夜帳の腕は、比鷺を外の世界から隔絶する檻だ。
抵抗などという小賢しい意思は、その腕に抱き締められた瞬間に霧散する。
比鷺は、夜帳の胸に顔を埋めた。
それはかつて彼が、何よりも恐れ、排除しようとしていた服従の形だ。だが、夜帳の体温に包まれ、その鼓動を聴いていると、こここそが自身の在るべき場所なのだと、魂が深い溜息を吐く。
「俺の腕から逃げ出すなんてことは、未来永劫、考えなくていい」
降参を告げるような比鷺の仕草に、夜帳は満足げに目を細めた。その腕は比鷺を縛っているようでいて、実は外敵から彼を守る鎧のようでもある。
比鷺は、自分を囲い込む夜帳の檻の中で、甘く溶け落ちていくことを至福に感じるようになっていた。その安らぎを与えたのは、他でもない、萬燈夜帳だ。
胸元で深く呼吸をする比鷺の髪を、夜帳は指先でゆっくりと梳(す)いた。降伏した獲物を見守る捕食者のような、それでいて、壊れ物を扱うかのような慈しみ。
比鷺は夜帳に全幅の信頼を預け、心音に耳を寄せた。
言葉を返す代わりに、夜帳の背に腕を回す。
外界から隔絶されたこの檻の中で、二人は互いの心音だけを唯一の道標(みちしるべ)とするように、ただ抱き締め合うのだった。
comment
0ログインするとコメントが投稿できるようになります