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Conversation

この問題は、感情論ではなく構造として捉える必要があります。結論から言えば、虚偽DVは現実に存在し得るし、制度上も一定程度発生しうる構造になっていると考えます。 まず、小魚先生の「虚偽DVは存在しない」という断定は明らかに行き過ぎです。どの法分野でも、制度がある以上、それを利用する人の中には誤用・濫用が一定割合で生じるのは避けられません。DVに関する制度も例外ではなく、保護の必要性が高いがゆえに、迅速性・簡易性を重視した仕組みになっています。その結果、初動段階では詳細な反証が十分に尽くされないまま判断がなされる場面もあり、そこに構造的なリスクが生じます。 特に問題となるのは、「完全な虚偽」よりも、事実の評価や強調の仕方によって印象が大きく変わるケースです。たとえば、単発の口論や強い言葉を切り取って「DV」と構成するのか、継続的な支配関係として描くのかで、同じ事実でも全く異なるストーリーになります。実務では、まさにこの「1を10に見せる」「10を1に見せる」といった評価の操作が争点になることが少なくありません。 さらに、DVという概念自体が拡張されてきた結果、一定の曖昧さを含むようになっている点も否定できません。本来、DVは継続的・構造的な支配や恐怖を伴う関係を指すべきものですが、これが広く解釈されることで、どこまでが保護対象で、どこからが単なる対立や口論なのかの線引きが難しくなっているのが実情です。このような状況では、制度を利用する側の構成次第で「DV」と評価され得る幅が広がります。 もっとも、ここで注意しなければならないのは、虚偽DVの存在を指摘することが、DV被害そのものを軽視することと直結してはならないという点です。本来のDVは重大な人権侵害であり、その保護は不可欠です。しかし同時に、制度の信頼性を維持するためには、濫用や誤用の可能性にも目を向ける必要があります。 結局のところ、この問題の本質は、 「迅速な被害者保護」と「濫用防止」のバランスです。 虚偽DVは存在し得るという前提に立ったうえで、それをどう防ぎつつ、本当に保護すべき事案を適切に救済するかという制度設計こそが重要になります。小魚先生の「存在しない」と言い切る姿勢は問題の一部しか見ておらず、むしろ議論を歪める危険があるといえるでしょう。
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🌷 牧野 佐千子 3.0🌷
@makinos3150
小魚さんが「虚偽DVなんて見たことない」、虚偽DVと言っていること自体がDVだ、みたいなことを言っていますが、このような自分の見たことがすべてな狭小な視野の持ち主が、この分野での利権を握ってしまっているのは恐ろしいことだと思います。