辺野古の転覆事故が難しいのは、①船についての責任は船長にあり、それは車の運転の責任が運転手個人にあるのと近い話だということ、②市民団体であって、構成員や参加者同士での連帯関係が緩いこと、にあると考えています。
例えば私たちが原発に賛成あるいは反対してデモや市民団体に参加したとします。そのとき、私たちは他の構成員のやらかした事故について連帯責任を負うかというと負いません。その他人事感と、あの市民団体における他人事感は近い話です。
市民団体の財産があるならそれを被害弁償に使わせることができるかもしれませんが、ああいう非営利の団体に大したお金があるとは思えません。かといって、他の活動家に連帯責任を負わせることも難しいと思います。海難保険をちゃんとかけて船長の判断を信頼しただけの関係者に個人責任を問いづらいからです。
ただ、誰かに責任をなすりつけたがる人が多いので、あの市民団体の構成員にヘイトが向きやすいのだと思います。しかし、組織に対しての民事責任はさておき、各構成員の個人責任は道義的にも法的にも微妙なところではないでしょうか。