固定種・在来種とF1種・雄性不稔種の真実
<固定種・在来種とF1種・雄性不稔種の真実>
自然農や家庭菜園家が増えてきて、自家採種やタネ交換へ取り組む人が増えてきた。
それはとても嬉しい変化だし、多くの人が関わることで希望が大きく膨らむ。
それに伴って俺のところには品種やタネ交換についての相談がよく来るのだが、多くの人がメディアの影響を強く受けて勘違いし、タネのことを全然理解していない。
自然農を学ぼうとする人は決まって固定種を選びたがる。固定種とは親と親から採れるタネ(つまり子)で同じ形質が受け継がれるタネのこと。固定種の中には企業や個人、団体が選抜と採種を繰り返してきて、生み出してきた品種が多い。タネの品種名にはオリジナルのネーミングがされている。ステラミニトマト、丸茄子、フクユタカなど。
固定種の中にはある特定の地域で代々栽培と採種が繰り返されてきた特殊な品種があり、それを在来種と呼び、その地域名が品種名となっている。賀茂茄子、伊勢ピーマン、野沢菜など多くの伝統野菜も在来種に含まれる。
これら固定種と在来種は誰が、どこで、どの栽培方法で育てた後に採種しても固定種であり、在来種である。そこにどんな育苗用土にタネを蒔こうが、農薬を使おうが、有機堆肥を使おうが、自然栽培で育てようが。関係なく固定種は固定種であり、在来種は在来種である。
これら固定種や在来種では生育具合のバラツキや形・大きさのバラツキが生まれやすい。そのため、こだわりの強い農家を別にすれば多くの経営農家には好まれず、もっぱらF1種(交配種または育成種)が栽培されている。F1種なら発芽が揃い、生育にバラツキがなく、形や大きさが均一で収入が安定するからだ。
現代の農家の90%以上がF1種を栽培していると言われているが、このF1種とは一般的に人為的に作られた一代限りの雑種と意味する。つまり親と子は全く違う形質を持つ。たいていF1種は2~6種ほどが混ざっていると言われており、親のタネから育つ子はそれぞれが全く別の形質を持つことも不思議ではない。そのため、自家採種が不可能だと勘違いされているが、実際は親と違う形質なだけであって、育つことはできる。
F1種の中で近年、危険視され始めたのが雄性不稔種である。野口種苗の野口勲さんの『タネが危ない』で指摘されたことで日本でも注目を浴びるようになった。雄性不稔種とは字の通り、受粉に必要な雄性のミトコンドリア遺伝子異常によって雄性の花粉が作れなくなり、不妊となってしまった品種である。「子孫が残せない植物」によって、ミツバチなどの昆虫や鳥、そしてヒトまでも影響があるのではないか、という危惧が野口勲さんらによって訴えられたのである。
その危険性が訴えられてから、雄性不稔種に関する研究は進んだ。しかし、なぜかその研究結果について知る人は少ない。
そもそも雄性不稔種の発見は偶然だった。F1種の開発には栽培種に野生種を掛け合わせることが多い。その際に偶然雄性不稔種が発見されたのだ。その発見は1925年のことだ。
不思議なことに野生種のミトコンドリアには「花粉を作らせない遺伝子」が備わっている。つまり、もともと植物内に潜むミトコンドリアは雄性不稔の性質を持っているのである。それでは植物は子孫を残すことができない。そのため植物自身の遺伝子にはそのミトコンドリアの働きを抑える遺伝子が備わっている。野生種が問題なく元気に育ち、多くの子孫を残すことができるのは、ミトコンドリアの働きを抑えるように進化していったからだと考えられている。
代わって、栽培種はこれまた不思議なことにミトコンドリアの「花粉を作らせない遺伝子」が無くなってしまっている。さらに不思議なことに植物自身にもミトコンドリアの働きを抑える遺伝子が無くなってしまっている。栽培種は野生種から選抜・育成されたことを考えると、その進化適応(突然変異)の過程で失われてしまったのだろう。だからこそ、栽培種は固定種を作るのに都合が良いのだ。
この野生種と栽培種の組み合わせによって、ミトコンドリアの「花粉を作らせない遺伝子」を持ちながら、植物自身はミトコンドリアの働きを抑える遺伝子がないF1種(雄性不稔種)が誕生したようだ。
