沖縄県名護市辺野古沖の船の転覆事故で死亡した同志社国際高校(京都府京田辺市)2年、武石知華(ともか)さん(17)の父親は、インターネットの投稿プラットフォーム「note(ノート)」に「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」と称して文章を投稿し、事故や知華さんに関する情報発信を続けている。特に同校の沖縄での平和学習については「普段の学校の姿からはかけ離れている」と強調。事故の原因や安全管理プロセスに加え、平和学習の実態についても解明を求めている。
平和学習への違和感吐露
4月5日に投稿した「沖縄研修旅行の異質さ2」では、事故が起きた研修旅行の平和学習を巡り、違和感を吐露。その一つが、事故後の同校の記者会見で西田喜久夫校長が、亡くなった「不屈」船長の金井創(はじめ)さん(71)について「牧師」「先生」と呼んでいたことで、<抗議船船長と牧師という2つのイメージが頭の中で全く結びつかなかった>と記す。
父親が、令和7年の研修旅行の「開会礼拝」で語った金井氏のメッセージを確認したところ、全体の約3割程度で基地反対・抗議活動の意義について直接的に述べていたと説明。<議論の場ではなく、開会礼拝の最初のメッセージでの内容として適切とは言えません>とした。
そのうえで<この内容に耳を傾けていた引率教員の中に、疑問を感じる人はいなかったのでしょうか。あるいは違和感を抱いても声を上げづらい雰囲気があったのでしょうか>と疑問を呈している。
学校法人同志社が設置した第三者委員会については、事故当日のプロセスや安全管理面、コース設計の経緯や人選、協力を依頼する企業、組織、団体と、学校との契約の透明性などを解明するよう期待。文部科学省や全国の教育委員会にも<あらためて「平和学習」のあり方についての実態調査を行い、正すべき点は速やかに正していくことを期待しています>とした。
娘失った悲痛な思いも
4月12、13日の投稿では、事故が起きた3月16日と翌17日の状況を時系列で説明。冷静な筆致は保ちつつも、突然娘を失った親としての感情をつづった。
16日午後0時10分、インドネシアにいた父親は妻からの一報で事態を知り、同36分、電話越しに知華さんの死亡の連絡を受けた。<それは本当に知華なのか。なんで。違う。信じるわけない。という心の叫びが声にならない>と記した。
帰国した翌17日午後5時10分に知華さんの遺体と対面。<こたつで昼寝をしているときの顔と変わらない。冷たい><自慢の髪の毛をあんなにも大切にしてたのに。苦しかったろうに。なんで死んでるの。パパは4カ月も会ってなかったよ。起きなよ知華>と悲痛な思いを投稿した。
noteではツアー会社から知華さんの残した荷物を受け取った際、破れた段ボールにたたまれていない衣服が無造作に放り込まれていたことや、現地の海上保安部から、緊急通報用の118番への通報は乗船していた同校の生徒だと知らされた事実なども公表している。