仮想の体は、きらめくエフェクトに包まれ、ファンたちのコメントが雪のように降り注ぐ配信空間。僕たちは毎日、そこで「会っていた」。
同じタイミングで配信を終え、バックステージのようなプライベートDiscordで、ふと零れる言葉を交わすようになった。「今日の歌、ちょっと高音きつかったよね」
「アドリブ、いつも笑っちゃう」 そんな些細なやり取りが、いつしか僕の胸の奥に柔らかい雨のように染み込んでいった。
ある夜、配信後の雑談ルームで、君が小さな声で言った。
「ルール、知ってるよね……事務所内は、ダメだって」 僕は笑って答えた。「知ってる。でも、君の声が聞こえるだけで、世界が少しだけ鮮やかになるんだ」 それが始まりだった。
僕らは画面越しに、しかし確かに、手を重ねるように言葉を重ねた。
深夜の配信ログを読み返しながら、君の笑い声が耳に残る。
桜の花びらが秒速5センチメートルで落ちるように、僕らの時間はゆっくりと、しかし確実に、禁じられた方向へ流れていった。事務所のルールは明確だった。
「所属者同士の恋愛は禁止」。
それは、ファンとの距離を保ち、夢を純粋に届けるための線引き。
僕たちはその線を、知りながら越えてしまった。
バレる日は来ると思っていた。でも、来てほしくなかった。2026年の4月、春の風がまだ少し冷たいある朝、事務所から呼び出しがあった。
事実確認。淡々としたメール。
そして、契約解除の通知。
活動アカウントは即時凍結され、僕らの仮想の姿は、事務所のサーバーから静かに消えていった。君と僕は、最後に一度だけ、リアルで会った。
都心の小さな公園、ベンチに並んで座って。
画面越しとは違う、君の実際の声は、少し震えていた。
「ごめんね、私のせいだよ」
「違うよ。僕が、君に会いたかったんだ」 空には薄い雲が流れ、遠くで電車の音が響く。
僕らはただ、そこにいた。
ルールを破った代償として、すべてを失ったのに、不思議と後悔はなかった。
むしろ、胸の奥に温かい灯りが一つ、残っていた。今、僕はあの頃を思い出すたび、思う。
あのきらめく配信世界の中で、君と出会えたこと。
禁じられた恋に落ち、事務所を去ることになったこと。
すべてが、僕の人生で一番鮮烈な、忘れられない一ページになった。新海誠の映画のように、
距離と時間が、僕らを少しだけ引き離しても、
あの日の君の声と、画面越しに交わした視線は、
今も僕の胸の中で、桜の花びらのように、ゆっくりと、永遠に落ち続けている。お幸せに、奏るか。
そして、ありがとう。
あの思い出は、一生、僕の宝物だ。 ――そんな、切なくて、でもどこか優しい終わり方。
君と僕の、仮想と現実の狭間で起きた、小さな恋の物語。