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三章 聖騎士団本部
【1】白き卓を囲う者達

 レイエル聖区の聖騎士団本部会議室には、白い長机がある。

 この長机は、神話の中で天使達が会議に使った卓になぞらえ、神に仕える者達が座す、神聖な物として扱う。

 白き卓に座すことが許されているのは、教皇や聖女を除くと、聖騎士団の総長、及び団長のみ。

 そして今、この白き卓の前に、聖騎士団の総長を除く五人の団長が着席していた。

 白き卓の一番目に座す総長は教皇から呼び出されており、到着が遅れている。

 故に総長の到着を待つ間、五人の団長は聖騎士団が抱える早急の問題について議論をしていた。

 この中では末席である、第五騎士団長ディエゴ・ファルケは椅子の背にもたれ、あくびを噛み殺す。


(……あー、煙草吸いてー)


 ディエゴは四〇歳過ぎの黒髪に無精髭の男だ。

 元々は南方で傭兵団を率いていたが、祝福調査会に加護持ち(ブレスド)であることがばれて、聖騎士になることを余儀なくされた。

 なんだかんだで実力が認められ、第五騎士団長まで上り詰めたが、正直、信心深いとは言い難い。

 そんなディエゴの視線の先では、唯一の女性団長である第四騎士団長ステラ・ガーネットが熱弁を振るっていた。


「聖騎士団の新規団員が昨年度よりも減っている。これは、由々しき事態だ」


 ステラは真っ直ぐな栗毛を伸ばした、二〇代後半の女だ。

 見るからに意思の強そうな顔立ちをしている彼女は、真面目で清廉潔白。聖騎士の鑑のような人物である。

 そんな彼女は、真摯な態度で騎士団長達に訴えかけた。


「ここは私達が聖騎士団の求心力をより高めるべく、働きかけるべきではないだろうか」


 総長が到着するまでの時間潰しの雑談が、どうしてこうも堅苦しい方向に流れてしまうのか。

 彼女の生真面目さは、ディエゴのような傭兵上がりのおっさんには少しばかり息苦しい。


(早く総長戻ってこねーかな……教皇聖下に呼び出されたんだっけか?)


