ユクスキュル|実験が斬新すぎる件

みんなの必読書・ユクスキュル!
「環世界(Umwelt)」という考え方を生み出した生物学者ですね。

なんとなく名前は知ってても、なかなか原著は読めていなかったりするので、今日はユクスキュルの『生物から見た世界』をご紹介します。

1.ユクスキュルって誰?

まずはユクスキュルについて、こんな人です。

ヤーコプ・ヨハン・バロン・フォン・ユクスキュル(Jakob Johann Baron von Uexküll、1864年9月8日(ケブラステ) - 1944年7月25日(カプリ島))は、エストニア出身のドイツの生物学者・哲学者である。それぞれの動物が知覚し作用する世界の総体が、その動物にとっての環境であるとし、環世界説を提唱。動物主体と環世界との意味を持った相互交渉を自然の「生命計画」と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。また生物行動においては目的追求性を強調し、機械論的な説明を排除した。(Wikiより)

だいたい日本でいうと幕末から戦前くらいまでの人です。生物学者なのですが、「環世界」という考え方はどちらかというと哲学の分野に影響を与えたようです。

「機械論的な説明を排除した」とありますが、『生命の劇場』という本では、生物を機械のように見る学者とユクスキュルが論争するような体裁で書かれています。

2.ダニになって考えてみる

ユクスキュルが面白いのは何より実験の方法と発想の凄さです。有名なダニの話をご紹介します。以下、ダニの生活を簡単に要約します。

ダニは盲目で耳も聞こえません。
ダニはじっと獲物を待ちます。時には何年も待つ場合もあります。
ある日、哺乳類の匂いがしてきました。
ダニは皮膚からの酪酸を嗅ぎ取るのです。
すると、反射的にジャンプします。
哺乳類の皮膚に着地。獲物の近くまでいきます。
次は、にぶつかりながら前に進みます。
やっとの思いで毛のないところにたどり着くと、
暖かなものを感じ取り、
温血動物の皮膚組織に頭から食い込みます。
こうして、暖かな血液をゆっくりと自分の体温に受け入れていきます。
でも、間違えて他の液体を飲むこともあります。
だって、ダニには味覚が無いんです。

さて、ここでダニは何個の知覚を機能させていたでしょうか?

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正解は3つです。この機能のことをユクスキュルは「機能環」と呼びます。

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嗅覚、触覚、そして、温度を感じる感覚です。
しかも、①が終わるとその感覚はOFFになり、②に移行します。
最初は酪酸を、次に毛を、最後に温度を感じ取り、血液という温かい食べ物を獲得します。つまり、こうやって、ダニは「世界を認識」しているのです。

「あらゆる作用のうち3つだけが、しかもそれらが一定の順序で刺激になるのである。ダニをとりまく巨大な世界から、3つの刺激が闇の中の灯火信号のように輝くあらわれ、道しるべとしてダニを確実に目標に導く役目をする。(中略)
ダニを囲む豊かな世界は崩れさり、ダニの環世界に変わる。だが、環世界のこの貧弱さはまさに行動の確実さの前提であり、確実さは豊かさより重要なのである。」(『生物から見た世界』より)

ユクスキュルは「ダニを囲む豊かな世界は崩れさり、ダニの環世界に変わる」といいます。人間にとって自然は豊かな場所です。多種多様な植物、空気中の水蒸気、気配、匂いなど、たくさんの感覚で認識します。しかし、ダニはたったの3つで認識しているのです。だから、これがダニの「環世界」なわけです。「ダニにとっての世界」という意味です。

ここに「客観性」というものは存在しません。ダニの主観、人間の主観によってしか世界は認識できないからです。

正直言うと、これが正しいのか正しくないのかはダニにしかわかりません。ダニに聞いたわけではないので真偽は定かではありません。しかし、ユクスキュルはそう捉えたのです。そういう風に世界を見ようとしたのです。これが生物学よりも哲学に与えた影響の方が大きい理由の一つです。

3.生物にとっての時間とは?

そこで疑問が出ます。
「ダニってめちゃくちゃ我慢強いのか」という問題です。なぜなら、じっと待つことでしか哺乳類に飛び移れないからです。自分から向かうのではなく、酪酸が近づいてくるのを待つしかありません。家のベッドなら、毎日人間がやってきます。でも森の中なら哺乳類が近くを通る確率はとても低くなります。ダニは果たして辛抱強いのでしょうか?

