を流すことなく、眠りにつくことなくベットで夜を明かす。
俺は死んじゃいけないんだ。生きないといけないのに。神さまはなんて残酷なんだろう。
しぬのはいやだよ、と誰かの泣き声が聞こえた気がした。
<同時刻>
「ドクター、少しいいでしょうか」
『マシュかい?今は平気だけど…何かあった?』
夜も更けている中、眠気に影響を受けないひとりの少女がドクターと連絡を取っていた。彼女の連絡に応じたロマニは何の疑問も持たずそれに答える。
「実は…相談が。先輩がいるところで出来ないので今しかないのですが」
『立香くんに聞かれたくない質問?マシュが?…ついに思春期かい?』
少し茶化すように言ったその言葉は、半分本気だった。本気というより、単純に驚いたのだ。
「いえ………その、最近先輩が他人行儀といいますか…距離を取られているように感じるのです」
『……立香くんが?君と距離を…』
「今回のレイシフト前にルーティンとしてやっていた種火といったものには同行させて頂いてます。朝起きた先輩を迎えに行くのも私です。
でも…前は普通に合わせてくれていた目線も最近はそんなこともなくて……」
ドクターは彼女の言葉を注意深く頭の中で砕いていった。これは簡単に返事をしていいものではない。直感的にそう思った。
自分しか知らない闇を抱えている人類最後のマスターは感情を殺すのが上手かった。少しの体調不良なら周囲に気付かせることはない。データは誤魔化せないが。健気に「いつも通り」を毎日演じている。「演じる」といっても、普段の彼の人格が意図的に作られている訳ではないが。
…とにかく、それ程に自らを押し殺す癖があるあの子が、そんなあからさまな態度を取るだろうか。まるで、気付いて欲しいと間接的に言ってるようなものだ。直接ではなく「間接的」。これが指す意味は……?
そういうことだと思った。彼は、死のにおいに纏わる何かで今苦しんでいるのかもしれない。先日においについて質問した時はうまくはぐらかされてしまったが…問題は誰のにおいを嗅ぎ取ったのか、である。
マシュを避けるということはマシュから嗅ぎとった?キャメロット特異点を修復してカルデアに帰ってきてそのまま倒れてしまった彼女だ。その可能性は十分ある。
頭の中でアレコレと考えを巡らせていたロマニに、遠慮がちに…というより、立香を想ってだろう、不安そうにマシュは続けた。
「正直に言うと、恐ろしくなるんです。まるで、私から先輩という存在を無くそうとしているようで。
まるで…先輩がいなくてもいいように、準備をしているように思えて、それに気付いて私は怖くなりました」
ロマニは言葉を失った。
考えないようにしていた、考えたくなかった。それは起こり得るもので最悪の可能性だったからだ。
気付いてしまった。気付けなかった。
ドクター・ロマンティックは己を呪った。
気付けば朝日が顔を出していた。今日も碌に眠れなかった。あまり寝れていない日が続いているが、大丈夫だろうか。数値とかでドクターたちにバレないといいな。
そうして藤丸立香は無意識に今日も己を殺す。
「先輩、おはようございます」
「おはようマシュ。ごめん、少し遅くなっちゃった…」
「やあ、おはよう立香くん。昨日はよく眠れたかな?アナはもう朝ごはんを食べて街に出ているよ」
「あ、マーリンもいたんだ…おはよう、アナは早起きだねぇ」
朝マシュの元へ行くといつも通り可愛い彼女がそこにいた。と思ったらマーリンもいた。なんでいるんだろう…なんて寝ぼけ頭で考える。
「うーん、朝からずいぶんな言われ方をしている気がするがまあいい!私は気にしないからね。それより今日も彼のところに行くのかい?」
「その言い方は絶対気にしてるものだと思います、マーリン邪魔ですどいて下さい」
「わあ!あ、アナももう戻ってきたのかい?はやいねえ」
「マスターが起きたようなので引き返してきました」
「わざわざごめん、おはようアナ…」
小さな欠伸を数回してアナやマーリンの言葉に答えていく。アナを優先していたらマーリンがめんどくさい感じで拗ねたような仕草をしたのでドクターに叱られていた。
「彼ってギルガメッシュのことでしょ?いつも通り夕方前には行くと思うよ」
「分かった、じゃあ彼に伝えておこう」
伝えるって何をだろう、と思ったがドクターに話しかけられてそれは叶わなかった。
『立香くん、おはよう。よく眠れたかい?』
「うん、おはようドクター!いつも通り眠れたよ。昨日は依頼が依頼だったしそんな疲れなかったから平気」
そうか、なんて返したドクターはいつもより元気がないように思えた。彼の方こそ疲れているんじゃないだろうか。
…いや、彼はいつも頑張っているんだ。世界を救うために。俺のために。マシュのため。
「ドクターも疲れてるでしょ?いつもありがとうね」
