【私の失敗(4)】荒木大輔、リハビリやり過ぎ再手術…ジョーブ博士に怒られた(1/2ページ)

この記事をシェアする

ギャラリーページで見る

 「プロ6年目の1988年8月、米ロサンゼルスで右肘の手術を受けました。フランク・ジョーブ博士が考案した、手首の腱(けん)の一部を移植して肘の側副靱帯(じんたい)を再建するトミー・ジョン手術です。翌年、リハビリのやりすぎで移植した腱を切ってしまい、ジョーブ博士に怒られるわ、復帰は遅れるわで迷惑をかけました」

 87年に2年連続で開幕投手を務め、初の2桁勝利(10勝9敗)をマーク。88年は開幕から好調だった。

 「24歳の誕生日だった5月6日の阪神戦(甲子園)で3勝目を挙げました。誕生日に登板したのは初めてで、しかも完投。でも次の登板(対広島、神宮)は4回3失点でKOされ、翌日は肘がパンパンに張って、曲げ伸ばしができなくなりました。1カ月たってもキャッチボールくらいしかできないし、病院では疲労性のものだろうと注射を打ってもらっただけ。当時、日本のスポーツ医学のレベルはその程度でした。2カ月たった頃、思い切ってトレーナーに『世界一の先生に診てもらいたい。どんな診断でも納得するから、球団に話をしてもらえないか』と相談しました。すると、球団からあっさりOKが出たんです」

 8月に渡米すると、「右肘側副靱帯の断裂。トミー・ジョン手術で100%治る」と診断された。

続きを見る
シェアする
最新のニュースやお得な情報を受け取ろう