希死念慮bot
季節や天気の良さってもうずいぶんとわからない。
小学生の頃、もしくはもっと小さい頃に、当時住んでいた茅ヶ崎の家の近くの地面の見える場所で、数人で家から傘を持ってきて、それを並べて小さい小さい基地みたいなのを作ったことがある。大層雨が降っていた。
ズボンはビシャビシャに濡れて、透明な傘の裏から水滴がつたっていくのは見えたれど、そのたかだか地面から数十センチの隙間を本当に愛していた。枯れた柴につくしずく一つが綺麗だと思っていた。
鬱になってからひどい天気痛になった。今はかなりマシだけれど、当時はロキソニンを常に飲みつづけていた。少しの気圧の変化も耐えられず、少し曇ったら寝込んだ。登校で駅のホームから一歩踏み出したときに、その雨の日の室外に出る気圧の変化で、人が行き交う中あまりの頭痛にその場でへたり込んでしまったことがある。
苦しかった。
季節が好きだった。水泳教室に通っているとき、小さい自転車に乗って信号を待ちながら冬の寒さで手が悴むのを、ダウンのポケットに突っ込んでいたのを覚えている。
建物から出たときに函館の風雪が自分の頬の横を通っていったのを覚えている。市民プールのそばを歩いたとき冬の風が遠くでごうごう言っていたのを覚えている。花見に意味もなくブルーシートの上で転がったのを憶えている。母親に手を引かれて走った日がどういう秋の色の空だったか憶えている。夏にキャンプ場で、金輪際会わないんだろうと子どもながらに思った友だちと、二人でカブトムシをとったのを、琵琶湖の近くのコテージを見たことがあるのを知っている。
春は自殺の時期だ。気分が狂いそうになる。理由のないやる気と後悔と自責と目指すという言葉に付随する嫌な感覚がずっと張り付いている。夏は苦しい。飛蚊症で外に出られない。うだる暑さを避けて部屋にいるのが一番苦しい。寒い部屋の中で死にたさだけが横たわっている。秋は苦しい。ずっと部屋にこもっているから知らない間にすっかり外が冷えていることに気がついたときに心が冷え込む。夜の十一時に、帰り道にぼんやりと死にたいと思う。冬は寒い。怖くて不安で何もないから人のように巣ごもることもなく、ただ薄雲った色を見て心底怖くなる。
知らない間に全部すぎていておそろしい。
生きろと言われるのがよくわからない。
死にたさを薬と数年を掛けてなんとか排したが、しかしだからといって生きたさが帰ってはこなかった。
日常というのがよくわからない。生活というのがわからない。目指すというのがわからない。耐えるのができない。
生きようと思うのもそういうふうに動くことも、少なくとも俺にはそれなりに力のいることで、そういうふうに6年くらい動いてきたつもりだったのだけど、その感覚はあんまり一般的ではないらしく、猜疑心とか怒りのほうが多く投げかけられる。
疲れたって言うのも、だって何もしていないのだから、そんなのを口にしたところで誰にも受けとめられはしない。なら多分これも嘘っぱちの感情なんだろう。


コメント