立ち塞がる呪魔達を切り捨てたオズワルドは、部下のマシューに傀儡化していた呪い憑きの様子を確認するよう指示し、自身はテオ達との合流を目指して走っていた。
少し前、傀儡達に取りついていた分身体が一斉に森の方へ飛んでいった。おそらく呪魔本体に異変が起こったのだ。
分身体が飛んでいったのは、灰色騎士達が向かった方角。彼らは今も呪魔と戦闘中の可能性が高い。慎重な男オズワルドは、ランタン片手に走りつつ、周囲の警戒を怠らなかった。
左手には森、右手には麦畑。その両方から呪魔が飛び出してくる可能性だってあるのだ。
やがて前方に人影が見えた。金髪の小柄な少年──灰色騎士のテオだ。何故か上着を脱いで森に繋がる茂みの前で佇んでいる。彼の周囲には、赤黒い塊が幾つも散らばっていた。
あれは、硬化した呪魔の亡骸だ。
オズワルドは周囲を警戒しつつ、テオに声をかけた。
「これは、傀儡を操っていた呪魔か。お前が倒したのか?」
「はい、僕とカルラで倒しました」
周囲に散らばる残骸の大きさから察するに、呪魔はそれなりの大きさだ。分身体も含めたら、削り切るのは相当大変だっただろう。
その分身体らしき残骸が離れた位置に散らばっているのを見て、オズワルドはテオ達が取った作戦を理解した。
おそらく片方が分身体を惹きつけている間に、もう一人が本体を叩いたのだ。
(……悪くない)
不確かな戦力など作戦に組み込みたくない、と考えていたが、今回の灰色騎士の活躍は、傀儡の足止めをしたヒューゴも含め、評価に値する。
そこまで考えて、オズワルドは気がついた。周囲にカルラの姿が見えない。
「羽持ちはどこにいる?」
「それは……」
テオがチラッと背後の茂みを見る。
つられて覗き込もうとしたら、何故かテオは両手を広げてオズワルドの前に立ち塞がった。
「見ては駄目ですっ! 今はいけませんっ!」
どうやら自分は、灰色騎士相手に心を許しすぎたらしい。
歩く呪いに聖騎士の常識など通用しない。自分にそう言い聞かせ、オズワルドは低い声ですごむ。
「何を隠している?」
「ひ、一人の女性の尊厳と、ショッキングでセンシティブなあれこれですっ!」
「…………」
直接的な表現を避けようと努力しているのは感じる。
だが、オズワルド・グレゴリーはこの場の責任者なのだ。慎重に作戦を遂行するためにも、現場の状況を把握する義務がある。
「そこを退け」
「わぁぁぁ、駄目っ、駄目です──!」
オズワルドは腰の剣に手を添えて、慎重に茂みに進む。その腰にテオがしがみついたが、軽いので、何の足止めにもならなかった。
ガサリと茂みをかき分けた先、地面に白い何かが転がっている。
訝しげにランタンをかざしたオズワルドは見た。
……首の無い少女の死体を。
「ぬぉうっ!?」
オズワルドは聖騎士として、目を背けたくなるような現場を何度も見てきた──が、唐突に首無し死体と遭遇すれば、流石に驚く。
首無し死体の衣類は剥がれていた。一体、誰がこんなにも非道な真似を! 義憤に燃えるオズワルドの横を、カルラがテクテクと通り過ぎる。
カルラは手にしていた上着をテオに差し出した。
「着替え終わった。上着、ありがとう」
「うぅ、すまない……僕は、君の尊厳を守れなかった……」
テオは苦悶の表情を浮かべているが、カルラはよく分かっていない空気を醸している。
仮面をつけていてもなお、キョトンとしている様子が伝わってきた。
「そんげん?」
「君のはだ……か、体を、人目に晒してしまった……」
そこでオズワルドは大体の状況を理解した。彼は、カルラが不老不死であることを知っている。人伝に聞いた話だと、戦闘中に千切れた手足が生えてくることもあったらしい。おそらく、ここに転がっている体もそうなのだ。
それにしても理解できないのはカルラの態度である。
(自分の首無し死体を、爪切りで切った爪ぐらいに思っているんじゃないだろうな……)
それぐらいどうでも良さそうなのだ。
テオが半泣きになりながら、カルラに言った。
「早く君の体を埋葬しないと……いやすまないっ、生きてるからこの表現は不適切だった。でも処分って言い方も失礼だし……うぅっ、どうしたらいいんだ……」
まったくもって、オズワルドも同意見である。どうしたらいいんだこれ。
その答えを、カルラはあっさりと提示した。
「回収して、人体実験にでも使ってもらえばいい」
「人体実験っ!?」
カルラのとんでも発言にテオが叫ぶ。オズワルドも頭を抱えて叫びたい。
(誰が回収すると思ってるんだっ……!)
