田中さんは鎌倉学園、関東学院大学でアメリカンフットボールに取り組み、OLとして活躍。大学4年時には主将を務め、1部リーグ昇格初年度のチームを率いた。1999年アサヒビール株式会社に入社と同時に、アサヒビールシルバースター(当時・現オリエンタルバイオシルバースター)に入団。その年にライスボウル制覇を経験している。
2005年シーズンには副将を務め、2006年シーズンを最後に引退。引退後はアサヒビールの敏腕営業として活躍。当時、後継者不足や出荷量減少に苦しむ日本酒業界の状況を知り、2008年に友人が立ち上げた阪神酒販に転職。2010年に同社のグループ会社として株式会社田中文悟商店(現・SAKEアソシエイツ)を設立し、経営に苦しむ酒蔵をM&Aという形で酒蔵の運営と事業再生事業に取り組むようになった。
2019年には独立し株式会社日本酒キャピタルを設立。大納川(1914年創業)、魚津酒造(1925年創業)、紫波酒造店(1903年創業)、日當山醸造(1902年創業)の再生に取り組んできた。
M&Aで伝統的な事業を再生するには、伝統を引き継いできた酒蔵の人々の信頼を得ることが不可欠であり、それが容易ではないことは想像に難くない。一方で、田中さんの人柄を知る人ならば、相手の懐に飛び込み、誠実に向き合って信頼を勝ち取っていく姿が思い浮かぶだろう。
明るく、バイタリティに溢れ、義理堅い。そんな田中さんの性格はフットボール選手時代から滲み出ていた。