『……いやだなあ、どうしたんだい急に?僕たちはまだ大丈夫さ。それより異変があったらいつでも言うんだよ』
そう言ったドクターの顔はなんだか泣きそうに見えて、俺の心も苦しくなった。
その日もいつも通りに王様への報告を終えいつものようにマシュ達の元へ帰るのだと思っていた。
でも、その日の王様はそれを許してくれなかった。
赤くて細い目が俺を射抜く。まるで叱られているようだった。
「ときに異邦の者よ」
「……へ、あ、はい、なんですか」
「貴様は何をそんなにも恐れるのだ」
「…………え、」
「貴様が最も恐れるのは何だと聞いている」
あまりに脈絡のない突飛な質問だった。…俺が恐れるもの?そんなの決まってる。死だ。
でも、そう王様に言っていいのだろうか。誤魔化したほうがいいのかな。
「下手に誤魔化さないことだ。我を騙せると思うな、正直に申せ」
先手を打たれてしまった。こうなった王様には反抗しないほうがいいだろうと思い、素直に話す。話したところで見破られることもない。
「俺は……死が怖いです。俺が死んだら世界に未来がない。それを知っているつもりです。死ぬわけにはいきません。だから……」
「だから死を恐れると?巫山戯ているのか?我は嘘をつくなと言ったはずだが」
「え、…俺は嘘なんて、」
予想外の賢王の返しに立香は戸惑う。嘘をついたつもりはないのに、この王様のお気に召さなかったようだ。
「貴様は“死”を恐れてなどいないだろう。それは人類最後のマスターとしての義務から来るものだ。お前は死を見慣れているはずだ」
「義務……なに言って、死ぬことは誰だって怖いですよ、王様」
「貴様以外はな。お前のそのくだらない義務感がただでさえ風前の灯であったお前の“死への恐怖”を押し殺した。藤丸立香という人間にとって死は幼い頃より身近であったはずだ。貴様はそういう人間であろう」
「…何度も言いますが俺は死が怖いです。俺の死は絶対あっちゃいけない。何の役にも立たない。それは嫌です。でも人理の修復が終わってない今それは起こってはいけない
王様だって、知ってるんじゃ…」
藤丸立香から余裕が消えていく。何度も同じことを繰り返す。手足の感覚がなくなっていくような気がした。立っているはずなのにその事実すら不安定になっていく。
「嗚呼、我は知っている」
嫌な予感がした。
「貴様と言う人間が死を未だ恐れていることを。
藤丸立香が自らの命の終焉を感じ取っていることを知っている」
告げられた事実に目の前が真っ暗になった。
なんで。それしか浮かばない。
「なに、言って」
「今は人類最後のマスターを捨てよ。貴様が殺した自分に向き合うがいい」
「お、おれにはなにを言ってるのか理解できない!!
俺は死なない!!死んじゃダメなんだ!!!!!
死は俺にとっても平等に恐怖です、よ…」
しにたくないよ、
そう泣いたのは誰だっただろう。そう泣いたのはいつだっただろうか。
そんな時は本当にあった、?
「たわけ。それでは何故、一度も“死にたくない”と我に告げない?」
息が止まった。
「貴様が己を殺すことを得意としているのは聞いた。しかし、思った以上だったな。自分の死を恐れて泣いた事などないのだろう
“死ぬわけにはいかない”と“死にたくない”は別物だと理解はできるな?」
「おれ………は…
おれが死んだら…駄目なのは俺が一番よく知ってます、知ってるつもりです……」
「人類最後のマスターに聞いているのではない。藤丸立香に我は聞いている。この意味が貴様に理解できるか?」
「分からない…分からないです……俺は…だって…今だって、もう何ヶ月も前からずっと、ずっと血生臭くて……マシュににおいが移ってほしくなくて、ずっと………気付かれるわけにいかないんです。だって、だって俺は、」
俺は誰だろう。俺は誰だったんだろう。誰であるべきなんだろう。
カツン、辺りに響く足音に藤丸立香は気付かない。
「…おれ、いつ死ぬんだろう。いつ死んじゃうのかな。
血のにおいがずっと纏わり付いてるんです。小さい頃に何度も周りから嗅いだ死のにおい。それを嗅ぎとるって知っていつか自分からそのにおいがするんだと気付いた時は怖かった……いや、最初から怖く、なかっ…た……死ぬのは怖く、ない…………」
うわ言のように立香がつぶやく。
キャスター・ギルガメッシュはその千里眼で藤丸立香の闇を知っていた。自分の死を間近にしてなお心を殺しているその姿を。気付かなかったあの医者を叱ってやりたいと思っていたが、彼のこの有様は想像以上とも言えた。
それほどまでに彼は重症だった。
自らの代わりがいない重圧と義務感がエゴを殺す。それに気付くものはいない。重圧をその一身に受ける本人すら気付かない。
泣き叫んで声を上げる者に気付くものはいない。
彼に近しい者が気付き掬い上げるしかないのだろう。
「…………先輩…」
大切で、大事な後輩の声がした。