試し書きプロテストしよ!
4/19、ヨドバシカメラに買い物に行くついでに梅田の「#平和憲法を守る0419」スタンディングに行くことにした。13時過ぎにヨドバシに着き、必要なものを購入した後、地下1階にある液晶タブレット売り場が目に入った。Wacom Cintiqは長らく自宅で使っているがProは持っていないのでProの書き心地を試すことにした。日曜の昼間だが地下1階という場所柄かフロア全体が人がまばらで、液晶タブレット売り場も人がいなかった。液晶タブレットがメーカーごとに陳列されており、普段使いしているWacomコーナーに行くと、すでに誰かが描いたであろう猫の顔が複数のタブレットに表示されていた。愛嬌のある猫の絵を消去し、ペンを手に取って書いてみた。iPadにケント紙タイプの保護スクリーンを貼ったようなサラサラとした紙のような質感で、ペン先と液晶の視差が少なく反応もとても良い。昔は液晶ではない板タブレットを使っていたので、進化がすごい。さすがProだと唸りながらこんな文字を書いた。
今回の反戦デモは私が主催でもなければスタッフでもなく、お手伝いすらしていなかったので、せめてたくさんの人が来れば良いと思い「高市やめろ!ヨドバシ前にカモン!!」と書いた。ClipStudioというアプリケーションが立ち上がっていたのでGペンと赤色を選択し備え付けのペンで書いた。大変書きやすい、さすがWacom。その隣には2台の別の機種があったため合計3台の液晶タブレットに試し書きをした(液晶タブレットに接続されているノートPCが1台あったため、画面の数として4台に表示された)。「高市やめろ!戦争反対!」と。
これをXに投稿したところはじめは肯定的な反応が多かったが、「高市やめろ」が気に入らないネトウヨの「パヨクは国に帰れ」や「反高市だがこの行為はいただけない」といったリプがつき、しばらくすると470万ビューを超えた。その中でも多かったのが「迷惑だ」「常識はずれ」という明確な基準や理由もないリプである。
まず、「迷惑」とは何か?
【迷惑】人のしたことで不快になったり困ったりする・こと(さま)。(大辞林)
店側が試し書きを嫌がってそのようなコーナーを設けていないにも関わらず無理矢理書いたのならまだしも、あらかじめ用意された試し書きの場で書いていることなのだから誰も困っていない。また、試し書きしたい人が長蛇の列で溢れかえっているのに私が長時間そこで粘って占有していたなら客や店側から「困ります」と言われる可能性があるが、液晶タブレット売り場はずっと私1人だった。液晶タブレット売り場を訪れ3台の液晶タブレットに試し書きして去るまでものの5分。こんな行動が「迷惑」になるはずがない。その場にいたわけでもないネトウヨや「反高市だがこれは嫌」勢が勝手に不快になっているだけである。「迷惑」という言葉を使わずに「不快です」あるいは「気に入らない」と言えば良いだけである。それなら私は返答する、「そうですか」と。
また、「常識はずれ」とは一体なんなのか。
【常識】ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。(大辞林)
「試し書きコーナーでは試し書きをして良い」という知識と判断力を私は備えているので常識はずれではない。では、何が彼らを不快にさせるのか、それは「高市やめろ!」という政権批判である。日本人は政治の話を堂々としたがらない、むしろ忌避する傾向にある。実際にこれまで私は政治の話をした時に「思想強い」と言われたことが多々ある。しかし政治とは私たち市民の暮らしのルールを作ることである。自分の生活に大いに関わってくることなのだから、無視できるわけがない。政治家がおかしなことをしていたらおかしいと声を上げ正さなければならない。そもそも憲法前文にこう書かれている。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起る ことのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に 存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する 諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保 持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、 普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
はい、みんな10回音読しましたか?特にネトウヨは100万回音読しましょうね。書かれている通り主権は国民なのだ。そして「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」がある。これを脅かすものには国外であれ国内であれ徹底抗戦しないとダメなのだ。ラストはこう締めくくられている。「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」…くぅ〜泣ける!白飯3杯いける!国民がこれを達成するんですよ、政治家が決めたことを鵜呑みにするのではなく私たちが主体となってやるのだ。だから私はデモに参加する。恐怖と欠乏を強いてくる者に抗い、平和に生きるために。
私が「高市やめろ!戦争反対!」と試し書きすることが「常識はずれ」どころか憲法に定められていることに基づいて市民として努力していることの現れでこそあれ、常識はずれな訳がない。これにアレルギー反応のように雄叫びをあげて誹謗中傷してくる者は、自身が権力に無自覚で盲目的に従っているため政権批判する者を敵とみなし「迷惑」「常識はずれ」と、さも「公共の利益」に反するかのように攻撃してくるが、ただ自分が不快で気に入らないだけなのに。
さらに「自分は反高市だがこれはいただけない」という者は、試し書きで「高市やめろ」と書かれたことの何が気に入らないのか内省すると良い。「平和憲法を守るデモ」に参加する人なら何かしらのプラカードを持ってきていただろうから、自分が持っていたプラカードに書かれた文言と液晶タブレットに試し書きで書かれた文言の何がそんなに違い、どこに自分が違和感を感じたかをぜひ言語化してほしい。
店舗のデモ機が使われたことに異を唱えるなら、これは先程も説明したように営業時間内の店舗内で「試し書きコーナー」として設けられた範囲内での行為なので問題がない。「試し書きで政治的主張をすること」に異を唱えるなら、それも憲法21条に保障された「表現の自由」なので問題ない。「高市やめろ」という文言に異を唱えるにしてもこれも「表現の自由」。もし自分が持ってきたプラカードに「平和を守れ」という旨の記載があって、それよりはエッジが効いているから気に入らないという理由だったとしても。「自分が不快になったから自分の意向に従え」と他者を誹謗中傷する前に、自分がなぜ不快になったかを考えましょう。そしてその不快はあなたのものであり私には関係ない。
こういったことに思いを巡らせずに、やれ「偽計業務妨害だ」やれ「器物破損だ」やれ「建造物侵入だ」と騒ぎ立て、「犯罪者」呼ばわりしてくる者も多数湧いているが全てあてはまらないので呆れるばかり。見当違いの法律名をだして無知を晒すのは恥ずかしいですよ、やっていることは気に入らない他者を騒動に乗じて誹謗中傷しているだけ。権力に対する絶対的服従と反対者に対する過酷な弾圧、これはもう「ファシズム」といっていい。それこそ私からすれば「恐怖」でしかない。
いつだったか、平和を願ううさぎの絵を描いた方が激しい誹謗中傷にあい、その絵を削除した上「自分が間違ってました」と言い残して去ってしまい、そこから多数のうさぎのプラカードや、うさ耳をつけて抗議するといった流れが発生したことがあった。今回のはそれと同じ構造と言えるだろう。だが顛末は違う。私は間違っていないので液晶タブレットの画像も削除することはないし、今後も声を上げ続ける。そしてみんなに「試し書きプロテストしよ!」と言う。うさぎの絵をきっかけにうさ耳が売れ出したように、今回の騒動で液タブ爆売れ必至だよ、ヨドバシさん在庫確保しといて〜!
自分がいかに目に見えない檻の中に入っているか、自由を妨げる呪いをかけられているか、その呪いをかけているのは誰なのか、そしてそれの外にいる他者に激しく反応して服従させようとしているかを自覚した方がいい。私は檻の外でもっと自由になる。


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