先日、超一流クライアントから給食委託契約(社員食堂)の契約解除を通知された。メールか封書で通知してくれればいいのだが、対面で直接伝えたいと一流の心遣いをしてくださったので一級建築士設計の一流の作りのビルで会うことになった。なお当社上層部は同行を拒否した。嫌な話は聞きたくないそうです。二流だ。
一流ブランドのスーツを着た担当者からあらためて説明を受けた。説明をされても解約は解約である。話を聞いて「そうですか」と肩を落とした。同行した部下は沈痛な表情を浮かべていた。当該部下は一流沈痛マン。沈痛な表情に定評があるので連れてきたのである。重苦しいムードを作り上げてくれる当社の切り札だ。「何とかなりませんか」とあがいてみた。担当者は「解約条項に則った解約です。決定事項です」と冷たく言い放った。隙のない一流の回答。次の業者は決まっていて、すでに裏では動いているという話だった。一流は裏工作も一流だ。「わかりました」僕はため息をついた。一流のため息に見えていただろうか。
その超一流クライアントとの付き合いは苦労の連続だった。要求は高く、無理難題も多かった。それでも二流企業な〜り〜に〜精一杯応えてきたつもりだ。こちらからも、昨年から、昨今の社会情勢に合わせて値上げの申請もしてきた。収益が出なければビジネスとして成立しない。だが相手は超一流。喪失したら大きい。だからギリギリに収益が見込めるラインの数字でお願いした。しかしこれらのお願いは受け入れられなかった。「当社も苦しいんですよ」と担当者は説明した。春闘で当該超一流クライアントの賃上げ満額回答が報道されていた。超一流クライアントが販売する商品への価格転嫁、大幅な価格アップも発表された。こういうムーブができるから一流なのだ。
「長い間ありがとうございました。お世話になりました」という担当者の言葉を聞いて僕はなんとなくその一言で報われた気分になった。それからこの事業がなくなることによって失うものを考え、それから呆気なさに拍子抜けした。でもこれでいいのだ。しょせんビジネス。金の切れ目が縁の切れ目。僕が感傷に浸っている一方で担当者は一流らしく淡々と事務的な連絡をした。撤退へのスケジュールだ。既に決められていて、こちらは首を縦に振るしかなかった。意見も求められなかった。「既決事項です。従ってください。お願いします」それだけだった。一流の仕事だ。
僕は現場で働くスタッフの顔や声が浮かんできて、なんとも言えない気持ちになり、胃の底から出てくるものを抑えるのに必死だった。半沢直樹なら倍返しをしているところだろう。でも、解約の倍返しってなんだろう?解約の解約?つまり成約。二流の僕にはわからない。沈痛一流部下はただただ鎮痛な顔を食べていた。最後に「これで関係は終わってしまいますけれども今後とも何かありましたらよろしくお願いします」と担当者は言った。一流の気配りだ。何かありましたらの九割九分は何もなく終わることを僕は三十年間の会社員生活で知っている。
こうして一流クライアントとのラスト商談は終わった。沈痛部下と二人並んで肩を落として見送られるエレベーターの前で「別の形で何とかなりませんかね」と僕は駄目もとで懇願してみた。二流だ。「これで終わりです。御社にとって厳しい結果かもしれませんが、恨みっこなしです」と担当者は言った。それで終りだった。
一流の建物を出て僕と沈痛部下は肩を落としながら歩いた。お互い何も言わなかった。百メートルほど歩いてから角を曲がった瞬間「うまくいきましたね」「ワ〜ォ!」と二人でハイタッチした。無理に肩を落としていたので肩痛が悪化した。実は一年以上前から撤退を考えていたのだ。収支的に厳しく、要求が過大、そこに人的資源を集中させたいという経営方針も重なった。長年の契約関係の中で要求は高まる一方でこちらからの要望を受け入れられなかったので撤退はやむなしであったけれどもそれが出来なかった。
なぜなら相手が超一流企業で怖かったから。これまでの交渉で値上げやお願いをするたびに担当者から「オタクの取引先にも同じような要請をしているのか確認していい?」とか「業界内の会合で、御社の対応を話すこともできるんだけど」などと二流の脅迫めいた言葉を浴びせられた(実際にはされなかったけれども)ので、こちらから解約を申し出たら、一流の自尊心を傷つけられたと怒り狂って仕返しを喰らうのではないかと恐れたのだ。二流の中小企業は哀しいね。
そのため一年以上の時間をかけてこちらからの要求を伝え、受けれなくても執拗に伝え、また先方からの依頼についてもできないことはできないとはっきりと意思を伝えて、無理難題はスルーするなどして、一流ならではの自尊心を刺激して不満を募らせて、むこうから解約してくることを待ち構えていたのである。
当該超一流企業は本当にクソだった。他の部分では知らないが下請けにはクソだった。露骨に下に見る社風。不思議だ。元有名スポーツ選手を起用した企業イメージCⅯは清々しく、良い企業感を出しているのにね。一時期は担当者個人がクソ野郎だと思っていたけれども、数回変わった人事異動でやってくる担当者全員全員がクソ野郎だったので、社風が一流のクソなのだろう。下に見るだけならいいけど、「担当の女性栄養士を若い子に変えろ」「他の会社に切り替えちゃおっかなー」という担当者の発言は、冗談のつもりなのかもしれなかったけど冗談にしては二流だし、ハラスメントとしては一流だろう。
ナイス解約。こうやって相手に築かれないように相手を誘導して主導権を持たせつつ、こちらの思い通りに交渉をまとめるのはなかなか難しいものなのである(所要時間28分)悪戦苦闘の記録をまとめた戦記になります→