御霊猛疾 ― ミタマタケハヤ ―

三河筆刀斎(三河蕾花)

序節 戦さ灰

御霊猛疾 ― ミタマタケハヤ ―

     著:三河筆刀斎(三河蕾花)



 ――豊かな自由を得るには、孤独という寂寞を受け入れねばならない。


   ✕


 戦灰暦せんかいれき五八一年


 それは今から数えることおよそ六百年前。

 長らく続いた平安の時代、晏定暦あんじょうれきは、和深大陸全土を脅かすほどの規模で起きた大飢饉、天災の連続によって、大きく揺らいだ。


 世相の悪化と、自己保身に走り続けるだけの愚昧なる権力者・神将火狩しんしょうかがり、之を討つべしという機運の高まりは日に日に大きく膨れ上がった。

 困窮する民から年貢を取り立て続け、さしたる善政を敷くでもなく、ただただ私服を肥やす愚将。

 平和にうつつを抜かしていた、抜かしすぎていた神将一族、火狩家による大幕府はまっとうに機能を果たせずにいた。

 平和という魔物に、徹底的に骨を抜かれたと言って良いだろう。


 一方で、厳しい暮らしの中で叩き上げられていた地方豪族らは、兵糧として貯めていた備蓄米を放出。そうして困窮する民を救い、まとめ上げて麾下に加え、力をつけはじめ――。

 各地で、武士団と、それが支配する国が興り始めた。

 それらが武家社会の台頭を火付けとするには、十分すぎるものだろう。


 飢えに飢えた民は、当初は己の腹を満たす為戦っていたが、次第にそれは、天下泰平・天下布武による乱世の平定という目的へ変化していき。


 ――しかしながら、それは天下国家を論じた舌の根も乾かぬうちに、人を殺める時代を示す、戦国乱世の末法の思想。

 その表れであると言えた。


 まさに、和深の地ではその全土で、大小の規模を問わず、戦さが恒常のものとなった。


 しかし、八十年前。戦灰暦五〇〇年前後には、一旦、安定の兆しを見せたのである。

 尾梁国おわりのくにの神算鬼謀の武将、織田信永おだのぶながによるある一つの転機となった戦い――威田たけだを打ち破った「凪篠なぎしのの戦い」を以て、いっときの平穏を得たのだ。

 この戦さにおいて、鉄砲の効率的な運用である、徹底的な速射技術である三段撃ち。

 むろん、威田にも鉄砲くらいあるが。

 物流と兵站、その補給の質に大きな差があった。

 織田は質のいい硝薬と鉛玉を用意できた一方で、威田は鋳潰した青銅やら、暴発さえ危ぶまれる火薬を利用していたのである。


 剣と槍の時代に、それを幕引きとするかのような銃撃戦。

 この衝撃が、おそらくは、いっときの安寧をもたらしたのであろうが――。


 それもつかの間。その十年後には信永は謀反に倒れた。緋智満秀あけちみつひでがなぜ突然反旗を翻したのかは不明である。

 しかし、事実、それはおき、信永の短い天下は終わったのだ。


 そうしてまたしても、和深の地は大乱へと逆寄せしていたのである。


 ……これはそんな時代、


 ――狐の神。


 そう呼ばれるに至る男子おのこの物語。

 彼は東条和深、つまり、和深の地の東地域の沿岸にある、美河国で生まれた。


 この御霊猛疾を語るうえで、まずはその男子の、柚丸と名乗り上げた彼の、

 ――青く滾る野心から語らねばなるまい。

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