豚骨ラーメンも1000円超えて然るべき。福岡で先駆けて大台突破の名店を通じ“本物豚骨”の価値を再定義
「ラーメン1000円の壁」ってのは言われて久しいが、九州のラーメン業界においてもその壁が、店主の英断(と称したい)により急速に取り除かれつつある。実際、九州各地のラーメン店で、デフォルト1杯1000円以上を見かけることもそう珍しいことではなくなってきた。ラーメンは安くお腹いっぱいになれる大衆食であるべきという考えは根強いが、何もかもが高くなっていく中で食べ手もラーメン1000円オーバーを自然に受け入れ始めている。これだけ物価高騰が続くんじゃあ「まあ、しょうがないよね」「それでもこの一杯が食べたいんだから」・・・筆者も含め世の流れに身を任せている感もあるが、数年前よりも店の切実な思いに対して客の理解が深まっている印象だ。
ただし、九州にて現段階で1000円の壁を突破している店の多くは、豚骨ラーメン以外のジャンル、いわゆる“非豚骨”系が主。古くから九州に文化として根付いている豚骨ラーメンはより「安く在るべき」にさらされやすく、多くの店がまだ壁の内側にいる。特に長浜ラーメンや博多ラーメン、久留米ラーメンなど古き良きイメージをもつ九州ご当地麺、世代を超え“ひと昔、ふた昔前”の値段も知られ、安い・旨いで通っている地方の老舗はさらに上げにくい。街なかの新規開業店の価格設定とはまた異なる難しさがある。それでも客に理解を求めながら時代と共に少しずつ値上げし、1000円が目前の店が多くなってきてはいるのは事実だが、未だ豚骨にとって“1000”という数字のハードルは高い。それには、豚骨界のプライスリーダー的な「一蘭」が一部店舗や商品では大台を超えているものの、デフォルトの天然とんこつラーメンは980円をキープし続けていることもあるだろう。「早く1000円を突破してもらいたい」と願いながら巨匠の動向を注視している豚骨ラーメンの店主も少なくない。
筆者は九州のラーメンライターとして、こと“豚骨ラーメンにおいての”1000円の壁について問われた際「早く超えるべき」と即答してきた。30年近く仕込みから取材させてもらってきた中で、圧倒的に拘束時間が長く材料費、光熱費も食べ手が想像している以上にかかるけども値段は上げにくいという店主たちのジレンマを感じてきたし、幼少時からのラーメン体験を振り返ると故郷・鹿児島では数十年前から1杯1000円のラーメン(閉店した「のぼる屋」)が身近にあったことも自身の抵抗を少なくしている一因にも思える。だが、一方ではいち客として「そりゃ、安いにこしたことはないっしょ」との思いも当然ある。作り手も食べ手共に悩ましい問題ではあるが良くも悪くも近い先、デフォルトで1000円は当たり前、そして1500、2000円の“豚骨”もゴロゴロ出てくることになるだろう。
現在は、豚骨ラーメン新時代が幕を開けようとしているまさにその時。
以下九州の麺史に刻むべく、2026年5月1日に先駆けて1杯1000円へと踏み切る北九州の名店「南京ラーメン 黒門」の店主に思いを聞いた。
「南京ラーメン 黒門」は今はなき伝説的店「黒木」に習った店主・川内久門(愛称クモさん、1958年北九州市出身)氏が2003年に開いた。ビジュアルも端正な“淡麗豚骨”で名を馳せ、コアなラーメンファンにも絶大な人気を誇る。立地は街なかではない。老若男女の地域住民にも長く愛されてるいわゆる“郊外の名店”だ。それでもクモさんは福岡全体のラーメン業界からみてもアッパーな1杯1000円へといち早く引き上げることを決めた。そこには断腸の思いで・・などではなく、豚骨ラーメン職人としての矜持、持続可能な豚骨ラーメン店の形を後進に示したいという確固たる使命感、覚悟がある。
「一度失われた文化は、二度と戻ってこないからね」。
しみじみと話し出した「南京ラーメン黒門」店主のクモさん。「ラーメンに限らず継ぎ手不足などで老舗が閉店って話よく聞きますよね。そういうニュースがあるたび寂しい思いになってきたんだけど、特にショッキングだったのが昨年、北九州市宇佐町の『来々軒』がひっそりと閉店してしまったこと。あそこは、豚骨スープを白濁させた久留米『三九』に端をなす北九州市最古の豚骨ラーメン店でした。閉店した詳しい理由は分かりませんが、僕自身も思い入れのある文化遺産級の店がなくなってしまったことに本当に危惧を覚えたんです。『豚骨ラーメンの価値をもっと高められていたら』『それに夢を見出す後継者がいたら』。あんな最高の豚骨ラーメンを、とても安い値段で出されていたので、勝手ながら悔しくなってきたんです。僕自身かつて『黒木』の味に感銘を受けて継承、未来につなげていかねばならない身でもあるので我が事のようにハッとなりました。豚骨ラーメン業界全体が課題として再認識し、誰かが先陣を切らねばならない。お客様には、このままじゃ豚骨ラーメンが食べられなくなってしまう。それからじゃもう遅いんですよ。と分かってもらいたいんです」。