ということは発見されたのは100年前だが、野生種と栽培種が近くで栽培されているところでは自然界でも雄性不稔種は人知れずに誕生していたのだろう。しかし、雄性不稔である限り、生き残ることはできない。それこそ、ヒトが継続的に作り出さない限りは。
つまり、ここまでの研究でわかったことは雄性不稔種は不妊という意味では異常だが、自然界にはそもそも備わっている性質であり、ヒトの手によって全くゼロから生まれたわけではない。
栽培種は約1万年前からこの地球に誕生したことを考えれば、同じく雄性不稔種も約1万年前からこの地球に誕生していただろう。問題があるとすれば、雄性不稔そのものではなく、おそらくその数だ。そして昆虫や微生物への影響だろう。
私たちヒトが雄性不稔種の生物を食べると、不妊になるという話はおかしい。私たちは花粉を作らせない遺伝子を持つミトコンドリアを消化・分解してから体内に取り込む。それは中学生でも習う常識である。ミトコンドリアの遺伝子が私たちの細胞内のミトコンドリアに影響を与えるのは実質不可能だ。無理やり体内に押し込まない限りは。
自然界から見れば、F1種とは雑種に過ぎない。そして、雑草の世界では雑種こそが当たり前で固定種のような存在は珍しい。固定種といえども、自然交配率がいくぶんかあり、その辺の雑草や他の栽培種との交配も完全に防ぐには一工夫も二工夫も必要だ。
タネを採種し販売する採種農家は防虫ネットやビニールハウスで完全に覆い尽くし、外部から花粉が入り込むことを防ぎ、自分の手で受粉することもある。この光景こそ不自然に見えるが、そこまでしなければ固定種を維持することは難しい。
日本に在来種が多いのは気候や地形の多様性があるとともに、江戸時代の幕藩体制による政策によって物流のスピードが抑えられ、他種との交配の頻度が少なかったからだ。もちろん、ヒトに手による選抜と育成がそこに加わる。固定種や在来種だってヒトの手が入り続けなくてはいけない。つまりその点で言えばF1種や雄性不稔種とあまり大差がない。
自然農で自家採種を実践する人たちは「先祖返り」という現象に必ずあたる。先祖返りとは栽培種が自家採種を繰り返す中で、原種や野生種の形質に戻っていくことをいう。これはおそらく野生種との交配が行われることで起きているのだろう。
また、タネは気候や環境によって変異していく性質がある。だから、固定種を育種する人々は常に観察し、同じ形質のものだけを選抜し、交配させて、タネの形質を維持し続ける。固定種を維持するにはただ自家採種をすれば良いわけではない。そこには多くの観察と労力が必要となるのだ。
だから、家庭菜園家の趣味程度では固定種を維持することは不可能に近い。自然界は必ず交配させて、雑種を作るように働いているのだから。
どうして雑草がこれほど生命力が高く、ヒトが資源とエネルギーを使って絶滅させようとしても全く歯が立たないのかといえば、雑種だからである。皮肉なことにヒトは多くの野生種を意図せずに絶滅させてきたが、意図して絶滅させようとして成功した例はほとんどない。日本に限っていえば外来種の雑草を絶滅させた例はひとつもない。
雑種は自然界では最強である。なぜなら遺伝子が多様であり、そのおかげで適応できる環境が多様だからである。雑草が地球寒冷期から地球温暖期、そしてヒトによる開発すべてに適応し、ここまで生き残ってきたのは常に雑種を貫いてきたからだろう。
自然農もパーマカルチャーも多様性を尊ぶ精神にも関わらず、固定種や在来種にこだわり続けて雑種を拒んでしまっては難しくなるばかりだ。遺伝子撹乱といえばまるで問題かのように聞こえるが、撹乱こそ自然界では当たり前で、撹乱を防ぐのは人間の都合に過ぎない。
自然農は野菜を雑草化させ、パーマカルチャーは植物を自律化させることを目指す。どちらにとっても雑草のような雑種はお手本である。そのために雑種化は免れない。
現代の科学では雑種の中でもヒトの手によって作り出されたものはF1種と呼び、それ以外は雑種と呼ぶ。ただ、それだけだ。そこの大きな違いはない。もちろん、ヒトが特別な存在(善だろうと悪だろうと)だと考えれば、話は別だが。
※1枚目のイラストは京都産業大学・山岸博教授のHPより


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