陸
盗賊団「
彼らはただの落人集団ではない。もともと、ここより北、
しかし、かつて
以来数を減らし、その存在は潰えたかに思えたが――。
逃散し滅亡を免れた彼らは八十年という時を駆けて再結集し……。
戦さの匂いを嗅いで、磯臭さが香るこのあたりまで南下してきたのだった。
そして
いずれにせよ、都合が良い。
これに乗じ赤鷺組は混乱した町村で乱暴狼藉を働いた。略奪、殺人、放火、強姦に人さらい。
落ち延びんとする落人を囲い――。
赤鷺組のその数は、ゆうに三五〇を数えるほどに成長していた。
「関」を築いているのは赤鷺組の新入りからなる集団、約二十である。
彼らは足軽雑兵上がり、そこらの村の軍役衆である。乱妨取りを始めとする略奪行為は得意中の得意だ。
それから、統率の取れないそいつらを見張り、命令に背いた者がいれば見せしめに殺すことを命ぜられている古株が三人。
その古株の一人の名を、三郎という。この中で一番年下の十四歳。上の二人、次郎は十六、太郎は十九である。三人の古株とは彼らだ。皆、若いが筋金入りの悪党である。
三郎は手にした鉄砲を手入れしていた。筒を掃除し、埃と、滓を出す。そうせねば暴発を起こし、撃ち手である己が死ぬことになる。
そういうことがあると、先祖の代に学んだ。
この関を任された、「火縄の三兄弟」の先祖は威田の軍勢に加わっていた。お家は凪篠の戦いで亡んで久しいが、その傍流がほそぼそと、三兄弟の代まで血筋を繋いだ。
「次郎兄、込油からの軍勢を止めるのに、わしらだけで足りるじゃろうか」
「今の美河兵は弱兵しかおらん。いかんせん、泰平が続いた。織田の小倅に文句でも言うとる間に殺しゃあええ」
「滝原国と甲威国を制圧した羽柴殿か、はたまた尾梁と美河の徳河か。どう思う、太郎兄」
三郎の問いにすると、次郎が口を挟む。
「存外、巳濃、信野の上杉某かもしれんぞ」
太郎は、大筒と見紛うような鉄砲を構えた。
「まつりごとなどあとにせい。来よる」
はっとして、二人は素早く銃に火薬と玉を込めつつ、怒鳴った。
「敵襲じゃあ! 構わん、殺れやァ!」
にわかに、視界の左手がぱちっと光った。直後。
腹の底をぶん殴られるような、銅鑼を幾重にも鳴らしたような銃声がした。
その瞬間、戦闘を走っていた騎馬武者の馬の首と、そして、備を率いる大将の体が血霧となって弾け飛ぶ。
「うわっ、わぁあああっ!」
怯えた馬を御しきれなかった別の騎馬が、己の怯えも手伝って、落馬。派手に転倒し、その勢いで首を捻り砕いて落命する。
侍連中はこれに一気に輪を乱す。
怯えのたうつ馬。しかし、悪路に強い、骨太の体躯は傷が見えない。
平地で速度は出ないが、とかく、起伏に強い和深馬。
「もらう」
柚丸は落命した侍の大小差しを素早く剥ぎ取ると、青鹿毛の馬にまたがって、首筋を撫でた。手綱を左手一本でがっちりと掴んで、「どうっ、どうっ」と落ち着かせる。
「うまっこ、俺に従え。少なくとも俺とお前は生きられる」
言葉が通じたのか、馬は落ち着きを取り戻した。
青鹿毛がことさら美しい毛並みである。
「お侍、悪いが前払いにこれをもらう」
柚丸は言うやいなや、駆け出した。
(的になってくれる
つくづく身勝手だ。
が、戦いに無益な情けや美談は不要。
柚丸は場を冷徹に俯瞰する。
狐は狩りの名人。いや、獣とは皆狩りがうまい。
狩りが下手な奴らは山河に、大地に、海に食われて死ぬ。
左手の丘へ、大回りしつつ、敵の背後から接近する。
(
柚丸は、初撃の銃声を思い返す。
それは鉄砲というより、大筒めいた轟音であった。
かつて威田信厳公を狙撃せしめ、実質的な死因を作った巨大な火縄銃である。
実際には空砲で怯ませて城兵を混乱させただけとも言われていたり、実物は初撃に耐えきれず四散したとか、今出回っているのは風聞をもとに再現したものだとか言われている。
(馬と鎧武者が吹っ飛んだんだ。鬼じゃなきゃ撃てねえような大筒鉄砲だろうが……台座に固定してぶっ放したのだろう)
撃ち手を守る兵が見えた。
柚丸は荒ぶる馬を更にたぎらせるように手綱を振るう。横腹をかかとで蹴りつけ、
「行けェ!」
と怒鳴った。
敵がこちらに気づく――が、遅い。
柚丸は雑兵に馬を突っ込ませた。質量一四七貫(およそ五五〇キロ)もの質量の突貫である。
修繕をしているとはいえ御貸具足に過ぎぬ守りは、容易く無惨な屑へ変わり、男らは悲鳴もままならず、吹っ飛び、丘から転げ落ちる。
