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マン・レイ展を蘇らせた三種の神器 | 昔、エフェメラだったもの。 ─ 『近代出版研究』 2026年 第5号から

雑誌紹介:  近代出版研究 2026年 第5号

1. 「エフェメラって?」と背表紙に

先日、画家で装幀家でエッセイスト、雑誌編集にも秀でる林哲夫さんから「エフェメラ」を特集した雑誌『近代出版研究』第5号をお教えいただいた。

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『近代出版研究』2026年 第5号 特集|エフェメラって? ── 軽薄短命の紙がみ 発行: 近代出版研究所 2026年4月、発売: 皓星社 定価: 3000円+税 21.0 × 14.9 cm  368 pp.

同号で「エフェメール、読書券、偽正誤表 ── そして『スムース』」(108-123頁)を寄稿しておられる林さんとの出会いは雑誌『スムース』第2号 特集「画家の装幀本」でマン・レイ狂いの蒐集家としてインタビュー(1999年9月16日)を受けたときだった。わたしは展覧会のエフェメラについて現物を手にしながら以下のように話している。

林 ── 1990年にさっきお話に出たアルカードさんで「指先のマン・レイ展」というのをやっておられますが。
石原 ── 例えば、これはマン・レイの個展のパンフレットなんですけど、僕が好きなのはこういう紙きれなんですよ。本当にゴミのような感じのビラ一枚が好きなんです。流通するもの、人の手から手へと動いて行くもの、動いている様子が判るもの。郵便とかそういう手段で外国からも流通できるじゃないですか。ポスターでも剥がれて無くなっていく、そういうものが無性に好きなんです。だからアルカードさんのときも自分がやりたかった「掌に入るようなもの」というコンセプトで展示しました。

『スムース』第2号 55頁 文責=林哲夫

『近代出版研究』を読みながら、わたしが好きな紙きれ「紙モノ」たちを「エフェメラ」と呼ぶようになったのは恐らく2002年頃からで、蒐集した展覧会資料841点(個展555,団体展286)を「展覧会を蘇らせる三種の神器」として纏めた銀紙書房刊本のタイトルを『マン・レイ展のエフェメラ』(2009年)としたのが正式(?)な態度表明だったと思い出した。この本は欧文表記で限定75部、テキストの英訳を依頼したユーニス・デイヴィ・アレンは書名を「Ephemerons: Traces of Man Ray」と題し「Descriptive list of exhibition catalogues, posters, and invitations 1913 to 2008」と付け加えている。余談になるが、この本、今ではニューヨーク近代美術館、ポンピドゥーセンター、ゲッティ美術館などの図書館蔵となっている。

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石原輝雄編著『マン・レイ展のエフェメラ』銀紙書房 2009年刊 限定75部 招待券貼込 品切れ 21.0 × 15.0 cm  208 pp.

「紙モノ」を「エフェメラ」と呼称するに至った背景には、わたしの世界戦略(おおげさ)があるかもしれないが、フランスの古書業界で指先で頁を拡げる小型のカタログや案内状を指す「パピヨン」という言葉の響きとは異なる愛のなさを「エフェメラ」に感じることが多い。── 呼称に愛を求めるのはバカかしら。今回、この違和感を解明する糸口を『近代出版研究』第5号から得ることができた。感謝申し上げる。

2. 「世界に一点、世界に一人でいいんです」 佐藤真砂

巻頭インタビュー、古書日月堂・佐藤真砂さんの「後ろ向きに全力疾走」の歯切れの良さがきいて、楽しく特集に参加(読むわけです)。銀紙書房刊本に関心を寄せてくれる彼女との交流も長いから

私のやっていた紙ものって、表象的に面白いものと、資料的に面白いものと多分二つあるんです。 …… よりふさわしいお客さんのところに行ったものの方が、ものは長く残っていくでしょう。…… モダニズムあたりの資料というのは、いま著作権が切れて公開され始めちゃったんでデータとして使えればいいものは値段が総崩れなんですよ。 …… だんだん年とともに整理がつかなくなりつつあるんですよ。で、この整理のつかなさは、これからもっと進んでいくんだろうと思うとおそろしい。なおかつ、私以外に商品なのか何なのかわかる人がいないものも多い可能性があるので、だとすると、私が分かっているうちに何とかしないとという気持ちはあるんですね。