広い心でラーメン店を“育てる”という意識を持ってほしい
豚骨ラーメンは相変わらず強い。昨今台頭するいわゆる“非豚骨”も、今なお存在感を放つ“豚骨”あってこその言葉であるし、九州のトップオブトップの集客数を誇るラーメン店は大多数を豚骨が占めている。そして海外での人気も絶大だ。このご時世、血の通った職人の手仕事、ライブ感も改めて注目されているように感じる。
しかし一方では、においの問題、周辺環境への配慮などで出店できる物件の縛り、先に示した値上げの難しさもあり、豚骨ラーメンをとりまく環境は決していいものとは言えない。豚骨ラーメンに美学を見出したがこれら理由で断念し、別ジャンルのラーメンへと方向転換する職人もいる。
※豚骨ラーメンの現状については、バックナンバーを資料として添えておく。参考までに読んでもらいたい。
●豚骨ラーメン出店のハードル「ガンガン“炊ける”物件選びの難しさ」を知り持続可能な豚骨の未来を考える
●なぜ素材に豚骨を使っていても“非豚骨”と呼ばれるのか。摩訶不思議なラーメン用語を解説
(クモさん)「店は11:00〜15:00の営業なので『昼だけ働いて楽だね』と言われることもありますがとんでもない。基本的には1日16時間労働。休みの日も仕込みで店を訪れます。そしてご存知のように、あらゆるものの高騰が止まりません。僕のラーメンよりも、ガンガン炊いて乳化させるタイプの豚骨ラーメンを作っている店主は、燃料代でさらにあおりを受けていると思います。豚骨ラーメンは他のラーメンよりも手間暇かかるものだということが僕自身の考え。そして、“豚骨を炊く”というのは専門職なんですよ。これらはあくまで僕らが、自分なりの美味を極めるために好きでやっていることで文句ではないんです。ただ豚骨ラーメンは本当に特別なんだということを理解していただきたい。後世に残していくために」。
豚骨ラーメン職人は専門職だというクモさんの言葉はむちゃくちゃ納得できる。大量の豚骨がいる。巨大な釜がいる。強力なバーナーがいる。日々状態の異なる骨や肉と長年向き合うからこそみえてくる自分なりの美味、やり方がある。レシピが簡単に手に入る今の時代でも、誰しもが簡単に作れるものではないのだ。
「黒門」のラーメンは20年以上前の開業時、2003年の500円から始まり、以降要所要所で50円ずつ上げ、2年前には900円に。そして2026年5月1日より1000円になる。
「正直言うとね、今の物価高騰のあおりは900円のままでも吸収できるんです。でも、僕は1000円代への一歩を“今”踏み出したいし、差額の“100円”はより美味を追求すること、業界の皆、お客様が納得してハッピーになれることに使いたい。例えば、長く支えてくれている製麺屋さんに1玉の値段を上げてもらったり、よりよい食材を使ってラーメンを磨いていく。夢のある仕事であることも示して、豚骨ラーメン職人の間口も広げていかねばならないと考えています。お客様にはただ味わうだけでなく、共に“育てる”という意識を少しでも持ってもらえると嬉しいですね」(クモさん)
豚骨ラーメンはこれから希少価値が高まり、価格自体もグングン上がっていくのは予想できる。一方でひと昔前、デフレラーメンと呼ばれていたような激安のラーメンと二極化していき、中間の価格帯はなくなっていく流れにもなるかもしれない。だからといって、僕らにとって豚骨ラーメンはソウルフードであり、好きであることは変わらない。
今日啜るいつもの豚骨ラーメンは、少しだけ背筋を伸ばして大切にいただこうと思う。
【南京ラーメン 黒門】
住所:福岡県北九州市若松区青葉台南3-1-5
電話:093-777-4688
営業時間:11:00〜15:00
休み:月・火曜(祝日の場合営業)
席数:13席(カウンター9、テーブル4)
駐車場:共用100台(無料)
●ラーメンデータ
ラーメン900円→2026年5月1日より1000円
麺:中細ストレート(石川商品)
ジャンル:豚骨(淡麗系)
デフォルトトッピング:チャーシュー2種、細モヤシ、メンマ、アサツキ、
替え玉:なし(大盛り対応)