巨大な信厳砲を携えた男がいる。若い。が、戦さに出る歳としては適齢か。十五前後で元服し、それと同時に初陣というのが当たり前である。男は見たところ二十前後だ。
信厳砲は、やはり、木の台座に固定されている。
動かしやすいように滑車の仕掛けまで設置してあり、なかなか工夫と知恵を凝らしているが、まさか真後ろまで方位射角を用意しているはずもなかった。
男はすかさず、立てかけていた槍を拾い上げるが。
「鈍臭え!」
柚丸は牙を向いて笑い、すでに抜いている刀で男の首を刎ねようとした。
しかし、人の頚椎は驚くほど頑丈である。
木刀で打ち掛かる感覚でやったのがわるかった。刃がおかしなところで食い込んで、ねじ込んでしまい、抜こうにも、押そうにも、二進も三進もゆかぬ。
刀が中途半端に首の中ほどまでめり込み、かえって、相手に苦痛をもたらした。
「がっ、ひっ、かひゅっ」
男は――火縄三兄弟が長兄・太郎は、苦悶にもがき苦しみながら、腰の短筒を抜く。すると迷うまもなく、己のこめかみに押し当てて撃った。
「くそっ、自害は報奨になるのか」
柚丸はどこまでも自分が第一だ。
勝手におっ死んだやつのことなど、気にしている場合ではない。大切なのは、今日の寝床と飯、それだけだ。
天下無双も、その日暮らしの浪人生活が前提。であれば、飯代がなければ話にならぬ。
舌打ちしつつ。
柚丸は頭が吹っ飛んでゆるくなった首肉から刀を引き抜くと、下馬。
「うまっこ、少し離れてろ。呼んだら戻れ!」
通じたか通じぬか。いや、柚丸にはわかる。通じたはずだ。同じ獣のよしみ。言葉はないが、匂いでわかった。
柚丸はかすかに刃毀れした刀身を睨んだ。
(叩いて殺すことはできるな)
そう、判断した。
刀身自体は二斤(約一二〇〇グラム)ほどか。飾り刀ではない。実戦的に重く厚く作られた、徒戦用のものである。
骨を断ち切ることに失敗したせいで刃がこぼれたが、刀身は歪んでいない。そもそも、介者剣術向けの頑健な作りであった。
(今は、叩けさえすればいい)
丘を駆け下りながらそのように判断。
駆け下りるとは言ったが――傍目には、垂直に落ちているようにしか見えなかっただろう。
敵の盗賊は「なんだあの餓鬼は!」「侍連中、何を連れてきやがった!」とわめいている。
そのとき、再び銃声。
柚丸の髪が数本舞った。鉛玉が、危うく、頭上をかすめたのだ。
(くそっ。撃ち手がまだいやがるか)
武士はことさらに鉄砲を嫌うが、盗賊団はむしろ好む。
が、
やつらは誉れだの忠義だと喚いて己を鼓舞し、いっそ酔いしれこそして、腸をこぼしながらでも斬り掛かってくる。
「怯むなァ! かかれェーーッ!」
どうにか隊伍を組み直した侍連中が、関へなだれ込んでいく。
あちこちで戦いが繰り広げられていた。
ここまでくると、ほとんど戦さである。
「お侍、来るのが遅え!」
「黙れ! お前のように失うものがないみなしごとは違うのだ!」
さっき、柚丸にいなされた男が怒鳴った。
柚丸はすでに意識を敵に向けている。
「けぇぇああああええええええッ!」
奇妙な怒号を上げて槍で突きかかってくる男が前方。
距離はおよそ六間(約十一メートル)。
柚丸は右手で侍と斬り合っていた男の
刃筋がにわかに肉を裂く、しかし、骨は断てない。
悲鳴を上げる男。柚丸は無理にとどめを刺さない。その必要はなかった。
項を割った男の襟首を左手で掴むやいなや、己と槍の間に立たせ、前へ蹴りつけた。
まろびでた男が、槍に串刺しにされたのは一瞬後のことである。
男が悲鳴とともに、もがき、槍を持つ男は困惑と狂騒で判断を鈍らせる。
同士討ちという、戦さ場最悪の悲劇で、日常的な出来事を意図して起こす。
冷酷な判断力――柚丸の、人ならざる化外の強みであろう。
柚丸は槍に貫かれた男を踏み台に高々と飛び上がり、やりの男へ大上段から刀を振り下ろした。
槍を持っていた男の頭頂部が叩き割られ、即座に死に至らしめる。
「これで
柚丸は血刀を振って血と脳漿を散らすと、すでに玉込めを終えている撃ち手に接近。
そいつは、――次郎。
「三郎、逃げェ!」
「誰だそいつはッ!」
柚丸は、まだ毀れていない切っ先を、
「がびゅっ、く――ひっ、ぁ」
「お前に似た顔をした奴が、先にあの世で待ってるさ」
柚丸は刀を引き抜く。
次郎がくずおれた。
柚丸は、そいつが持っていた鉄砲を掴む。短筒も。短筒の方は奇天烈な造りで、筒を三つ、三角形に束ねた形をしていた。