ユクスキュルがダニを研究してみると、なんと18年間絶食していたダニを発見しました。つまり、ダニは人間には不可能な18年間を「待つ」ことができるわけです。しかも、これは人間にとっての18年間とは異なります。環世界的にみると、ダニにとって18年間は「止まって」いる、とユクスキュルは捉えました。つまり、「18年間という一瞬」をダニは生きていたわけです。

なかなか怪しい議論になってきました。
このあたりがユクスキュルの独特な見方ですね。

そこで、ユクスキュルは他の生物で実験してみることにします。

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この実験は、カタツムリの「一瞬」を探すためのものです。

カタツムリは前に進もうとしています。上図のように「渡り板」を差し出すとカタツムリは板を登って歩いてこようとします。そこで、1秒に1〜3回渡り板で突いてみます。すると、カタツムリを歩いてきません。板が離れることを認識するからです。

しかし、1秒に4回突くと、歩いてこようとするのです。なぜなら、棒が「止まっている」と思うからです。人間から見ると突いているのに、カタツムリにとっては止まって見える。ここにカタツムリの「一瞬」がありそうだ、とユクスキュルは仮説するのです。

よくアニメや映画で、剣術が早すぎて止まって見える、というような表現がありますが、あれは人間にとっての「一瞬」を意味します。

これでカタツムリの一瞬が確認できました。この実験自体、なかなかユニークです。こうやってユクスキュルは丁寧に環世界を探していたわけです。

それぞれの生物がどんな「時間」を生きているのか。環世界は当事者にしかわからない世界です。その生物がどんな環世界に生きているのか、少しずつ解き明かしていきます。

4.空間はどうなってる?

時間の次は空間です。生物は空間をどう認識しているのでしょうか?

人間や魚は、三半規管によって3Dの空間を認識しています。さらに、コンパスの役割ももっています。つまりどこにいても「家の戸口」を見つけることができる、という言い方をユクスキュルはしています。帰巣本能とでもいうような空間認識能力があるわけです。

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ユクスキュルはこんな実験をしています。
まず、ハチの巣箱を用意します。つづいて、ハチの巣箱を2メートルずらします。人間であればずれたことに気づきますが、なんとハチは元の場所に戻ってしまいます。なぜか空間座標で認識しているのです。

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単純なのに不思議な実験ですね。
ミツバチはどうやって場所を認識しているのか、謎は深まるばかり。

さらに、ユクスキュルは絵にもこだわります。自分でディレクションしてイラストレーターに書かせたのがこちらです。

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これは子供が見ている空間と大人が見ている空間の違いを表しています。大人は遠いところまで立体空間を認識し、あるところから「地平線=平面」に見えてしまいます。
一方、子供はもっと近距離でしか空間認識ができないそうです。なので、目の前の建物より向こう側がすぐに地平線になってしまいます。
(この絵自体が伝わりにくいことはユクスキュル本人も認識しているようです・・・)(ユクスキュルの環世界、なかなか伝わらず・・・orz)

5.ユクスキュルの独特な見方

さて、ここからはユクスキュルの様々な見方をいくつか紹介します。

A)反射共和国

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ここではウニを取り上げます。
ウニは1個の機能環しかもたないらしいのですが、たくさんの「反射」によって生きています。棘を敵に突き出す反射、よじ登るための管足の反射、身繕い用の棘の反射、毒を出すための反射・・・これらは中枢(脳など)によってコントロールされているわけではなく、一つ一つの器官が独立して行動しているというのです。にもかかわらず、全体は制御されています。これをユクスキュルは「反射共和国」と名付けます。

安全な国内平和を維持している『反射共和国』だといえよう。」(『生物から見た世界』より)

言い方がとても独特ですね。

B)ミツバチにとってつぼみなど意味がない

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「環世界の研究では、意味の関係こそが唯一の信頼できる道標である。ミツバチにとって意味があるのは花だけであって、つぼみには意味がないのである。」(『生物から見た世界』より)

とユクスキュルは言います。

ミツバチの環世界の中では、「花の蜜」に用があるので、「つぼみ」は意味を成さないそうです。嘘か真か、ミツバチには上図の(b)のように見えているかも、とユクスキュルのイラストが冴え渡ります・・・。

C)生物に目的などない

これも重要なユクスキュルの見方です。普通、人々や生物には目的がある、と思いがちです。子孫を残す、子を助けるなどの目的がありそうです。しかし、ユクスキュルはこう切り捨てます。

「環世界を観察する際、われわれは目的という幻想を捨てることがなにより大切である」(『生物から見た世界』より)

以下が有名な実験です。

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親ドリは子を助けるもの、と思いがちですが、上図のように鳴き声が聞こえているうちは助けようとします。しかし、いくらヒナが見えていても、鳴き声が聞こえなければ助けようとしません。つまり、親ドリは「子を助ける」という目的のために生きているわけではないのです。(と、ユクスキュルは捉えます)

D)生物に本能などない

これは最も有名なユクスキュルの実験です。

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上図はイソギンチャクとヤドカリの関係を表しています。
この図は左、右の順に見る2コマイラストです。(トーンというのはユクスキュルが好む概念ですが、動物たちがその世界像をもつための特定のフィルターのようなものを意味します。)
まず、「保護のトーン」では、すでに殻を持っているヤドカリにとって、眼の前に表れたイソギンチャクは共存するための対象です。外敵から身を守ってくれます。なので、自分の殻を保護するものとして取り込みます。
続いて、「居住のトーン」では、ヤドカリは殻を持っていません。なので、イソギンチャクを殻代わりに取り込みます。イソギンチャク=殻になります。
そして、最後はすでに複数のイソギンチャクを取り込んでいるヤドカリです。彼は空腹なので「捕食のトーン」でイソギンチャクを食べてしまいます。

