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「ノーバント宣言反故」の直後に大事件…伊原監督にメンツを潰され、抑えきれない怒りが湧いた【山﨑武司 これが俺の生きる道】#72

日刊ゲンダイDIGITAL / 2026年3月25日 8時0分

伊原春樹監督(左)と筆者(C)共同通信社

【山﨑武司 これが俺の生きる道】#72

 オリックスで2年目のシーズンを迎えた2004年。2年連続最下位のチームを立て直すべく、伊原春樹監督が招聘された。

 当時、西武の黄金時代を支えていた伊原さんは機動力野球のイメージが強く、長打を期待されていた俺は「今年で終わりだな」と悟った。

 ところが、春季キャンプでは「試合ではバントのサインを出さないから上がっていいぞ」と、バントエンドランの練習を免除。ベテランへの気遣いを感じ、「外から見たイメージとか、周囲から聞いていた評判とは違う人なのかもしれない」と思い始めていた。

 だがその矢先、“事件”は起こる。開幕直後の4月、走者一塁の場面でバントのサインが出たのだ。タイムをかけて、三塁ベースコーチをやっていた伊原監督のもとへ行き、「監督、サイン間違えてますよ」と言うと、監督はこう言った。

「いいから。サイン通りにやれ」

 キャンプで言われた言葉を信じていた俺は、当然、バント練習をしていない。

「え~、(バントは)ないって言っていたじゃないですか」と返すも、「いいからやれ」の一点張り。「分かりました。やりますけど、失敗しても知りませんよ?」と言って打席に戻った。案の定、失敗して三振。次の打席で代打を送られた。

 それ以来、バントのシチュエーションで俺に打席が回ってくると、代打を出されてその代打にバントさせていた。終盤戦なら分かるが、2打席目や3打席目でもやっていたから、「それならスタメンで出さなきゃいいのに」とさえ思った。

 キャンプで共にバント練習を免除されていた谷佳知も同様の仕打ちを受け、怒っていた。ただ、佳知はバントをわざと失敗し、2ストライクにしてベンチのサインを「打て」に変えさせる。そしてヒットを打っちゃう。三振して代えられる俺と佳知の差、ココにありという感じだった。

 そして、バントの一件から間もない4月末、伊原監督と再び衝突することになる。このとき、4月27日から西武との3連戦がナゴヤドームで組まれていた。名古屋は地元であり、プロ入りから16年間在籍した古巣の本拠地。春季キャンプの時点で、俺は伊原監督に何度もこうお願いしていた。

「名古屋(開催)の試合だけは絶対にスタメンで使ってください。そこにかけていますから」

 初戦は「7番・DH」でスタメン出場。試合は負けたものの3打数2安打と結果を残した。

「これで明日も使ってもらえるな。地元の人たちにまだまだ元気だというところを見せなくちゃ」

 翌日、そう意気込んで球場入り。張り出されたスタメン表を見て、目を疑った。

「DH 谷佳知」

 打順の3番目にこう書かれていた。

 どういうことだ? 湧き上がる怒りを抑えきれず、足は伊原監督のいる監督室へ向かっていた。
(山﨑武司/元プロ野球選手)

  ◇  ◇  ◇

 次回はスポーツ紙に“ボイコット”と書かれた顛末について。山崎氏はなぜここまでブチギレたのか。いったいどんなやり取りがあったのか。プロ野球ファンは関連記事【続きを読む】…から要チェックだ。

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