私の名前はエイダ・クロージャ・チャーチ。コードネームはクロージャ。
ロドスの最高技術顧問、スーパーエリートエンジニア、購買部の可愛いお姉さん、など数々の肩書きを持つ。
種族は世界中から忌み嫌われ恐れられるブラッドブルード。でも、ロドスではそんなことはない。みんなに慕われている。はずだ。
ブラッドブルードは血を求める。
それは戦場での凄惨な戦いを求めるという意味ではない。単に食事としての血、もしくは嗜好品としての血を求めるという意味だ。
ただ、一般に信じられているように血を主食とするようなことはない。普段はみんなと同じような食事を取っているし、それで何の支障もない。時折、猛烈に血が欲しくなる時があるというだけだ。
血が欲しくなる周期は人によって違うが、私は3ヶ月に一度くらいの割合で血が欲しくなる。それは食欲や睡眠欲というよりは性欲に近いものだと思う。
とはいえ欲望のままに人の血を求めてしまっては、ただの犯罪者になってしまう。
現代のブラッドブルードの多くは、安全な供給源がない場合は動物の血で我慢する。もちろん人の血に勝るものはないが、嗜好品なので我慢できないことはない。高級なワインが飲めなくても、安いテーブルワインがあれば我慢できなくはないでしょ?
でも中には血を求め、人を襲ってしまうブラッドブルードもいる。それが世界中の人たちからブラッドブルードが嫌われている原因なのだが、ちゃんとルールを守っている同族としては甚だ迷惑な話である。
周期的に訪れる血への欲求の強さも人それぞれで、年齢によっても変わってくる。一般に思春期がくるまでは血への欲求は現れない。思春期を過ぎたあたりから欲求のレベルはあがっていき、高齢になるとともになくなっていく。
私は比較的淡白な方だが、ロドスにやってきたあたりが一番辛い時期だった。そのことを同族のワルファリンに相談したら輸血用の血液を少し分けてくれた。しかし悪いことにそれは私の中の欲求を増大させてしまった。要はもっと新鮮で美味しい血が欲しくなってしまったのだ。
このままでは同僚を襲いかねないと判断した私は、ロドスを離れることを決意した。ケルシーに別れを告げに行った時、彼女の隣にいた男が「それなら俺の血を飲むといい」右腕を差し出した。「その代わり、俺とロドスのために働け」と。それが当時のドクターだった。
差し出された右腕を震える手で掴み、恐る恐るかぷりと噛みついた。そしてできた傷から滲み出してきた血を啜る。初めて飲む新鮮な生の血は、頭がクラクラするほど甘美なものだった。夢中でそれを飲んで満たされた私は、最後に彼の腕に開いた二つの小さな傷跡をペロリと舐めた。するとみるみる傷跡が塞がっていき、あとにはほのかに赤い傷跡らしきものだけが残った。
ブラッドブルードに噛みつかれてもほとんど痛みは感じない。注射の針が刺されたときと同じような、チクッとする痛みを感じるだけだ。残った傷跡も一週間もすれば綺麗になくなってしまう。それは特殊な化学物資がブラッドブルードの体内から放出されているからといったことではなく、主に無意識に使われるアーツの効果によるものらしい。
それ以来、私は3ヶ月に一度、彼の血をもらい生きていくこととなった。精神的にも安定し、精力的に仕事をこなした。その間エンジニアリングの才にめぐまれた私は、皆と力を合わせてロドスを移動要塞都市に仕立て上げることに成功した。
チェルノボーグでドクターが瀕死の重症を負ったと聞いた時には背筋が凍った。血の提供者がいなくなるという恐怖もあったが、それ以上にドクターに情が移っていたことのほうが大きい。
不安で眠れぬ夜を過ごしたあと、ドクターが意識を取り戻し無事ロドスに帰還したと聞いて心底ホッとしたが、無情にも彼は過去の記憶を失っていた。ロドスのことは勿論、私のことも。
そして今に至るが、それ以来彼の血は吸っていない。勿論、他の人の血も。記憶を失ったドクターに、以前はあなたの血を貰っていたからこれからも頂戴、とは言えなかった。当初はすぐに戻ると思われたドクターの記憶も、一向に戻る気配がなかった。今のドクターなら過去の経緯を話して血を貰うこともできるような気もするが、そんなことをしたら彼に嫌われるようで、怖くてできないでいた。
記憶を無くしてからのドクターは、前とは人柄が変わってしまっていた。以前のドクターは無愛想で、誰に対しても厳しく皆に恐れられる存在だったが、生まれ変わったドクターは温厚で、オペレーターたちにも優しく接する親しみやすい人物になっていた。
