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何もしないことに不安がある

はじめましての方もそうでない方もこんにちは。Mayuです。

囲碁カフェ経営を5年半してきたなかで、
持病のリウマチが悪化。
カフェ経営をやめて、
田舎に引っ越し、
体や心を休める療養生活をおくっています。

今日は何もしないことが怖いという話。

思えば、物心ついたときから、
何かを目指すという人間だった。
常に毎日の目標を立てて生きていた。

人間は本来、自然界の生き物なので、
何者かになることを考えなくていいし、
より成長しなきゃと思わなくてもよいものだと今は思う。

しかし、今の生活になるまで、
目標がない人生なんて考えられなかった。

両親からそのような教育を受けたわけではない。

ただ、高校に行かず、若いときからバリバリ仕事をしてきたので、価値を生み出せる人であることが正義だと信じて疑うことがなかったからかもしれない。

そうやって、
昨日の自分よりも1ミリでも成長していたいと思うことは悪いことではないと思う。

そういう意識でいると、成長に繋がる行動や考え方をするし、誰かの役に立つ人でいられる。

しかし、そういう考えでいると、
自分が自分に思っていた価値がなくなったときに、不安になってしまう。

1年前に具合が悪くなりはじめたとき、
今まで当たり前に出来ていたことが、
出来なくなりはじめた。

これは成長と真逆に位置することだ。

囲碁の仕事をしていたときに、
年配の方と接することがたくさんあった。

そこでお客さんが言っていたのは、
若いというのは、出来るようになること。
老いというのは、出来てたことができなくなること。その時はその通りだと思った。

そう考えると、
この先の人生は老いに向かうので、
出来なくなることが増えるのは当たり前だけど、こんなに早く出来なくなることが増えると思っていなかった。

リウマチは関節が痛くなる病気だ。
日常生活に影響が出る。

・走ること
・ペットボトルのふたを開ける
・靴下を履く

など、今の自分の年齢から考えると、
当たり前にできていることばかり。
しかし、それができなくなる。

それで、病気で痛いから、休息を取る。
しかし、休むことが怖くなる。

なぜならば、その間は仕事をしないことになり、何も価値を生み出していないから。

「生きてるだけで価値がある」
その言葉は自分以外の人に適用されるものだと子供の頃から思ってきた。

そういう不安があるから、常に動いて動いて、誰かの役に立つための力を身につけて生きてきた。

だから、世の中でいったら、割りと器用に色々できるタイプに見られていると思う。
ストイックに自分を追い込むことも、
爽快だと感じることができてきた。

そんな風に生きてきたから、
仕事を辞めて何もないことが不安に感じてくる。

・孤独でいる不安
・また働きたいと思ったときに復帰できないのでは?という不安
・何もないしないこと=悪ではないのか?だって今はパソコンで仕事ができるし

とにかく何もしない自分を受け入れることが、とても難しい。

不思議なもので、
じゃあ仮にそういう人がいたら何て声をかけるか?というと、
何もしなくても良いじゃないと言い切れる。

人生にお休みが必要なひともいるよ
と言える。

しかし、こと自分に関してはそう思えない。
自信のなさなのか、
子供の頃からの思考の癖なのか。

解決法がわからず、
前に尊敬する人にそんな話をした。

そうしたら
「何かをしてなきゃ落ち着かないのは、悪いことではない」と言ってくれた。

確かにそうだと思う。
それを原動力に何かを生み出すのだから。
しかし、なにも生み出せなかったら?

そして、そういう追い込みが、確実に精神をすり減らしてるのも事実で、本来何もなくても幸せというのが、人類として健全なのではないかなと、私自身は思っている。

正直に、
「私が何者でもなくても好きでいてくれるのか?」ということを聞いたら、
「もちろんそうだ」と言ってくれたけど、
人間関係は都合がよい悪いで成り立ってると思っているので、そもそも質問しても意味なかったなと思ってしまった。

そこで、もちろんそうだ以外の返事なんて
できる訳がない笑。

都合よくなくてもいるという関係は
本当にあるのか、はなはだ疑問。

むしろ、そのような安定した関係を築ける人がいなかったから、
このような考え方になってしまったのかもしれない。

でもこれもよい経験だと思っている。
今までは、こういう不安を抱えて、考えること自体が怖くて不毛だから、考えないように一人で考える時間を、全て仕事に充てていた。 

ほぼ休んだことがなかった理由もそこにある。

でも、人生において、こうして考える時間、何もないことに不安を覚えて生きるということも、それはそれで楽しいなと、少しずつ思えるようになってきた。

辛いけど楽しい。これって変な感覚だ笑。

そう思えるようになったのは最近で、
自然のなかで暮らしているからだと思う。 

自然はただそこにあり、
来たものを受け入れて
去っていくものを追わない。

何かがあろうがなかろうが、
悠然とそこにあり、
季節の変化に合わせて、
自分を変えていく。

人間も自然の一部だと思っているので、
何もしないタイミングが来たのだから、
良いとか悪いとか、
必要とされるされないとか考えず、
ただ淡々と毎日を過ごすのでよいのかもしれない。

また、こういう経験があることで、
同じように孤独が怖くて背をむけている人だったり、何もしないことが怖い人の話を聞けるようになったと思う。

今までは自分にも厳しければ、
人に対してもとても厳しかった。

しかし、人に物を言えない性格のせいで、
矛盾を感じてもそれを指摘できず、
辛くなることが多々あった。

でも今は他人に対して、
そういう気持ちが薄れてきた。

何かをやるという行動力の源は、
表面から見たら光だけのように見えるし、
そう見せている人が多い。

しかし、それは氷山の一角が見えているだけであって、本当の動機は、その下の見えない部分に隠れていることがほとんどなのではないかと思う。

何もしない毎日はまだ不安があるけれど、
それはまだ始まったばかり。

これからこの時間をどう生きていくのか、
その不安と向き合ってなにか変化が起きるのか?私自身とっても楽しみ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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