佐藤真砂インタビュー「後ろ向きに全力疾走」(近代出版研究 第5号 6 - 68頁)

 などなど、発言のすべてが分かります、本当に分かります。オレンジ色に包まれた青山の店舗で話している臨場感。編集部・森洋介さんの合いの手も興味深く、「論」とは異なる気楽さのもと特集号各氏の「エフェメラ」への愛と定義に入り込ませて頂いた。

 同じく編集部の小林昌樹さんは、ご自身もエフェメラ好きで、記述に愛がこもっていると感服、言葉ではなく「モノ」から定義されると、しっくりきますな

大きすぎないということも重要で、これはエフェメラの同義語として使われる英語、collectable(蒐集可能)という性質と連動している。…… 個人が集めやすいという性質も「エフェメラ」という言葉に込められているように思う。…… 本論であえて「プリンテッド」なしの「エフェメラ」を使っているのは、虫のカゲロウの意味でカタカナ語「エフェメラ」を使う日本人はほとんどいないだろうからだ。…… 実はエフェメラは、その内包的な「はかない「一過的」「使用後に廃棄」といった定義に反して、愛好家、蒐集家などの個人が拾いつづける実践によって現在に残ってきた。…… エフェメラは多くの場合、書物に擬態することで保存されてきたわけだが、なぜだか、貼り込まれたり綴られたエフェメラは、エフェメラとしての魅力、臨場感が低下する。不思議なものである。

小林昌樹「なぜ今(いまさら)エフェメラなのか」(近代出版研究 第5号 78 - 105頁)

さらに昭和レトロ考証家・串間努氏のするどい「エフェメラ」定義、寸葉品への考査について、京都での「涙と笑いの寸葉会」に参加しているものの、最近まで「寸葉品」の語句に疎かったわたしには、目から鱗の体験だった。

寸葉品は多くの場合、一時的な実用品として消費された紙片にすぎない。しかし、その紙片が大量に保存され、体系的に蒐集され、さらに研究対象として扱われるに至った背景には、複数の魅力が認められるはずである。筆者は、「趣味」とは当初から自覚されて存在するものではなく、蒐集行為の蓄積と意味づけの過程において後天的に成立するものである、という立場を採る。

串間努「蒐集趣味における『寸葉品』大概」(近代出版研究 第5号 134頁)

この後に、氏が掲げる七要素の蒐集動機に合点がいきます。特に「同寸法・同素材・同形態であることにより分類整理が容易となり、蒐集行為は自然に体系化へ向かう」(134頁)、さらに「蒐集家の深化段階図」で、わたしの「絵葉書突撃」病状を突きつけられ降参してしまった。これらについても、ぜひ読んでみてください。

エフェメラの定義を「一時性」と「紙製・印刷物」との要素に限定すれば、当初から蒐集・記念目的で蒐めたり贈った物が除外されてしまうという矛盾が起きてしまい、そこに定義の隔りが見られる。…… エフェメラの重要な要素である「後に保存されたりするとは考えらていなかったもの」という点を、十分に踏まえなかったためである。

串間努「蒐集趣味における『寸葉品』大概」(近代出版研究 第5号 144頁)

3. マン・レイ展の三種の神器 (カタログ、ポスター、案内状)

蒐集対象は千差万別であるものの、「深化段階」は同病者故に理解できる。以下に、わたしの場合を振り返っておきたい。

 学童期から物を捨てられない性格だったと思う。最初は「石拾い」、撮り鉄になった中学2年以降は撮影地記念の硬券(都度、無効印を貰い帰宅)、鉄道管理局のダイヤグラムなど。アマチア無線にも興味を持ち5級スーパーラジオで受信だけの受信報告書(SWLカード)蒐集に熱中。ところが、開局には心惹かれない。少年マンガの表紙、週刊誌の4コマ漫画切り抜き、展覧会案内状、JAZZ喫茶マッチなどは、好きであっても長続きしなかった。とはいえ、「紙モノ」好きが趣味の基本なんだと思う。古本もこの繋がりで、頁をめくる手触りに安堵するのですな。