 ディエゴがコキコキと首を鳴らしていると、濃い金髪の若者──第三騎士団長パーシバル・バーンズが大きな声で言った。この男はいつも声がデカいのだ。


「それなら、聖騎士団の食堂のご飯が美味しいことをアピールするのはどうだろう! うちの食堂のご飯は美味いぞ! 美味しいご飯を作ってくれてありがとう、食堂の人!」


 パーシバルの発言に、今度は強面に眼鏡をかけた赤毛の中年男性──第二騎士団長ルドルフ・マリオットが口を開く。


「求心力とは、人の心に強く働きかけるもの……」


 ルドルフの声には、深謀遠慮に優れた者特有の深みと重みがあった。

 ルドルフは眼鏡を指先で持ち上げ、言う。


「──即ち、札束風呂である」


 第二騎士団長ルドルフ・マリオットは、実家が中央部(エリントン)屈指の大企業マリオット社の関係者である。故に彼は、人の欲の煽り方をよく理解していた。

 だが、聖騎士募集ポスターに札束風呂は、流石に体裁が悪いだろう。生真面目なステラなど、こめかみを引き攣らせている。

 ディエゴは、椅子の背にもたれたまま天井を仰いだ。


「どんどん俗っぽくなってくなぁ……飯、金とくりゃあ、次は女か?」


 そう呟き、ディエゴは、第一騎士団長のエルバートを見た。

 月のような淡い金髪、端正な顔立ちの美丈夫。エルバートは老若男女誰からも好かれる英雄だ。


「英雄エルバート・ランドルフぐらいの色男なら、女が放っておかないんじゃないか?」


「すまない。私は好きな女性に放っておかれているんだ」


 英雄は、美しい顔で悲しいことを言う。

 ディエゴはポリポリと頬をかきながら訊ねた。


「……好きな女性って?」


「彼女は既婚者で、私は振られている」


「……つまり人妻?」


「あぁ」


 エルバートが曇りの無い目で頷く。

 途端に、生真面目なステラ・ガーネットが椅子を鳴らして立ち上がった。その顔は真っ赤である。


「見損なったぞ、エルバート! お前が人妻好きだったなんて! 騎士団長が不貞とは許し難い。ここで私と決闘をしろ、エルバート!」


「それは違う、ステラ。私は人妻が好きなんじゃない。好きな人が人妻だったんだ」


 やれ人妻だ不貞だ決闘だ……という言葉が飛び交う中、扉が開き、五〇歳ほどの小柄な男が入ってきた。

 すっかり薄くなった茶髪、小柄でやや小太り。瞼の厚い眠そうな目に、小さな丸眼鏡をかけている。彼こそが聖騎士団総長ゴードン・ロスである。

 騎士団長達は大柄な者が多い。それこそ女性であるステラでも、それなりに上背はあるのだ。

 そんな中、一番小柄なロス総長は眠たげな目で室内を見回し、静かに言った。


「諸君、聖騎士の品位を団長自らが下げてどうする」


 ロス総長の言葉は端的で、呆れが滲んでいる。

 ステラがたじろぎながら反論した。


「総長、私達は極めて真面目に人材問題について意見を出し合い……」


「団員募集ポスターの文言は『聖騎士になれば美味い飯が食い放題。札束風呂に入れてウハウハ。可愛い恋人もできました』が妥当かと思います。サー」


 ディエゴが口を挟むと、ロス総長はニコリともせずに言った。


「なるほど、元傭兵の君らしさが存分に出ている文言だ。ファルケ団長」


 まさにその通り。飯、金、女は元傭兵のディエゴ・ファルケにとって、分かりやすいご褒美である。

 そこに、熱血漢のパーシバルが口を挟んだ。


「閃いた! 『美味いご飯を食べ、いっぱい動いて、理想の肉体を手に入れよう!』というのはどうだろう?」


 なるほど、飯、金、女よりはいくらかお上品である。

 ディエゴは雑に同意した。


「いいんじゃないの? それじゃ、ポスターの文言は『聖騎士になって、君も理想の腹筋を手に入れよう!』っつーことで」


「キャッチーさが足りないのである。文末に『レッツ・ボディメイク☆』を付け足すことを提案する」


 守銭奴ルドルフの言葉に、ステラが「軽薄だ!」と噛みつき、エルバートは「☆がつくと親しみやすいな」などとズレたことを言う。

 再び会議が混迷しそうになったところで、ロス総長が口を開いた。


「諸君」


 決して大きい声というわけではないが、五人の騎士団長は口を噤んだ。

 これは、人を動かすことに長けた者の声だ。事実、ロス総長は元軍人である。


「人材確保は、祝福調査会の仕事だ」


 ゴードンの言う「祝福調査会」は、加護持ち(ブレスド)を探して聖騎士に勧誘する組織だ。かくいう元傭兵のディエゴも、この祝福調査会に見つかって、聖騎士になったクチである。

 熱血漢のパーシバルが椅子から腰を浮かせた。


「よし、それなら俺達は祝福調査会を応援しよう! 頑張れー、祝福調査会ー! 素晴らしい仲間を連れてきてくれー!」


 パーシバルは祝福調査会のある教皇庁舎の方角にエールを飛ばす。声の大きい男なので、ただただうるさい。

 そこにルドルフが眼鏡を持ち上げ、不満を隠さぬ低い声で言った。


「祝福調査会の仕事は、怠慢が目立つのである。何故、長年祝福二つ(ダブル)を放置していたのか理解に苦しむ」


 祝福二つ(ダブル)の言葉に、ディエゴは(あ〜はいはい)とエルバートを見た。

 なんでも最近、高潔なる英雄エルバート・ランドルフが従騎士を迎えたらしい。元聖騎士ダンカン・ローレンスの息子で、名前はアレン。

 そのアレンが、貴重な祝福二つ(ダブル)なのだ。

 パーシバルがエルバートに訊ねた。


祝福二つ(ダブル)か! どの組み合わせだ?」


「〈破壊〉と〈再生〉だ。〈破壊〉は中位、〈再生〉は下位」


 加護持ち(ブレスド)に与えられる加護の強さは、一部の例外を除き、上中下の三段階に分けられる。

 アレン・ローレンスの場合、〈破壊〉の加護が強く、〈再生〉の加護は弱いということだが、それでも、祝福二つ(ダブル)と言うだけで貴重だ。

 加護持ち(ブレスド)は加護の種類問わず、加護一つにつき、ある程度肉体が強化される。それが二つとなると、身体能力の高さは相当なものになるだろう。


「その組み合わせだと、相当に腹が減るだろうな。よし、俺が食堂の裏メニューを教えてやろう!」


 朗らかなパーシバルとはいっそ対照的なほど陰気に、ルドルフが言った。


「……疑問である。前々から祝福二つ(ダブル)と分かっていたのなら、何故、すぐ聖騎士にしなかったのか?」


「我が友ダンカン・ローレンスの希望ですよ」


 穏やかに微笑みながら言うエルバートに、ルドルフは強面を更に険しくする。


「才ある者を埋もれさせることは、損失である」


「本人は、埋もれることを望んでいたかもしれない。私の訪問で無理矢理掘り起こしてしまった」


「人の価値には期限がある。掘り起こすのなら、適切な時期にすべきである」


 聖騎士のくせに商人気質のルドルフは無駄や損失を嫌い、人間の価値を商品の価値のように語る癖があった。

 潔癖なステラは、ルドルフの発言にしかめっ面をしていたが、エルバートは穏やかな表情で胸元に手を当てて言う。


「それが適切か最悪かは、天使様の御心に委ねよう。不適切なら、私が相応の処分を受けるまでだ」


 高位聖騎士(パラディン)様はご立派なことで、とディエゴは胸の内で呟いた。


いきなり登場人物がドバッと増えてすみません。


総長 ゴードン・ロス(眠そうな目)

第一 エルバート・ランドルフ(人妻が好き)

第二 ルドルフ・マリオット(札束風呂である)

第三 パーシバル・バーンズ(ご飯が美味しい)

第四 ステラ・ガーネット(堅物女騎士)

第五 ディエゴ・ファルケ(元傭兵)


()の中だけ、ふんわり覚えておけば大丈夫です。

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