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一章 忘却少年
【11】アレンの推測

 テオが泣きながら立ち去った丘の上、エルバートがテオを追いかけるのを、アレンは無言で見送った。


 自分も追いかけたいが、それだと話が拗れる気がする。


(……やっぱり、こういうのは苦手だ)


 アレンは呪魔(テルメア)以外に剣を向けたくはない。まして、テオを痛めつけるような戦い方なんて、できることならやりたくなかった。




 聖騎士ダンカン・ローレンスの息子アレン・ローレンスは、父が聖騎士団を退団するまで、中央部(エリントン)のレイエル聖区で暮らしていた。

 その頃のアレンは聖騎士見習いに混じって剣の訓練に参加し、その才能故に神童などと呼ばれていた。

 アレンは自分と他人の動きを客観的に見ることができる。そうして自分の動きを常に最適な形に補正できる。その精度がずば抜けていたから、何度も素振りを繰り返す訓練に意義を見出せない。

 どうして周囲の人間は、この程度のことができないのか、という本心は、そのまま態度に表れて、結果、周囲を見下す嫌な子どもになっていた。孤立したのは言うまでもない。

 そんなある日、アレンは剣の訓練で、将来有望だった騎士見習いの少年に大怪我をさせてしまった。当時アレンは九歳、相手の少年は一五歳だった。

 アレンの母オリビアは厳しい顔でアレンに言った。


『アレン、その才能に振り回されぬよう、自分を御する術を覚えなさい。あなたがその力を使って生きても、使わないまま一生を終えても、それがあなたの選択なら尊重します』


 母はアレンに父のような聖騎士になれとも、なるなとも言わなかった。

 どんな生き方を選んでも良い。それがアレンに与えられた自由であり、その自由に責任を持つことが大人になることなのだと母は諭した。

 母に続き、父も珍しく真面目な顔で言った。


『お前が人より強い力を持ってるのは事実だ。だから、その力の御し方だけは身につけておけ。剣の訓練を通じて、どれだけの力で剣を振るえば人の体は壊れるのかを理解しろ』


 だから、アレンはずっと剣の訓練を続けている。強くなるためではなく、力の御し方を体に叩き込むために。

 自分は他の子どもとは違う。その事実は、幼いアレンに優越感を与えるよりも引け目を感じさせた。聖騎士になりたいわけではない。何か目標があるわけでもない。ただ、力の御し方を身につけるためだけに、訓練を続ける日々。

 それから父が聖騎士を引退し、父の故郷ウォルグに戻って少しした頃、アレンはテオと出会った。

 路地の隅に座っていたその子どもは、一目で浮浪児と分かるボロボロの身なりで、それでも艶を失っていない鮮やかな金髪が目を惹いた。

 あんなにも目立つのに、誰からも見向きもされない子どもは、ぼんやりと宙を見ている。


『名前は言える? 家族は?』


 アレンが話しかけた瞬間、金色の長いまつ毛が上下した。

 まるで曇っていた宝石を磨いたみたいに、鮮やかな翠眼が輝きを取り戻してアレンを映した。


『うちに来る?』


 アレンが差し伸べた手を、少年はおずおずと掴んだ。

 幼い手の温もりに、じわりと胸が温かくなったのを覚えている。


 ──その時、「この子のためにしよう」と思った。


 自分が生まれつき持っていた、大きな力。ずっと持て余してきたそれを、この子を守るために使えば良いのだ、と天啓のように閃いた。

 それからずっと、アレンはテオの世話を焼いた。大事な弟だと思っていた。


(……それなのに)


