メルカトル図法の「禁止」はなぜ邪悪なのか?
昨今「メルカトル図法を教育現場や公共の場から排除し、面積の正しい図法であるイコールアース図法に置き換えよう」という主張が一部でニュースになっている。理由は「高緯度の先進国が極端に大きく描かれており、アフリカが相対的に小さく描かれているから」というものだ。
「メルカトル図法」は使わないで 国連に廃止求める決議案提出へ 西アフリカのトーゴ(字幕・15日) | ロイター
確かに、メルカトル図法は面積を正しく伝えない。グリーンランドはアフリカ大陸と同等の大きさに描かれるが、実際にはアフリカの方が約14倍も大きい。しかし、だからといってこの図法を禁止や廃止に追いやる行為は、極めて反知性的であり、控えめに言っても邪悪である。
一人の航空宇宙マニアの視点から、特定の図法を思想的な理由で排除することがいかに危険か、その理由を書き記しておきたい。
軌道力学の視覚化を破壊する
イコールアース図法などの正積図法への完全移行が強制された場合、真っ先に割を食うのは宇宙工学の初学者たちだ。
地球低軌道(LEO)を回る人工衛星の軌跡(グランドトレース)を地図上に描画することを想像してほしい。経線が平行であるメルカトル図法を用いると、その軌道は美しい「正弦波」に近い形で視覚化される。これにより、初学者は軌道傾斜角や地球の自転に伴う軌道のズレといった軌道力学の基礎を、直感的に理解することができる。
これを、高緯度に向かって経線が湾曲するイコールアース図法に描いてしまうとどうなるか。衛星の軌跡は緯度経度の一貫性を失い、ひどく歪んだ奇妙で複雑な曲線になり下がる。軌道が持つ物理的な美しさや法則性が、地図上で完全にノイズに埋もれてしまうのだ。
特定のイデオロギーのために、次世代を担う人々から理系的・工学的な「最適な表現方法」を奪い、初学者の理解の妨げとなる環境を強制することは、正当化できるものではない。
「究極のローテク」という生存性の否定
そもそも、メルカトル図法は他国を小さく見せるためのプロパガンダ装置などではない。大航海時代から現代に至るまで使われ続ける「ナビゲーションのための実用的な道具」である。
この図法の最大の恩恵は、地図上の任意の2点を直線で結べば、それがそのまま船や航空機の羅針盤の進行方向(等角航路)になることだ。「定規と分度器さえあれば目的地にたどり着ける」という圧倒的なローテクさは、GPSなどの高度な電子機器が喪失したエマージェンシー状況下において、人類の命綱となる究極のフェイルセーフである。
海図や航空図として、限られたリソースしか使えない環境で圧倒的な有用性を誇る技術を、「面積が違うから」という全く別の尺度の難癖で廃棄しようとするのは、実用性に対する完全な無理解だ。
数学的真理に対する「検閲」という邪悪さ
百歩譲って、面積の正しいイコールアース図法などを「推奨」し、用途によって教育現場で併用するだけなら全く問題はない。目的に応じて道具を持ち替えればいいだけのことだ。
しかし、「禁止・廃止」を声高に叫ぶ論調には明確な危険性が潜んでいる。「我々の考える正義に反する数学的性質は、社会から抹消すべきだ」という発想は、表現規制そのものである。特定の客観的な幾何学的性質に対して主観的な政治思想を優越させようとする態度は、一種の「思想統制」であり、科学や数学という人類の知性に対する挑戦だ。
球面を平面にする以上、面積、角度、距離、方位のすべてを正しく描くことは数学的に不可能である。何かの目的のために何かを犠牲にするのが地図投影法の宿命だ。マイナスドライバーに対して「釘が打てないから欠陥品だ、使うな」と叫ぶのが滑稽であるように、純粋な数学的発明に後付けの政治思想を被せて封殺しようとする行為は狂気でしかない。
メルカトル図法の禁止は、決して「多様性」や「平等」への前進ではない。人類が数百年かけて積み上げてきた科学と実用性を、薄っぺらいイデオロギーで塗りつぶそうとする「邪悪な後退」なのである。
彼らのイデオロギー
メルカトル図法の排除を声高に叫ぶ論者たちはアフリカ連合(AU)や一部のアドボカシー団体が主導する「地図を正せ(Correct The Map)」キャンペーンを構成している。彼らを突き動かしているのは、幾何学的な正確性の探求ではない。極めて政治的かつ社会学的なイデオロギーである。
彼らはメルカトル図法を「世界で最も長く続いている偽情報キャンペーン」と糾弾する。面積が極端に歪み、実際には巨大なアフリカ大陸が矮小化して描かれる地図を教育現場で使い続けることは、アフリカの子どもたちから自己肯定感を奪い、「自分たちは取るに足らない辺境の存在だ」という劣等感を刷り込む「植民地主義の遺物」だというのだ。つまり彼らにとって、面積の正しいイコールアース図法などへの強制的な移行は、単なる空間認識の修正ではなく、「教育の脱植民地化」と「アイデンティティの回復」を目的とした精神的なプロセスとして位置づけられている。
自己認識の再構築という社会学的・国文学的なアプローチ自体を否定するつもりはない。しかし、その「主観的な感情と政治的ナラティブ」の定規で、純粋な「数学的ツール」を裁こうとすることに彼らの致命的な錯誤がある。
メルカトル図法が面積を犠牲にしたのは、前述の通り航海の安全を担保するための数学的トレードオフの結果であり、特定の地域を差別するための「悪意ある陰謀」ではない。用途の異なる数学的最適解に対して、後付けの政治思想や被害者意識を被せて「邪悪なプロパガンダ装置」に仕立て上げること。そして、自らのアイデンティティや心理的安定を優先するあまり、軌道力学の視覚化やナビゲーションといった客観的な科学の実用性を社会から追放しようとすること。これこそが、知性を犠牲にしてでも自らの正義を全体に強制しようとする、アフリカ人のイデオロギーが孕む真の恐ろしさである。彼らは逆差別を堂々と公言し、強制しようとしているのだ。
アメリカのDEI思想は日本にも悪影響を与えたが、アフリカも危険思想の産地としての地位を上げつつあり、既に国連を動かそうとするまでの力を持っている。


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