「魔の池」(1) 魔の池はどこにあったのか?


はまれぽに水害にまつわる言い伝えとして横浜市西区にあった「魔の池」の記事に興味をおぼえたので、少し調べてみた。

◇魔の池はどこにあったのか?
記事に「西区西戸部町には、大正の終わりまで直径100メートルの「魔の池」と呼ばれる用水池があったという。」と書かれていたので、
今昔マップon the webで1896~1909(明治29年~42年)を見てみた。確かに現在、西中のある場所の横に大きな池がある。

この辺一帯は.明治までは用水池であった。池は曲玉状で約八千平方メートル、スリパチ型の崖と、うっそうとした雑木林や.笹やぶに囲まれていて、いかにも不気味であった。しかし下方の杉山・扇田町一帯に広がっていた田圃の灌漑用水として大切なもので、特に名前はなく、池の坂の池、または魔の池と呼ばれていた。(ものがたり西区の今昔より)

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西戸部町

ところが昭和8年3月測図の横浜市三千一地形図で見てみると池は埋め立てられ、市営住宅が建てられいる。この時には、まだ「池の坂」の地名だけが残されている。(今は「池の坂」という地名も残されていない。)
これは、1920(大正9)年の大豪雨で「魔の池」ががけ崩で決壊し、19人の犠牲者を出す大惨事を起こし、埋め立てられてしまったからだ。

西戸部昭和8年01

今この場所は、横浜市内におおく見かける谷戸形状にある閑静な住宅街。事前に知らなければ、誰もここに池があったということは、想像出来ないであろう
池01a 



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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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