自己紹介67〜内臓を休ませる〜
この文章を読んでいるあなたは、
思考であり理性である存在。
あなたの身体はあなたとは別の存在であり、
だからあなたの都合であなたの身体を酷使すると、身体は音をあげて倒れてしまったりする。
あなた(理性/思考)はもっとがんばりたいのに
あなたの身体は勝手に倒れる。
こんなことが起こるのは、
根本的に『身体は別の存在』だからなのですね。
そぅぃった事情にあたしはとても詳しいので。
あたし(理性/思考)は、
あたしの身体をあたし自身とは別の存在として扱っており。
『哺乳動物の身体と星の知性』
という呼び名まであります笑
なかでも、
とくに弁えているのは、
『この世の現実を生きているのは』
あたし(理性/思考)ではなく、
この子(身体)だ、ということ。
理性であり思考である“あたし”を除外すると、
単なる身体である“この子”は、
ほんとうにただの動物であるので、
考えることの大部分は生理的欲求であり、
寝たい、食べたい、おしっこしたい、、、、
(※思考/理性を除外しても、身体が生理的欲求を満たすための原初的な思考力は残ります。身体自身にも動物としての思考力があるというべきか)
そぅして、
もぅひとつ。
こんなことは誰からも
聞いた事が無いのだが、
この子が好んで実践しているのが、
『内臓を休めたい』という“生理的欲求”。
これは少食の話ではなく、
重力への対応。
まだ正確には把握できていないので、
憶測の域を出ないのだが。
ニンゲンの五臓六腑はどぅゃら肉眼による視界とはまったく異なる方法で外界を認識しているらしく、
しかも?
なんらかの方法で外界と通信している。
あたしが何故か道端の草を好むのも、
山を見て木々を見ているだけで
ものすごい多幸感に酔うことができるのも、
どぅやら特定の臓器と関係があり。
つまり、
その臓器が活性化していなければ、
そんなふうには感じない───らしい。
でもね?
そのような『五臓六腑の通信機能』は、
医学的にはまったく知られておらず、
なので、五臓六腑をそのように使用するには
現代医学が想定している以上の“健康度の高さ”が求められ。
その観点からいうと、
ニンゲンは直立して二足歩行しているが、
その姿勢でずっと過ごしていると、
足腰だけでなく内臓にも負担がかかり、
内臓への負担が重くなりすぎると、
“外界との通信機能”は停止する。
あたしは
(というかあたしの身体は)
休みの日にはずっと寝ていて、
それは『起きる必要が無ければ起きない』
というほどの徹底ぶりであり。
言い換えれば、
寝落ちしていなくても、眠くなくても、
とりあえず横になったままで過ごす、
という感じなのだが。
これがどぅゃら、
『内臓を休めるため』らしいの。
休める、というのが、
どぅにも直立時は重力からの影響が過酷すぎて、内臓が疲労する。なので、起きている必要が無いときは、横になって内臓を休めていてほしい。
────ということのようなのです。
あたし自身もこれは、
きょう初めて知りました。
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