このように、ヤドカリの状況に応じて、イソギンチャクの意味が変わっていきます。イソギンチャク=仲間→住居→食べ物という風に状況によって変わっていたのです。ということは、そもそもの本能などはなく、イソギンチャクは状況に応じて、居住道具にも捕食対象にもなるということです。

本能は、個体を超えた自然の設計というものを否定するためにもちだされる窮余の産物にすぎない」(『生物から見た世界』より)

とユクスキュルは切り捨てます。なかなか興味深い実験ですね。

E)生物には「なじみの道」がある

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この図も若干わかりにくいですが、、ツバメは実線の方向に飛んで家を一周します。クルッと回って元の窓に戻ってきても良さそうですが、ツバメにとって反対側から見た窓は「なじみ」がありません。なので、わざわざ点線上を戻って、家に戻ってきます。

こんな風に生物には「なじみの道」があるそうなのです。

これを見てみると、「ペンギン・ハイウェイ」を思い出します。

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先日映画化した森見登美彦原作の小説ですが、このなかで「ペンギン・ハイウェイ」という道が登場します。ペンギンが海から陸に登るときに、どのペンギンも「同じ道」を辿っていく、というものです。つまりペンギンの「なじみの道」がペンギン・ハイウェイです。

本作では突如住宅街にペンギンが現れ、ある「なじみの道」が浮上してきます。なぜペンギンはこの道ばかり通るのか? ペンギンの謎をめぐる本作はとても知的好奇心を刺激する作品なのでオススメです!


F)魔術的環世界

最後にユクスキュルはすごいことを言い出します。
それが「魔術的環世界」というものです。

「さらに進むとわれわれは、たいへん強力だが主体にしか見えない現象が現れるような環世界に足を踏み入れることになる。このような環世界を魔術的magischeと呼ぼう。」

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ユクスキュルは、ある少女がマッチ箱とマッチで、お菓子の家やヘンゼルとグレーテルと魔女の話をしながら一人で静かに遊んでいる場面を例に出します。すると突然、「魔女なんかどこかへ連れていっちゃって! こんなこわい顔もう見ていられない」と叫び出したのです。この話を紹介しながらユクスキュルは、「少なくともこの少女の環世界には悪い魔女がありありと現れていたのだ」と言及しています。ユクスキュルはここに「魔術性」を見出します。

そして、最後にユクスキュルはこの衝撃的なイラストを載せています。

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「どうやら、めんどりの環世界の中には魔術的な現象が現れているらしいのだ。」

こうなってくると、もはやユクスキュルの話を真に受けられなくなってきます・・・。めんどりと会話できない限り、なかなか理解しづらいものです。

しかし、やはり偉人というものは狂人的です。ここまでの仮説を立てていたからこそ、ユクスキュルの「環世界」という見方は多くの学者たちを魅了しました。エルンスト・カッシーラーやマックス・シェーラー、ヘルムート・プレスナー、アルノルト・ゲーレンらは哲学的示唆として環世界論を取り入れます。

というわけで、以上がユクスキュルの『生物から見た世界』のまとめでした。古典的名著というものは、手放しで受け止められがちです。突っ込んではいけない人な気がしてしまいます。

しかし、本書を読んでみると実は突っ込みどころが満載です。ダニやウニやミツバチがどんな風に世界を見ているかなんて誰もわかりません。ましてや挙げ句には「魔術的環世界」にまで到達しています。つまり、本書は「マジかwww」と思いながら読むべきものです。

その中で「環世界」という考え方がいまだに重要視されているという事実を受け入れればいいと思います。環世界とは、人それぞれ、生物それぞれで見えている世界が違うということでした。機械論的に完全に客観的に世界を把握するなんて不可能です。

最後に『生命の劇場』を書き上げる前に亡くなったユクスキュルに向けて、妻と子が書いた文章を引用します。

「自然科学は、自然現象を先入観によって性急にねじ曲げるのではなく、それをあたうかぎりそのまったき充溢のままに観察し、その観察の成果に即して、さまざまな理論や仮説の有効性を確かめていくものでなければならない。そしてこうした方法の前提となるのは、自然現象が私たちの立てる規則の尺度となり、けっしてその逆に、自然科学の規則が自然の尺度を与えうるのではない、という自覚に他ならないと言えよう。」

つづけて、こう締めます。

「規則に合わせて実例を探し出すのではなく、実例に合わせて規則を探しださねばならない、という右の信条は、このように見れば、ヤコープ・フォン・ユクスキュルの方法の核心を、そしてまた、この方法によって彼が達成した成果の所以を、含意しているのである。」

1944年6月、ユクスキュル死去。
『生命の劇場』の8章までを書いた時期だったそうです。残された下書きをもとに妻と息子の両名が新たに編纂し、完成させます。「環世界」という、ぶっ飛んだ発想をしたユクスキュルの思いは遺された者に受け継がれ、こうして結実したのでした。こうなると、ユクスキュルが見ていた世界こそ、気になって仕方ありません。


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