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二章 灰色騎士団
【19】ショッキングでセンシティブなあれこれ

 立ち塞がる呪魔(テルメア)達を切り捨てたオズワルドは、部下のマシューに傀儡化していた呪い憑き(カースド)の様子を確認するよう指示し、自身はテオ達との合流を目指して走っていた。

 少し前、傀儡達に取りついていた分身体が一斉に森の方へ飛んでいった。おそらく呪魔(テルメア)本体に異変が起こったのだ。

 分身体が飛んでいったのは、灰色騎士達が向かった方角。彼らは今も呪魔(テルメア)と戦闘中の可能性が高い。慎重な男オズワルドは、ランタン片手に走りつつ、周囲の警戒を怠らなかった。

 左手には森、右手には麦畑。その両方から呪魔(テルメア)が飛び出してくる可能性だってあるのだ。

 やがて前方に人影が見えた。金髪の小柄な少年──灰色騎士のテオだ。何故か上着を脱いで森に繋がる茂みの前で佇んでいる。彼の周囲には、赤黒い塊が幾つも散らばっていた。

 あれは、硬化した呪魔(テルメア)の亡骸だ。

 オズワルドは周囲を警戒しつつ、テオに声をかけた。


「これは、傀儡を操っていた呪魔(テルメア)か。お前が倒したのか?」


「はい、僕とカルラで倒しました」


 周囲に散らばる残骸の大きさから察するに、呪魔(テルメア)はそれなりの大きさだ。分身体も含めたら、削り切るのは相当大変だっただろう。

 その分身体らしき残骸が離れた位置に散らばっているのを見て、オズワルドはテオ達が取った作戦を理解した。

 おそらく片方が分身体を惹きつけている間に、もう一人が本体を叩いたのだ。


(……悪くない)


 不確かな戦力など作戦に組み込みたくない、と考えていたが、今回の灰色騎士の活躍は、傀儡の足止めをしたヒューゴも含め、評価に値する。

 そこまで考えて、オズワルドは気がついた。周囲にカルラの姿が見えない。


羽持ち(カルラ)はどこにいる?」


「それは……」


 テオがチラッと背後の茂みを見る。

 つられて覗き込もうとしたら、何故かテオは両手を広げてオズワルドの前に立ち塞がった。


「見ては駄目ですっ! 今はいけませんっ!」


 どうやら自分は、灰色騎士相手に心を許しすぎたらしい。

 歩く呪い(マッドウォーカー)に聖騎士の常識など通用しない。自分にそう言い聞かせ、オズワルドは低い声ですごむ。


「何を隠している?」


「ひ、一人の女性の尊厳と、ショッキングでセンシティブなあれこれですっ!」


「…………」


 直接的な表現を避けようと努力しているのは感じる。

 だが、オズワルド・グレゴリーはこの場の責任者なのだ。慎重に作戦を遂行するためにも、現場の状況を把握する義務がある。


「そこを退け」


「わぁぁぁ、駄目っ、駄目です──!」


 オズワルドは腰の剣に手を添えて、慎重に茂みに進む。その腰にテオがしがみついたが、軽いので、何の足止めにもならなかった。

 ガサリと茂みをかき分けた先、地面に白い何かが転がっている。

 訝しげにランタンをかざしたオズワルドは見た。

 ……首の無い少女の死体を。


「ぬぉうっ!?」


 オズワルドは聖騎士として、目を背けたくなるような現場を何度も見てきた──が、唐突に首無し死体と遭遇すれば、流石に驚く。

 首無し死体の衣類は剥がれていた。一体、誰がこんなにも非道な真似を! 義憤に燃えるオズワルドの横を、カルラがテクテクと通り過ぎる。

 カルラは手にしていた上着をテオに差し出した。


「着替え終わった。上着、ありがとう」


「うぅ、すまない……僕は、君の尊厳を守れなかった……」


 テオは苦悶の表情を浮かべているが、カルラはよく分かっていない空気を醸している。

 仮面をつけていてもなお、キョトンとしている様子が伝わってきた。


「そんげん?」


「君のはだ……か、体を、人目に晒してしまった……」


 そこでオズワルドは大体の状況を理解した。彼は、カルラが不老不死であることを知っている。人伝に聞いた話だと、戦闘中に千切れた手足が生えてくることもあったらしい。おそらく、ここに転がっている体もそうなのだ。

 それにしても理解できないのはカルラの態度である。


(自分の首無し死体を、爪切りで切った爪ぐらいに思っているんじゃないだろうな……)


 それぐらいどうでも良さそうなのだ。

 テオが半泣きになりながら、カルラに言った。


「早く君の体を埋葬しないと……いやすまないっ、生きてるからこの表現は不適切だった。でも処分って言い方も失礼だし……うぅっ、どうしたらいいんだ……」


 まったくもって、オズワルドも同意見である。どうしたらいいんだこれ。

 その答えを、カルラはあっさりと提示した。


「回収して、人体実験にでも使ってもらえばいい」


「人体実験っ!?」


 カルラのとんでも発言にテオが叫ぶ。オズワルドも頭を抱えて叫びたい。


(誰が回収すると思ってるんだっ……!)


