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二章 灰色騎士団
【14】カルラの呪い、ヒューゴの提案


 テオとヒューゴが集会所の会議室に戻ったのとほぼ同時に、聖騎士の一人が戻ってきた。

 呪い憑き(カースド)の容態を確認していた聖騎士で、マシューと呼ばれている、くすんだ金髪の若者だ。


「報告いたします。今回の被害者七名の内、五名はこの村の人間ではないとのことです。村人達に確認したところ、隣村の人間ではないか、と」


 その報告と、これまでの呪い憑き(カースド)の遭遇位置を照らし合わせる。刹那、テオの頭に最悪の想像がよぎった。


「……まずいっ!」


 少し遅れてオズワルドも、テオと同じ考えに至ったのだろう。

 彼は椅子から腰を浮かし、「まさか……」と声を漏らす。

 何も分かっていないヒューゴが、眉根を寄せてテオとオズワルドを交互に見た。


「なんだよ、急に深刻な顔して。いや、元々深刻な状況だけど、こっちには聖騎士が五人もいるんだぜ」


 その時、開きっぱなしにしていた窓から、風と共に何かが飛び込んできた。白い髪、顔の上半分を覆う仮面、黒い羽。偵察に出ていたカルラだ。

 テオはギョッとした。カルラの制服は左腕の辺りが破れて血が滲んでいる。


「カルラ、いますぐ手当を……!」


 この集会所には今、呪い憑き(カースド)を診るために医者が来ている。カルラの手当もしてもらえるだろう。

 だが、テオが医者を呼ぶより早く、カルラが口を開いた。


「……報告。たくさんの呪い憑き(カースド)達が、この村を囲っている」


 ヒューゴが「はぁ?」と絶望に引きつった顔で呻く。悪い冗談だと言ってくれ、とその顔が語っていた。


(あぁ、やっぱり……)


 テオは悲痛な思いで窓の外を見る。

 報告にあった呪い憑き(カースド)の発見箇所は、いずれも村のはずれだった。この村の中で呪魔(テルメア)に襲われ、傀儡化したのではなく、村の外から傀儡が襲ってきているようにテオは感じたのだ。

 おそらく、テオ達がこの村に到着するより早く、呪魔(テルメア)は隣村を襲って、傀儡を増やしていたのだろう。

 そうして手駒を増やしたところで、更に人の多い村に侵略を始めたのだ。

 オズワルドが渋面でカルラに訊ねた。


「……数は?」


「およそ一五〇。半分以上が武装している。弓や猟銃を持ってる人もいた」


 そう言ってカルラは地図と向き合い、傀儡化した呪い憑き(カースド)達を見かけた場所に×印をつけていく。

 村の北東部、農地との境にある森と川、その周辺。ということは、森に潜んで隠れている伏兵もいる可能性がある。

 敵の戦力は傀儡化した呪い憑き(カースド)が一五〇、呪魔(テルメア)は未知数──複数いることも想定される。

 一方こちらは、聖騎士五人、灰色騎士三人の計八人。

あまりにも数の差がありすぎる。


(この村は主要な道が北東部に集中している。まさに敵が攻めてきている方角だ。逆方向の南西は高低差の激しい土地が多くて、避難しづらい……くそっ、完全に追い詰められてる)


 仮に南西の山岳地帯に避難しても、村を占領されたら、いずれ逃げた村人達も捕まってしまう。


(村に立て籠って、助けを待つ? 駄目だ。一刻も早く呪魔(テルメア)を倒さないと、およそ一五〇人が呪魔(テルメア)化してしまう……!)


 一度に百人以上の人間が呪魔(テルメア)化──それは大災害級の事案だ。絶対にここで食い止めなくてはならない。

 テオは地図を睨みながら口を開いた。


「カルラが上空から探しても見つけられなかったとなると、呪魔(テルメア)本体は森に隠れている可能性が高いと思います。どうにか呪魔(テルメア)を森から誘き寄せられないでしょうか?」


 オズワルドは「ふぅむ」と唸る。テオの提言に一考の余地を見出してくれたらしい。彼は地図の南西部、村の奥の方をグルリと指でなぞった。


「このまま我々が村の奥で立て篭もる、という手もある。傀儡化した者達が村の奥まで侵略するなら、それを操る呪魔(テルメア)も森を出てこざるをえない……が」


 呪魔(テルメア)は傀儡に張りつけた分身体から、離れることはできない。悪くない作戦だが、オズワルドは自分の考えに納得していないようだった。

 彼は険しい顔で言葉を続ける。


「問題は俺達八人だけで、どうやって一五〇人の傀儡化した呪い憑き(カースド)達を無力化し、呪魔(テルメア)のもとへ辿り着くかだ。仮に呪魔(テルメア)の位置が判明しても、そこに辿り着けなければ意味がない」