恐ろしく奇形な三連短筒である。
「形見分けじゃねえがもらっていく。悪いな」
骸にそう言って、刀の血脂を、藍染の着流しの袂でぬるりと拭った。
それを傍目に見ていた盗賊らは、戦意を失し。
侍連中は、恐るべき怪物の胎動を、その音を、確かに感じていた――。
柚丸は周囲の剣戟が止まっているのを耳朶で捉えていた。
戦意を喪失している盗賊ら。生きているのはわずかに四名である。
侍は彼らを虜囚として情報を吐かせる腹づもりだろう。
柚丸は、ひとつ、聞いておきたいことがあった。
近くにいた男の髷を掴んで跪かせると、奪ったばかりの短筒を首元に押し付ける。
「三郎ってのは誰だ」
「し、知らねえ!」
「本当か。戯言は一度しか許さんぞ」
侍たちが、「よせ、なにを」と止めに入る。しかし、一人――柚丸にやられた侍がそいつの肩を押さえ、止めた。
「川守殿」
「よい、一人二人減ったところで、所詮、盗賊だ」
柚丸は内心感謝しつつ、尋問を続ける。
「問いに答えろ」
「知らん」
「そうか。あの世で悔いろ」
柚丸は迷わず引き金を引いた。火蓋が落ち、三つ玉の筒が火を吹いた。
ぼがん、と手が爆発したような衝撃が駆ける。鉛玉が男の首肉と骨とを吹っ飛ばした。
柚丸は痺れる手と痛みを奥歯を噛んで耐えた。
周囲は絶句していた。盗賊も、侍も。川守以外は。
まさか本当に撃つとは思ってもいなかったのだろう。
撃ち手から奪った胴乱を手に、そこから火薬と鉛玉を鉄砲の筒先から入れ、棒で突いて再装填を済ませる。その間、盗賊の残り三人のうち、一人が逃げ出そうとした。
この三連短筒は威力こそ最高だが、如何せん、玉込めに時間がかかる。それに、反動が厄介だ。まだ、御すのに苦労するだろう。
と。逃亡を止めたのは、川守であった。
すばやく、腰から棒手裏剣を取り出すやいなやそれを投擲し、過たず首の神経、その筋を打ち抜いて仕留める。
五寸ばかりの鉄棒で人を殺めるのは至難である。手裏剣、
川守は、手裏剣術の達人と見える。
「その餓鬼のやることに諸手を挙げられはせんが、禍根を容赦無益に断つ潔さには、武士として
「だそうだ。さ、どっちが吐く」
「ひ、火縄の三兄弟だ。火縄一族は
「威田? その後継の
大塚村でも有名な話だった。というか、この時代を生きる連中で、凪篠の戦いを知らぬものはいないだろう。
柚丸は川守を見た。当たっているようだ。彼は頷く。
「威田方の遺児がここで何を」
「そこまでは知らぬ。ほんとうだ。双川の反乱は、しかし……威田の、その血筋の者の仕業ではないかと噂されておる」
川守の眉が寄せられた。
「餓鬼、名を申せ」
「そちらからどうぞ、お侍様」
「ちっ。……川守城太郎だ」
「狐牙塚柚丸」
苗字を名乗ったことに、川守は「不遜な輩」とぼやいた後、腰の袋を投げてよこす。
「此度の働き、見事であった。しかし、無謀そのものの突撃は見ておるこちらの寿命が縮む」
「肝の小せえ侍だ」
はたの連中が、「こやつ、斬り捨てるべきですぞ!」と川守に進言したが。
「構わぬ。益はあった。害はない。生かすには十分であろう。して、柚よ」
「なんだよ」
柚丸はすっかり袋の方に夢中だ。
中にはしっかりと銭が入っている。なんと、銀が一本に、銭一貫差しが二つ。とんでもない大金である。銀だけで、十両から二十両(一五〇万円〜三〇〇万円)である。
「此度の戦さ、どちらにつく」
「金払いがいいほうだ」
「ならば吉多につくが良い。仕官の道も開けよう」
「褒美だけで十分。下知を賜る気はない」
仕官なぞ死んでもするものか。胸の中でそう毒づいたが、川守は「骸を集めよ。焼き捨てねば穢れと瘴気で病が広がる」と命令し、盗賊の骸を集めた。
生かされた二人の盗賊は、捕虜として扱われるのだろう。
この時代には当然、捕虜に関する人道的な扱いなどはどこにも存在しない。人として丁寧に扱うように、などと明言されていないし、文書にもなっていない。
有益なら生かされ、無益なら一罰百戒、見せしめとして斬首だ。
柚丸は袋を懐に入れると、指笛を吹いて馬を呼んだ。
青鹿毛のそいつは柚丸をあるじと認め、いななきとともに現れる。
「よう。さっさと行こうぜ」
跨り、柚丸は馬を歩かせるのだった。
――目指すは、吉多。
――
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