 言わずもがな、この現場の責任者、オズワルド・グレゴリーである。

 その時、カルラの体がフラリと前に傾いた。テオが慌ててカルラを受け止める。

 カルラはテオの肩に頭を預け、呟いた。


「おやすみなさい」


「カルラ!? ま、待ってくれ、君の体はどうしたら──っ!!」


 狼狽えるテオと、体の処遇に頭を抱えるオズワルド。

 男達の葛藤をよそに、カルラは平和な寝息を立てていた。



 * * *



 気絶するように寝てしまったカルラを背負い、テオは集会所に戻った。

 オズワルドは首無し死体の処遇はひとまず後にして、他の呪魔(テルメア)がいないか、部下と共に見回りをするらしい。集会所で休んでいろ、とだけ言い残して、さっさと見回りに向かってしまった。

 集会所の前では、聖騎士のニコラとマシューが村人に声をかけ、傀儡となっていた人々を保護して回っている。

 温和なニコラが、テオに気づいて声をかけてくれた。


「テオ君、怪我はないー?」


「はい、大丈夫です。カルラを寝かせてきたら、僕も手伝います」


 怪我はないが、呪装顕現を酷使しすぎたせいでとにかく眠い。テオは眠気を覚ますために瞼をグッと持ち上げた。

 傀儡化していた呪い憑き(カースド)達は、既に呪いから解放され、呪斑も消えている。

 ただ、すぐに意識を取り戻した者もいれば、まだ意識が戻らぬ者もいるらしい。そういった人々の搬送、周囲の警戒、やることは幾らでもあるはずだ。

 故にテオは手伝う気満々だったのだが、ニコラはパタパタと手を振った。


「いいよ、いいよ、中で休んでてー。あまり無理して呪いが進行したら大変だからさ。オズワルド隊長も、休めって言ったんじゃない?」


 大正解である。

 それでもテオが食い下がろうとすると、ポンと誰かに肩を叩かれた。


「じゃあ、お言葉に甘えて休もうぜ」


 肩を叩いたのはヒューゴだ。聖歌を歌う彼はとても神聖で厳かな空気を纏っていたのに、今はもういつもの悪ガキ面である。

 カルラを背負い、ヒューゴと並んで歩きながらテオは言った。


「ヒューゴの歌、本当にすごかった」


「だろ?」


「野外なのに、なんであんなに声が響くんだろう、不思議だ」


「まぁ、そこは技術っていうか? 弛まぬ努力の賜物?」


 ヒューゴは小鼻をプクプクと膨らませながら、休憩室の扉を開ける。

 テオは中に入ると、ソファにカルラを寝かせた。少し迷ったが、仮面は外して側に置いておく。寝返りを打ったら邪魔になるだろう、と思ったのだ。

 露わになった少女の寝顔は睫毛が長くて、ほっぺたが柔らかそうで、ちょっとドキッとした。

 あまりまじまじと見るのも失礼な気がして、テオはソファの横に座り込む。

 酷く眠い。だけど寝てしまう前に、ちゃんと自分が感じたものを言語化しておきたかった。


「ヒューゴの歌……旋律も歌詞も全てが調和して、心に染み込む感じで……なんというか、そう、とても豊かだ。豊かな歌声だった」


「他には?」


 隣にしゃがんだヒューゴが訊ねる。テオはうつらうつらと船を漕ぎながら言った。


「神様から許されているみたいな、その許しのために正しくあろうと思えるような、聞くだけで背筋が伸びる気持ちだった……あれが、ヒューゴの喉から発せられたというのが今でも信じられない」


「……んん?」


「すぐに調子に乗るヒューゴが、ちょっとした喉自慢を誇張しているんだろう……とか思っていて、本当にすまない。でも自堕落な暮らしは改めた方が良いと思う」


「なんで流れるように説教されてんだよ、くそったれ」


「そういう悪態も良くないと思う……」


「俺は褒めろっつってんだよ」


 ヒューゴの悪態にも、いつもの勢いがない。多分彼も眠いのだ。

 言葉を交わしているうちに眠気に負けて、テオは目を閉じる。


「お前はさぁ」


 ヒューゴの声がした。テオは微睡みながら、うんとも、ううんともつかない、曖昧な相槌を打つ。


「……あの子(ミレーヌ)の記憶にある恐怖も、現実にある呪魔(テルメア)って恐怖も、全部ぶっ潰したわけだろ」


 ヒューゴらしからぬ言葉だ。それが夢か寝言か分からないが、嬉しいことに変わりはない。


「それは、立派な騎士の行い……なんじゃねーの」


 そうだといいな、これからもそうありたいな、と思いながら、テオは眠りにつく。 

 ソファで眠る少女と、床の上でソファにもたれて眠る少年二人。

 見回りから戻ったオズワルド・グレゴリーは、若き灰色騎士を呆れたように見下ろし、寝室に連れて行けと部下に命じた。


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