(フロントランナー)鈴木俊貴さん 「図鑑にないことが自然界にはたくさんある」

 (be1面から続く)

 ――どんな子ども時代を?

 父が手作りの虫取り網を作ってくれて。5歳のとき、クモの巣にカブトムシがかかっているのを見つけました。持っていた図鑑には「カブトムシは森の王者、どんな虫にも負けない」とあったのですが、観察を続けていると、結局カブトムシは食べられてしまった。

 母に言ったら「それならそう、図鑑に書き加えたらいいよ」って。図鑑に書いていないことが自然界にはたくさんあると知り、ハッとしました。母はそう言ったことを忘れているのですが、僕の心にはずっと残っています。

 ――動物学者になりたい、という夢をかなえました。

 子どもの頃から、自分と全然違う姿形をした鳥や虫が、同じ世界にいることを不思議に感じていました。彼らにはこの世界がどう見えてるんだろう、と。

 図鑑の代わりに英語の論文を読み、観察日記がフィールドノートになって。変わったのはそれくらい。興味を持って続けていたら、いつの間にか動物学者になっていました。

 研究に関連して、いろんなことが好きになっていきました。研究成果を読んだり、発表するには英語が必要ですし、観察や実験の結果をまとめるためには統計学が必要です。どちらも楽しみながら習得しました。

 ――大学で研究室を立ち上げ、4年目に入りました。

 中国やアメリカなど、海外からも留学生がきてくれているのがうれしいですね。ツバメやメジロ、ネズミ、コウモリなどの言語について研究してもらっています。成果の報告を聞く楽しみが増えました。

 ■発端は素朴な疑問

 ――フィールドワークはいま、どれくらいの頻度で?

 1年のうち9カ月以上は、森にいると思います。時間をかけて動物と向き合うと、必ず何か発見がある。森には、本や論文では得られない情報が山ほどあるんです。

 カゴの中の鳥ではなく、野鳥にこだわって研究するのもそのためです。天敵がいなかったら「ジャージャー(ヘビ!)」や「ヒヒヒ(タカ!)」とは鳴かないし、「ヂヂヂヂ(集まれ)」と鳴いて群れで移動することもないでしょう。言葉に気づけたのは、森で鳥たちを研究してきたからです。

 僕はシジュウカラに言葉があると、初めから決めつけていたわけではありません。どうしてこんなにいろんな声を出すのだろう、という素朴な疑問から研究することにしたんです。

 ――珍しい生き物や、特別な技術を用いたわけではないというのが、斬新です。

 動物の鳴き声やしぐさに興味を持っていた人は、昔からたくさんいました。ただ、それらは言葉ではなく、感情表現にすぎないと捉えられてきた。

 研究の観点や実験のやり方をちょっと工夫するだけで、鳴き声が単なる感情の表れなのか、それとも言葉になっているのかを区別することができると思うんです。鳴き声の意味や文法能力を証明するにはどんな実験が必要なのか、自分自身で研究方法を編み出しました。

 ――改めて動物言語学とは?

 一言でいうと「動物たちが何を考え、何をしゃべっているのか」を解き明かす学問です。

 「動物の言葉がわかったら夢のようだ」と感じる人も多いと思いますが、ひょっとしたら、人間以外の動物にとっては当たり前のことかもしれません。

 例えば、シジュウカラが「ヂヂヂヂ(集まれ)」と鳴いたら、シジュウカラだけでなく他の種類の鳥も集まってくる。

 ヤマガラが「スィスィ(タカ!)」と鳴いたら、ヤマガラだけでなくシジュウカラも、リスも、藪(やぶ)に逃げる。彼らは他の種類の動物の声を聞き、よく観察して生きているんです。

 そういう世界から、人間はいつの間にか切り離されてしまった。動物言語学は、自然界とのつながりを取り戻すための学問と言えるかもしれません。

 ■経験あっての意味

 ――人間の言葉について思うことは?

 言葉はとても便利なツールですが、結構あいまいなところもあるのではないでしょうか。

 例えば「おふくろの味」といっても、みんな違う味を想像するわけで。違う家庭料理を食べて育ったのだから当たり前なんですが。僕らは自分の経験を当てはめて、言葉の意味を想像しますよね。逆にいうと、経験がなければ言葉は意味をなさないただの音になってしまう。いくら「陸や海の豊かさを守りましょう」と言っても、それを知らない人には響かないのでは。

 現在、人間活動の影響で、数多くの生物が絶滅の危機に瀕(ひん)しています。今後、自然環境と共生していくためには、言葉で目標を立てるだけでなく、一人ひとりが体験を通してその豊かさに気づくことが何より大切だと思うのです。身近な鳥の言葉がわかるようになれば、自然に目を向ける人も増えるはず。結果として自然に対しても、他者に対しても、やさしくなれるのではないかと思っています。

 ■プロフィル

 ★1983年、東京都生まれ。子どものころの夢は、動物学者。

 ★2002年、桐朋高校を卒業し、東邦大学理学部生物学科に入学。焼き肉店でアルバイトをしたが「人間相手は向いてないと思った」。動物相手の仕事を探し、環境調査のため野原でバッタをつかまえるアルバイトをした。

 ★08年、東邦大学大学院理学研究科・博士前期課程修了。12年、立教大学大学院理学研究科・博士後期課程修了。

 ★23年、東京大学先端科学技術研究センター准教授として「動物言語学」を創設。

 ★25年、初の単著「僕には鳥の言葉がわかる」(小学館)を出版。23万部を突破した=写真。

 ★愛犬はマルチーズとトイプードルのミックス犬「くーちゃん」。

 ★フィールドワークの必需品は四つ。マイク、レコーダー、双眼鏡、フィールドノート。

 ★研究をしている時が一番幸せ。「観察や実験だけでなく、データ分析や論文の執筆も大好き。最近はそれが息抜きになっています」

 ◆次回は、NPO法人CoCoTELI(ココテリ)理事長の平井登威さんです。精神疾患がある親を持つ子ども・若者を、当事者としての経験も踏まえ、支援しています。

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