【直撃】中学生記者が高校生に! 兵庫県知事選や森友問題…ファクトチェックなきメディアの闇を斬る
バズった中学生記者の「現在地」
「一番変わったのはメガネですね」
最初の取材から2年半で自分の中で一番変わったことは何か——そう聞くと、川中だいじさんはそう言って笑った。
’23年9月、『日本中学生新聞』を立ち上げてから約半年後にFRIDAYデジタルが取材を行ったとき、画面の向こうにいたのは真剣なまなざしをたたえた少年だった。あれから約2年半。この春、中学を卒業したばかりの川中さんは、柏書房から初著書『こちら日本中学生新聞』を刊行し、再びこの場に現れた。
FRIDAYデジタルの記事がSNSでトレンド入りし大反響を呼んだことが出版につながったという。担当編集者から「1ヵ月1万字書けば12万字、本一冊になりますよ」と告げられた。しかし取材と執筆の同時進行は険しかった。
「取材は楽しいけど、書こうというところに行きつくまでに疲れてしまって、学校もありますし、そうこうしている間に2年半経ってしまって」。それでも「中学の卒業までには本を出したい」という思いが川中さんを動かした。
そもそも川中さんが政治に関心を持ったのは小学3年生の頃、参院選がきっかけだ。翌年の大阪都構想の住民投票でさらに関心が深まった。’23年3月の新聞創刊も、G7広島サミットで当時の岸田文雄首相(68)に核兵器禁止条約への不署名の理由を問いたいという動機からだったが、G7サミットの取材申し込みのオンライン申請で「学生だから」「実績がないから」と外務省のG7管轄担当者に申請すらさせてもらえなかった。それでも取材をやめなかった。
忖度なし! 自腹で迫る政治の裏側
この3年間で川中さんが取材してきた顔ぶれは驚くほど多彩だ。大阪・夢洲のIR問題、万博、京都市長選挙、兵庫県知事選挙、裏金議員……。関西を駆け回り、政治家に直当たりし続けた。「取材はほぼ全て赤字。でも、京都市長選のときに松井孝治候補(65)に大阪のIRをどう思うか聞いたら『そういう街があってもいいけど、京都にはいらない』と言ったんですね、実際に会ってみないとわからないことがたくさんある」と言う。
記者活動を始めた頃から「記者仲間」として交流してきたのが、選挙ライターの畠山理仁氏(53)だ。安倍晋三元首相の会見での質問に感銘を受けた川中さんが著書を読み込み、共通の友人の紹介で知り合った。’23年4月の統一地方選挙で初対面を果たし、その日に一緒に買ったICレコーダーを今も使い続けている。畠山氏の「本当は新聞記者とかになったほうがいいよ」という言葉も今も胸に残る。
「誰にも遠慮せずに書きたいことを書く。これが自分にとってのモットーです。一番気をつけているのはポジショントークにならないこと。僕は『Hanada』や『WiLL』など、いわゆる“右”の雑誌も、逆に岩波の『世界』も読みますし、真逆のイデオロギーにも耳を傾けて、幅広い意見を聴くことが大切だなと思っています」


門前払いも突破! 執念の直撃取材
認知度が上がっても取材の扉が開くばかりではない。参院選の際に参政党・神谷宗幣氏(48)の囲み取材に参加したが「フリーランスはお断り」と追い返され、選挙取材を密着していたテレビ大阪が撮影したその場面がショート動画として拡散、政治に無関心な友人からも「どないしたん?」と言われた。小選挙区の参政党候補への突撃取材でも党を通すよう求められ、一人の候補者には公道で活動している様子の写真撮影すら拒否された。
一方、維新のプレス登録を断られた際は、維新の国会議員・馬場伸幸氏(61)に直接掛け合うと翌日にはメーリングリストに加えてもらえた。「自分が動かないと何も変わらない」という信念が行動力の源だ。



