金曜日というのに、じつに地味に仕事。じつは、少し前に生まれてはじめてのいやな体験をした。コンをつめて他人のホイールを組んでいたら、どうにも右目の調子が悪くなったのだ。翌日から2日、薄暗い部屋で寝て目を休めていた。私の母は晩年は片目の視力を失っている。祖母は両目を失明した。3日目でいくらか元に戻ってきた。
こういう仕事は早く片を付けて終わらせたいと思っている。一方で、自分の乗っている28号のステムを交換したいと思っているのも、もう2年以上できていない。ドーズも、ブレーキレバーをフランスのラムのものを使っているのだが、中のコマが少し変形している”予感”がする。フランスのレバーはルフォールもラムも私は信用していない。以前に中のコマが折れたことがあるので。場合によっては命にかかわる。それと、マファックのレバーでもそうだが、意外にフランスの人は手が大きいのではないか?ラムの見た目は小ぶりで格好は良いのだが、じつは使ってGBのレバーより大きい。私も手が大きい方だが、それでもマフアックは”浅曲がり”のものでは小指の届きが悪い。私は”深曲がり”しか使わなかった(マファックのフーデット・レバーに2種類あるのはあまり知られていない)。
さて、金曜日だというのにこのごろはあまり都心は混んでいない。一説によると、みんなで飲みに行くという習慣が薄れているという話も聞く。
英国時代は、パブへ友人と行く、あるいは”地パブ”に友人に会いに行く、のは普通の毎日の行動だった。日本へ戻ってきて、それが生活から抜け落ちるのが、なによりも物足りなかった。金曜日はとくに、平日には合えない友人とパブで会う。
英国のケイティ・ホプキンスが彼女のVログを”ケィティズ・アームズ”と呼んでいるのは意味深い。英国のパブの名前には”キングズ・アームズ”とかいうのがありますから。彼女にとってはVログはパブの話なのだ。私が彼女のVログを聴くと、パブで会話をしているような気になる。私のブログも、じつは”パブでの雑談”のように書いている。
都心を通過する時に、何カ所かかつてそうした英国風パブがあったところをのぞいてみましたが、ほぼすべて消滅していた。あってもキャラクターが変わっている。英国のパブはバーでもビアホールでもない。
これは、べつに喫茶店でもかまわないわけだが、いまの日本の喫茶店で、かつてのパリのカフェのように機能しているところはない。これも1980年代には東京にもあった。私は”人は孤独の中にいるとよろしくない”という意見なのだが、最近の若い世代の中には、極端に人との交流を鬱陶しく思う人が増えているという統計結果をみた。そして、ひたすらにスマホやラップトップを一人で眺め、一人で完結している。
私は他人と会話のキャッチボールをすることで、自分の頭の中で使っていなかった部分が活性化するのを感じる。元気で精神的にうまくいっている高齢者はみんな会話が好きだ。
私が若かったとき、会社が終わるとけっこういろいろなところへ顔を出していた。英語で乾杯をするとき、音頭をとってスピーチをするのだが、それを即興でやって、それを講評するというネィティヴのクラブがあって、週一回それに2時間出ていた。そういう会は西暦2000年ごろから聞かなくなった。経済アナリストの連中とパブで議論したり、骨董屋へ骨董談義をしにいったり、教会の連中とホームレスの人にさまざまなものを配りに行ったり、毎日、家へ戻るのは11時、12時だった。土日は自転車でのんびり逍遥、あるいは完全休養。教会へも呼ばれた。
金曜日は一週間の〆で、エネルギー全開だった。それが、介護などですべて中断。気が付けば、いい歳になっている。友人に電話をしたら、彼は音楽関係の仕事をほぼ抜けて、山の中で自給自足。畑のことで他の農家の人たちと話すのがメインの生活。レコーディングの仕事やらから考えると、想像できない静かな生活だろう。
最近、カフェに入ると、コピーライト外し、でAIの”うそんこジャズ”をやっている。『ああ、ここをこういう風にもってゆけばキース・ジャレットになるよね、、みたいなギリギリのところでそうならないように外している。何が面白いのかな?と思う。
先週、画材屋に行ったら、油絵具も水彩絵の具もグワッシュも激減していた。むかしの4分の1の在庫量か?ウィンザー・ニュートンの絵の具は置いていなかった。ルフランの絵の具も置いていなかった。イラストの画材とアクリル塗料ばかり。時代は変わった。マンガとイラストが主流になったのか?
音楽も絵も、『それがないといられないものでは無くなった』ようにみえる。芸術の変質。いのちをかけてやるものではなくなった。ファッションも『単黒』だとか『自友』だとか、大量生産の規格のもの。『かぶいてみよう』などとは思われないらしい。
着れればいい。音楽は鳴っていればいい。絵はイラストが貼ってあって殺風景でなければいい。自転車は動けばいい?
なんとも言いようのない『感動の無い、薄い生活』が街にエーテルのように流れているのを感じる。
昔、各国の人たちと中東の人たちで、対話集会をやったことがある、ちょうどイラクがクウェイトに攻め込んだ時。みんな来てくれた。そのあと、金曜日に表参道を歩いていると、あっちからもこっちからも声をかけられたのを思い出す。
あの頃の金曜日は実体があった気がする。いまは限りなく、蜃気楼のように薄い金曜日と言う印象だ。