私は以前の武骨なドクターにも好感を抱いていたが、多くのオペレーターたちにとっては今のドクターの方が好まれるようだ。戦闘では以前と変わらず卓越した能力をみせる不敗の指揮官。それでいて部下のオペレーターたちにはさりげない気配りと配慮ができる。自然と人気が集まり、今では男性のオペレーターたちからは尊敬を集め、多くの女性オペレーターたちからは熱い関心を寄せられている。ちょっと寂しい気もするが、それ自体は問題ではない。
ブラッドブルードにとって、血の契約は何よりも重い。恋とか愛とか、そういった感情よりももっと深い場所に私のドクターへの想いはある。だからドクターが他の女の子たちと戯れていても、特に気にはならない。……まぁ、少しは嫉妬することもあるけどね。
それにドクターは以前より頻繁に購買部にやってくるようになった。以前はほぼ仕事上の関係に終始していたが、今では雑貨品を買いにくるだけではなく、特注品の依頼や、ただ雑談するためだけにくることすらある。だから、以前よりもドクターのことを多く知るようになったし、私の中での彼への好感度も上がっている。
ただそれも、血の契約があってこそのものだ。もうかれこれ一年近くも彼の血を飲んでいない。これまでずっと我慢してきたが、ドクターへの好意レベルが上昇するのに比例して、彼の血への欲求も抑えがたくなってきており、もうそろそろ限界だった。
ある日、いつものようにドクターがふらりと購買部にやってきた。
「やあ、クロージャ。いつものある?」
「いつものね、あるよ。ハイ!」
そう言って私はいつものサンドウィッチと栄養ドリンクを渡す。
「今日も忙しいの?」
「ああ、今日中に仕上げなくちゃならない作戦報告書があってね」
「あんまり無理しちゃダメだよ。たまには休まなきゃ」
「まあ、なんとかなってるよ。最近は体調もいいし」
そう言って明るく笑うドクター。
私はそんなドクターを見て暫し思いを巡らせた。
「どうかした、クロージャ?」
「………」
私はずっと胸の奥にしまっていたことを口にするか迷った。
「クロージャ?」
悩んだ挙句、思い切って言ってしまうことにした。
「ねえ、ドクター。私と契約を結ばない?」
「へえ、どんな?」
「ブラッドブルードは血を求めるの」
「知ってる。ワルファリンもそう言ってた」
「そして私もブラッドブルード」
「うん」
「だから、ドクターの血を少し分けて欲しいの」
「私の血を?」
「そう…ダメ?」
「いいよ」
ドクターは即答した。
「えっ、いいの⁉︎」
「献血みたいなものだろう?」
「うーん、ちょっと違うかな。血の契約はもっと重いの」
「?」
「ドクターはこの先ずっと私に血を提供しなくてはならない。その代償に、私はドクターに永遠の忠誠を誓うわ」
少し考え込むドクター。でも決断は早かった。
「いいよ」
「えっ、いいの⁉︎」
「だって血をあげるだけで、クロージャの忠誠を得られるのだろう? 安いものさ」
「本当に?」
「本当だよ。で、どうすればいい?」
「……じゃあ、シャツのボタンを外して首筋を見せて」
以前は腕からもらっていたが、頚動脈あたりの首筋からいただくのが最も美味とされる。せっかくだから、そこから頂くとしよう。
ドクターは言われたとおりシャツのボタンを外し首筋を見せる。ドクンと私の心臓が脈打つ。
「これでいい?」
「十分よ。じゃあ、行くね」
正面からドクターに抱きつき、首筋に顔を埋める。ドクターの匂いが鼻腔をくすぐる。ドキドキが止まらない。
「痛くしないから、大丈夫だからね」
「よろしく頼む」
私はかぷりとドクターに噛みつく。痛みはないようだ。
血が溢れ出して私の口の中に入ってくる。新鮮な血に匂いが私の中に充満し、あまりの甘い香りに意識が朦朧とする。懐かしい、と私は思った。
そのままコクコクと喉を鳴らしながら血を啜る。
1分間ほど吸い続けたあと、私は吸血をやめ傷跡をペロリと舐めて塞いだ。
「ありがとう。大丈夫?」
彼に抱きついたまま、礼を言う。
「ああ、ちょっとフラつくけど大丈夫だ」
「ごめん。美味しすぎて夢中になっちゃった」
「いいさ。こんなもので良ければいつでもどうぞ」
「えっ、本当?」
「もちろん」
「だって」と彼は続ける。
「これで君は私のものなのだろう? クロージャ」
ドクターは口元にニヤリと微笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、私の体はゾクリと震えた。
ひょっとしてこの男は悪魔か何かなのだろうか? そう思えるほど、その笑みは冷たく、甘美なものだった。
「……そうね。これで私はあなたのものよ。ドクター」
そう言って私はドクターに抱きつき、彼の唇にキスをする。
さきほどとは違った幸福感に包まれる。今まで感じたことのない不思議な感覚だった。
「契約完了っと♪」
私は嬉しくなって彼にぎゅーとしがみつく。
「これであなたも私のものよ、ドクター!」
なーんで、実装されないのさ……この子…