 その力をよりにもよってテオに向けてしまった。そうせざるを得なかった。それが腹立たしい。

 密かに苦々しさを噛み殺していると、背後で声がした。


「いやぁ〜。強いな、少年」


 褐色の肌に巻きスカートの女、灰色騎士のベリルだ。彼女は親しい友人にするようにアレンの肩を叩き、そのまま耳元に唇を寄せて囁く。


「さては、加護持ち(ブレスド)だな?」


「…………」


「〈破壊〉の天使の加護かな。身体能力の強化が得意なタイプだ」


 食えない女性だ。自然体の語り口は親しみやすいが、のせられたが最後、うっかり自分の心情を吐露してしまう、そんな気がした。

 アレンはスッと目を逸らす。


「お仲間を探しに行かなくていいんですか?」


 アレンの素っ気ない口調から、ここを立ち去ってほしいという空気は伝わったらしい。

 ベリルはヒラリと巻きスカートを翻し、アレンに背を向けた。


「どれ、おねーさんは迷子探しに行きますかね」


 一度だけ振り返り、アレンにウィンク。つくづく魅力的な女性だ。厄介だが嫌いになれない。

 ベリルはヒラヒラと片手を振って、街の方に向かって歩き出した。丘に残されたのは、アレンとオリビアの二人だけだ。


「アレン、どうしてあのようなことをしたのです」


 オリビアは咎めるようにアレンを睨む。

 母が、アレンとテオを平等に愛していることは理解している。そのことに不満はない。良い母親だと思う。

 アレンは決して、反抗期を気取っているわけではないのだ。


「テオは聖騎士にはなれない。聖騎士に、しちゃいけない」


「テオが騎士を目指していることは、貴方も知っていたでしょう!」


「騎士にこだわるなら、聖騎士じゃなくても良い筈だ」


 どうしても騎士が良いのなら、領主や名家に仕える騎士でも、田舎の駐在騎士でもいい。

 もし名声が欲しいのなら、中央部(エリントン)で聖騎士と同じぐらい人気のある近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)という手もある。いずれも狭き門であるのは事実だが。


「……母さんだって、考えたことあるだろ?」


 オリビアが口をつぐむ。やはり、母も一度は考えたことがあったのだ──アレンと同じ疑問を。


「テオが人の記憶に残らないのは、おかしい。あんな濃い金髪なんて、それだけで目立つのに」


 ああいう濃い金髪は中央部(エリントン)の貴族、もしくは南方出身者に多いのだ。ここ中央西地方(レガート)のウォルグでは、大半の人間が黒や茶系の髪である。

 くすんだ金髪や淡い金髪はたまに見かけるが、テオのように鮮やかな蜂蜜色の金髪は、この辺りにはそうそういない。

 だからアレンは、テオのことを中央部(エリントン)貴族の私生児だろうと思っていた。


「そうでなくとも、テオは働き者だし、頭が良いし、人を助けることに躊躇しないし……」


 蜂蜜色の金髪に若葉色の鮮やかな眼。勝ち気そうでありながら、どこか品のある顔立ち。快活でよく変わる表情。

 努力家で、勤勉で、自分のことを覚えてもらうためにいつも一生懸命で、大きな声で挨拶をしたり、困っている人を助けたり。

 テオは、人に親切にするのは自分を覚えてもらうためだと考えているのだろう。

 だが、外面が良いだけのアレンに言わせてみれば、テオのあれはただのお人好しだ。困っている人を放っておけない性分なのだ。


「あんなの、普通なら記憶に残るじゃないか」


 アレンとテオが並んでいたら、大抵の人間はテオの方に意識が行く筈なのだ。

 ところが、何故かテオは人の視界に入らない──この場合、意識や認識から外れやすい、と言うのが正しいのだろうか。


(テオには、普通じゃない何かがある)


 ただ、それは三天使の加護とは別物だろう。

 三天使の加護は〈破壊〉〈再生〉〈創造〉を司るもの。

 身体能力を高めたり、傷を癒したり、武器を生み出したり──それらの奇跡と、テオの持つ「何か」は方向性が違う気がする。

 その「何か」の正体が長年分からずにいたが、ベリルから灰色騎士の話を聞いて、アレンは気がついた。


『私みたいに、呪いの進行が止まった人間は、歩く呪い《マッドウォーカー》って呼ばれる。聖騎士の加護だの祝福だのとは違うけど、呪いの一部を操ることで……まぁ、色々できるわけだ』


『身体を強化したり、呪いを自分の手足や武器みたいにしたり、人の精神に干渉したり(、、、、、、、、、、)……まぁ、ほんと色々だよ』


 この話を聞いた時、ピンときたのだ。


「……テオは、歩く呪い(マッドウォーカー)なんだろ?」


 呪い憑き(カースド)でありながら、奇跡的に呪いの侵食が止まった存在。

 もしテオがそうなら、親から捨てられた理由は想像に難くない。


歩く呪い(マッドウォーカー)は精神干渉ができるらしいから……その力が、テオの意図しない形で発現してるんじゃないか?」


 オリビアは痛みを堪えるような表情をしていた。葛藤。やはり母も、アレンと同じことを考えていたのだろう。アレンと違い、元修道女のオリビアは歩く呪い(マッドウォーカー)の存在を知っていたのだから。


「確かに、私もそう考えたことはありました。ですが、ありえないのです」


「何故」


「テオには呪印がありません。歩く呪い(マッドウォーカー)は、体のどこかに必ず呪印があるはずなのです」



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