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男のバブ味を受け止めてくれる女が最終的に選ばれる女らしいですよ(笑)
「男は、弱みを見せられる相手を伴侶に選ぶ」 「男の“バブ味”を受け止めてくれる女が、最終的に選ばれる」
こういう話を、いかにも恋愛の真理を見抜いたふうな顔で語る人がいる。 SNSではありがちな人生訓として流通しているし、少し気の利いた恋愛論のような体裁で披露されることもある。 男は外で戦っている、だから家では安心したい。強がっている男ほど、本当は甘えられる相手を求めている。 要するに、最後に選ばれるのは、男の弱さや幼さを受け止め、包み込める女なのだ、と。
こういう言説には、独特の気味悪さがある。しかもそれは「バブ味」などという幼稚な言い回しが寒い、というだけの話ではない。もっと根本的に、構造が醜いのである。
問題は、「弱みを見せること」自体ではない。親密な関係のなかでしか見せられない脆さはある。しんどい、不安だ、傷ついた、と言えることは、むしろ大事だろう。愛情関係において、互いに鎧を脱げること自体は別におかしくない。
だが、この種の言説は、そこから先が決定的におかしい。
そこで語られているのは、対等な相互開示ではない。男が自分の脆さを言葉にし、それを自分の課題として引き受けつつ、相手と共有するという話でもない。 実際に称揚されているのは、男の未成熟や退行欲求を、性愛関係のなかで女に母性的に処理させる構図である。 しかもそれが、「深い信頼関係」だの「本当に安心できる愛」だのという、聞こえのいい言葉で美化される。
少し言い換えれば話は単純だ。 恋人がほしいのではない。性的にアクセス可能な母親がほしいのである。
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