言わずもがな、この現場の責任者、オズワルド・グレゴリーである。
その時、カルラの体がフラリと前に傾いた。テオが慌ててカルラを受け止める。
カルラはテオの肩に頭を預け、呟いた。
「おやすみなさい」
「カルラ!? ま、待ってくれ、君の体はどうしたら──っ!!」
狼狽えるテオと、体の処遇に頭を抱えるオズワルド。
男達の葛藤をよそに、カルラは平和な寝息を立てていた。
* * *
気絶するように寝てしまったカルラを背負い、テオは集会所に戻った。
オズワルドは首無し死体の処遇はひとまず後にして、他の呪魔がいないか、部下と共に見回りをするらしい。集会所で休んでいろ、とだけ言い残して、さっさと見回りに向かってしまった。
集会所の前では、聖騎士のニコラとマシューが村人に声をかけ、傀儡となっていた人々を保護して回っている。
温和なニコラが、テオに気づいて声をかけてくれた。
「テオ君、怪我はないー?」
「はい、大丈夫です。カルラを寝かせてきたら、僕も手伝います」
怪我はないが、呪装顕現を酷使しすぎたせいでとにかく眠い。テオは眠気を覚ますために瞼をグッと持ち上げた。
傀儡化していた呪い憑き達は、既に呪いから解放され、呪斑も消えている。
ただ、すぐに意識を取り戻した者もいれば、まだ意識が戻らぬ者もいるらしい。そういった人々の搬送、周囲の警戒、やることは幾らでもあるはずだ。
故にテオは手伝う気満々だったのだが、ニコラはパタパタと手を振った。
「いいよ、いいよ、中で休んでてー。あまり無理して呪いが進行したら大変だからさ。オズワルド隊長も、休めって言ったんじゃない?」
大正解である。
それでもテオが食い下がろうとすると、ポンと誰かに肩を叩かれた。
「じゃあ、お言葉に甘えて休もうぜ」
肩を叩いたのはヒューゴだ。聖歌を歌う彼はとても神聖で厳かな空気を纏っていたのに、今はもういつもの悪ガキ面である。
カルラを背負い、ヒューゴと並んで歩きながらテオは言った。
「ヒューゴの歌、本当にすごかった」
「だろ?」
「野外なのに、なんであんなに声が響くんだろう、不思議だ」
「まぁ、そこは技術っていうか? 弛まぬ努力の賜物?」
ヒューゴは小鼻をプクプクと膨らませながら、休憩室の扉を開ける。
テオは中に入ると、ソファにカルラを寝かせた。少し迷ったが、仮面は外して側に置いておく。寝返りを打ったら邪魔になるだろう、と思ったのだ。
露わになった少女の寝顔は睫毛が長くて、ほっぺたが柔らかそうで、ちょっとドキッとした。
あまりまじまじと見るのも失礼な気がして、テオはソファの横に座り込む。
酷く眠い。だけど寝てしまう前に、ちゃんと自分が感じたものを言語化しておきたかった。
「ヒューゴの歌……旋律も歌詞も全てが調和して、心に染み込む感じで……なんというか、そう、とても豊かだ。豊かな歌声だった」
「他には?」
隣にしゃがんだヒューゴが訊ねる。テオはうつらうつらと船を漕ぎながら言った。
「神様から許されているみたいな、その許しのために正しくあろうと思えるような、聞くだけで背筋が伸びる気持ちだった……あれが、ヒューゴの喉から発せられたというのが今でも信じられない」
「……んん?」
「すぐに調子に乗るヒューゴが、ちょっとした喉自慢を誇張しているんだろう……とか思っていて、本当にすまない。でも自堕落な暮らしは改めた方が良いと思う」
「なんで流れるように説教されてんだよ、くそったれ」
「そういう悪態も良くないと思う……」
「俺は褒めろっつってんだよ」
ヒューゴの悪態にも、いつもの勢いがない。多分彼も眠いのだ。
言葉を交わしているうちに眠気に負けて、テオは目を閉じる。
「お前はさぁ」
ヒューゴの声がした。テオは微睡みながら、うんとも、ううんともつかない、曖昧な相槌を打つ。
「……あの子の記憶にある恐怖も、現実にある呪魔って恐怖も、全部ぶっ潰したわけだろ」
ヒューゴらしからぬ言葉だ。それが夢か寝言か分からないが、嬉しいことに変わりはない。
「それは、立派な騎士の行い……なんじゃねーの」
そうだといいな、これからもそうありたいな、と思いながら、テオは眠りにつく。
ソファで眠る少女と、床の上でソファにもたれて眠る少年二人。
見回りから戻ったオズワルド・グレゴリーは、若き灰色騎士を呆れたように見下ろし、寝室に連れて行けと部下に命じた。