 こればかりは、呪魔(テルメア)、傀儡化した呪い憑き(カースド)、テオ達の位置取り次第だ。

 運が良ければ傀儡を回避して回り込めるかもしれないが、確実な作戦とは言えないだろう。

 そこにカルラが口を挟んだ。


「……だったら、わたしが飛んで、呪魔(テルメア)のもとに向かう」


「駄目だ!」


 テオは思わず声を荒らげた。

 確かにカルラは飛行能力がある。だが、敵は弓や猟銃等の飛び道具を持っているのだ。


「敵はもう、こちらに飛行能力持ちがいることを知っているんだ。カルラが飛んだら、間違いなく集中攻撃される」


 硬い声で主張するテオを、カルラは仮面越しにジッと見つめた。

 仮面のせいで目元は見えないが、それでも彼女が、強がっても怯えてもいないことだけは、不思議と分かる。


「わたしは、平気」


「平気なわけ……」


「死なない、から」


 テオの言葉を遮り、カルラは左腕の血の汚れを雑に手で擦る。そんなことをしたら、傷が広がってしまう。慌ててやめさせようとしたテオは気づいた。

 血の汚れの下に、あるべきはずの傷がない。

 カルラの声は凪いでいた。その事実を、もうなんとも思っていないかのように。


「わたしの呪いは不老不死。全身を弓と銃弾で貫かれても、首を落とされても、全身を焼かれても死なない。それがわたしの呪いだから」


 ガン、と頭を殴られた気がした。どうして自分だけが、理不尽な呪いを抱えていると思い込んでいたのだろう。

 初めてカルラと会った時のことが頭をよぎった。

 西方戦線で負傷し、海に落ちてウォルグに流れ着いたカルラ。あの時の彼女は、服が殆ど原型を留めていなかった。

 それなのに怪我らしい怪我をしていなかったのは、服の損傷はそのままに、肉体だけ復元していたからだ。


(相当、酷い目に遭ったはずだ)


 今だって、矢傷は決して浅いものではなかった。

 カルラはそれをなんとも思わないと言わんばかりの無表情で、淡々と事実だけを口にする。

 彼女はそうして、心が擦り切れるぐらい長い間、戦い続けてきたのだろう。


(それでも……)


 たとえすぐに塞がるのだとしても、テオはカルラの負傷を看過したくなかった。


「カルラが死なないとしても……他の作戦を考えるべきだっ!」


 仮面の向こう側の赤い眼が、「どうして?」と言っている。

 合理的で理知的な答えを出せないのが悔しい。それでも、自分が言わなくてはと思った。


「カルラがボロボロになる戦い方は駄目だ。そういうのは良くないっ──それを許すのは、騎士じゃない!」


 我ながらなんと感情的で、子どもっぽい意見だろう。それでもテオは、この少女が矢と銃弾に貫かれることを看過できないのだ。

 皆に呆れられるかと思ったが、意外にもこれに同意したのはオズワルドだった。


「俺も同意見だ。不老不死とはいえ、傷が治るまで多少は時間がかかるのだろう。また集中攻撃を受けたら、動きが止まることもありえる」


 飛行中にカルラの呪装顕現が解除され、敵陣に落ちたら……想像するだけでゾッとする。


「それで墜落、拘束される可能性もある以上、慎重な作戦とは言えない。もっと確実な足止め、或いは時間稼ぎがいる」


 オズワルドの言葉に、テオはホッとした。

 この人は信用できる人だ。少なくとも、灰色騎士を捨て駒にしようとは考えていない。ならば、自分もできる限り献策しなくては、とテオは地図を睨む。


「村の人にも協力してもらって、落とし穴のような罠を仕掛けることはできないでしょうか? 少しでも足止めできれば、馬で左右から回り込んで……」


 テオが拙いなりに考えを伝えると、他の聖騎士達も次々と意見を出した。


「罠を仕掛けるには時間が足りませんね。それより、村人に傀儡を押さえこむのを手伝ってもらえないでしょうか?」


「確かに、傀儡に付いてる分身体は尾刺棘(ブラッド・テール)がないから、危険度は低い。任せても良いのではないか?」


「いや、分からないぞ。じきに日が暮れる。闇に紛れて呪魔(テルメア)が襲ってこないとも限らない。なにより、村人を危険に晒す策を我ら聖騎士が進めるわけには……」


 敵は一五〇の傀儡化した呪い憑き(カースド)と、未知数の呪魔(テルメア)

 まずは一五〇の傀儡の足止めする必要がある。それを、今ある手札でどうするべきか。


(考えろ、カルラを盾にしなくていい戦い方を……!)


 その時、テオは見た。カルラが足音を殺して窓に近づくのを。

 彼女はまだ、呪装顕現の羽をしまっていない。


「カルラ、駄目だ!」


 カルラは窓から飛んで、一人で呪魔(テルメア)を狩りに行くつもりだ。止めなくては。

 テオがカルラを止めるのとほぼ同時に、ヒューゴが声を発した。


「なぁ」


 予想外の人物の発言に、テオもカルラも動きを止める。

 今までずっと黙っていたヒューゴは、俯き足下を見たまま、ボソボソと小声で言った。


「……傀儡化した呪い憑き(カースド)どもは、弓や猟銃が使える程度の知能はあるんだな?」


 ヒューゴの問いに、カルラがコクンと頷き、血に汚れた腕を撫でる。


「そう。この傷も弓でやられた」


 傀儡と言っても、ただ武器を振り回すだけではない。

 その傀儡の体が手順を覚えているのなら、弓に矢をつがえたり、猟銃に銃弾を込めたり、という行動もできるのだ。

 だからこそ厄介なのだが、ヒューゴは口の端を持ち上げ笑う。


「……一〇分だ」


 不敵な──と言うには、だいぶ青ざめ引きつった強がりの笑みで、ヒューゴは言った。


「一〇分だけなら、そいつらの足止め、してやるよ」



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