 70年安保前に写真部に席を置いた関係で、社会認識と自己表現に目覚め、写真集や活動資料の蒐集と保存に傾注。先人の仕事を知らずして前進は不可と思い、当時の文化状況からダダやシュルレアリスムに関心の方向が定まり、マン・レイという人を知った。この後の「マン・レイ狂い」という活動、特に銀紙書房刊本の成果については様々に報告しているので、ここでは触れないが(触れてしまうけど)、マン・レイの展覧会資料への熱中をエフェメラ愛から自己弁護。

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石原コレクション「マン・レイ展のカタログと案内状」 抜粋

特集号の中で言及されているが、近年は日本でも美術領域で「エフェメラ」は注目されている。わたしの場合はマン・レイが亡くなった1976年以前に催された個展を対象に、過ぎ去った展覧会を蘇らせたい一心で、カタログ、ポスター、案内状を蒐めてきた。展示されていた作品(オリジナル)や展示風景を捉えたマン・レイによる写真なども対象としたいが、これは、資金的に難しく、エフェメラの範疇からもズレてしまう。なので、カタログ、ポスター、案内状の3点をもって展覧会の「三種の神器」とし、空想で会場を訪ね、作品を鑑賞する。見事に蘇った(と、わたしが思う)、1972年パリの四運動画廊、フランシス・トリニエ画廊、パリ国立近代美術館を、以下に紹介したい。

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石原コレクション「マン・レイ展のカタログと案内状」 抜粋
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同上

手元のエフェメラたちをアクリル板に挟み、壁面に並べると展覧会にたずさわった関係者の視点がよく分かる。街に貼られたポスターから会期と会場を知ったり、案内状に誘われたりした人々。カタログの解説と、プライスが追記されているかもしれない展示リスト。上掲したコレクション展では三種の神器の他にプレスリリース、新聞、雑誌の他、会場写真やオリジナル作品等も展示した。

 1972年にはエフェメラとしてパリで流通したものが、自らの意思であるかのように残され、京都までやってきた。40年を経て時間を戻す試みをエフェメラに託す展示。コレクターであるわたしは、レイヨグラフかメトロノームか、画廊でどれを買うか算段しているのである。オリジナル作品の展示だけでは広がらない、エフェメラがあってこその空想が楽しい。

4. エフェメラ蒐集、 イバラ道

マン・レイ研究の重要なピースとして三種の神器を蒐集するのは、すでに蒐まった大量のエフェメラを整理分類し体系化するのとは、逆のコース。新たな発見というより、書籍の図版や年譜の記述をたずさえ街路で予期せず出会う夢の中にいる如し。印刷・流布されたときには、無償であったものが、「エフェメラ」と呼ばれたまま、唯一無比のオリジナルとなって、高値で取引される。「展覧会のエフェメラ」のコンプリートを目指し、欠けたピースが埋まるなら、高値でもかまわない、捨てられなければ良しとしたい。わたしは、マン・レイに会いたいのである。

 雑誌『近代出版研究』第5号の紹介が、当初の意図とは異なる展開となった。「高値でもかまわない」と前述したが、自戒を込め串間努氏のテキストを最後に引用して終わりとしたい。ありがとうございました。

蒐集家は、自身の蒐集行為に誇りを抱く一方で、周囲から必ずしも温かな視線だけを受けてきたわけではない。身近な家族、とりわけ妻からは、蒐集品を「役立たず」とみなされる場合もすくなくなく、そのため複雑な心理を抱えることも多かった。

串間努「蒐集趣味における『寸葉品』大概」(近代出版研究 第5号 136頁)


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石原輝雄、1952年名古屋市生まれ。中部学生写真連盟高校の部に参加。1975年からマン・レイ作品購入。エフェメラに特化する蒐集家、研究者。成果をプライベート・プレス「銀紙書房」として発表。内外の美術館、画廊で蒐集品を公開。 https://manrayist.hateblo.jp
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