表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/203

作戦開始

 このゲームがクソと呼ばれる理由は挙げ出したらきりがない。

 運営はクソだしゲーム内容もクソだ。おまけにプレイヤーの民度もクソである。クソまみれだ。叩けばホコリではなくクソが飛び散る最悪なゲームだ。


 そんなクソゲーであるNGOではあるが、数少ない美点もある。現実の肉体に準拠するという制限こそあるものの、アバターの操作感は他のVRゲームと一線を画す優秀さである。

 現実のようなリアリティを自称するだけあって、グラフィックの鮮麗さも他の追随を許さない。

 クラフト要素の自由度も地味ながら称賛されている部分である。


 掃き溜めに鶴、いや、肥溜めに宝石とでも言うべきか。

 開発が有する技術力は他の企業に大きく水を開けている。数多くのプレイヤーをクソの濁流で押し流しながらも、未だにサービス終了に至っていないのはそれが大きな要因だ。


 何か一つ大きな転換点があればこのゲームは神ゲーになれる。それは、サービス開始後から多くのプレイヤーから言われ続けている甘美なる毒のような言葉だ。

 優秀な人材が登用されたら。運営がやる気を出せば。全ての要素が解放されれば。


 所詮はたらればの話だ。だがしかし、その一言で切り捨てられるほど人は未練に対して非情な決着をつけることが出来なかった。


 一縷の望みに縋り付き、無駄と嘲笑われるような行動を繰り返すものがいた。

 常に人の最前線に立ち、秘められた可能性を暴こうと駆けずり回るものがいた。

 自らを道化に仕立上げ、離れていく視線を惹き付けんと笑顔の仮面の下で苦悩するものがいた。


 惰性で世界に入り浸り、神にツバを吐き続けるだけのものもいたが、あるいはその行為すらも期待の裏返しであったのかもしれない。


 様々な思惑があって、それでいいと思った。もとよりこのゲームはMMO。千人いれば千通りの考えがある。似たようなベクトルを持った集団があったとしても、完全な意思統一なんて洗脳でもしない限り不可能だ。


 やりたいようにやる。やりたいからやる。ゲームを健全に楽しもうと思ったとき、根本にあるのは、結局そんな欲望だ。


 このゲームの自由度は――それがクオリティに結び付くかを抜きにすれば――高く、あらゆる欲望の受け皿となった。中にはあまり褒められたものではないものも存在する。


 出会い目的の接触。好みのプレイヤーを囲って楽しむため。人の嫌がる顔が見たいから。


 本当に、万人いれば万通りの考えがあるものだと実感する。

 現実のしがらみという厄介な(くびき)から逃れたプレイヤーたちが織り成すのは混沌の坩堝(るつぼ)そのものである。


 だが、だからこそ、剥き出しになる欲望に蓋をすることも重要なのではないかと思うのだ。


 このゲームは衰退するべくして衰退した。ゲームの出来は甘く見積もってもクソであるし、運営に対して秀、優、良、可、不可の評価をつけるとすれば糞になる。不可では足りない。


 だが、衰退の最大の要因はプレイヤーのモラルであることは想像に難くない。最初期の殺し合いオンライン。剣士至上主義、他職排斥運動。これらの悪しき文化はプレイヤーが生み出したものと言っても過言ではない。


 僕はそれらの暗黒時代を経験したことがないので確かなことは言えないが、それでも結局のところプレイヤーの意識一つでどうにかなったのではないかと思う。


 そしてそれは今起きている騒動にも言えることである。

 一部プレイヤーが新コンテンツを独占し、新規プレイヤーや復帰勢を食い物にする現状。プレイヤーがプレイヤーを排斥し、ゲームへの参入すら拒むような状態は健全であるとは言えない。


 それは負の歴史の再現だ。彼らは衰退への引き金に嬉々として指をかけ、それを引くことに躊躇いがない。散らした血の一滴が、ゲームの寿命であると気付いている者が一体どれほど居るものか。

 過去に学ばない、学ぼうとしない悪質なプレイヤーには落胆を禁じ得ない。


 夢か何かであってほしかった。プレイヤーはとっくに銃器から興味をなくしていて、いつも通りの拍子抜けするような光景が広がっていてほしかった。


 あれだけ周到に用意した作戦も全て無駄になって、後々のちょっとした笑い話の種になってほしかった。努力した意味がなくなったと愚痴などこぼしながら、まあ平和に越したことはないよと笑い合いたかった。


 まだ夢の続きを見ていたかった。


 未練タラタラの僕を銃弾が出迎えた。頭に走る軽い衝撃。

 それは諦念からの逃避なのか、僕は本当にヘッドショットを防げるなんてこの防具すごいなぁ、などと取り留めもない事を考えていた。


 弾が飛んできた方向に目を向ける。狭まった視界の中、唖然とした表情のプレイヤーを確認した。

 狼少年装束(きぐるみ)を見るのも、ヘッドショットで倒れなかったプレイヤーを見るのも初めてなのだろう。どうやらあれがリスキル担当のようだ。


 ぐるりと辺りを見回す。

 噴水広場前は相変わらず酷い有様だった。西に陣取るはレッドネーム連合。東に陣取るは『ケーサツ』連合。大通りを境にして、他人の迷惑を省みない銃撃戦が未だに展開されていた。


『ケーサツ』の一人が投げた小型爆弾が街を破壊していく。運良くリスキルから逃れたであろう粗末な服を着た新規プレイヤーが余波を受けてポリゴンになった。

 どさりと音がしたので隣を見れば、頭を撃たれて倒れ伏すプレイヤーが一人。リスキルされたのだろう。自宅を登録していなかった場合、逃れる術はない。


 ぼうっとしていたら続けて二回頭部に衝撃が走った。追撃を入れられたようだ。腹を括ってきたはずなのに、どうやらまだ気が抜けていたらしい。


 瞑目一秒。切り替える。未練を断つ。僕は大型爆弾竜虎を取り出した。


 やりたいようにやる。なら、やりたいことがやれなくなったその時は。


爆殺()りたいように爆殺()る。それまでさ」


 僕は指を鳴らした。点火一秒。悪党には祈る(いとま)すら与えない。

 救世をもたらす正義の光が闇を切り裂いて迸る。響く轟音は鬨の声。立ち昇るは反撃の狼煙。悪の征伐を為す大輪、その嚆矢だ。


 噴水広場一体が更地と化す。プレイヤーと建造物がポリゴンとなって空に還ってゆく。広場のシンボルである噴水も全損し、リスポーン地点としての機能を失った。計画の準備は整った。


 遮るものが無くなり、見晴らしが良くなった広場で僕はもう一つ爆弾を取り出した。


 民度浄化計画。それは街全体に()()爆発が響き渡った時点で開始される。

 はじめの一発は見にくい(醜い)モノを吹き飛ばすために。そして続く一発は僕の生きた証をより美しく焼き付けるため。


『花園』ギルドハウスの城の最上階で一人のプレイヤーに待機してもらっている。これから咲かせる大輪を余さず記録してもらうために。


 チラとメニュー画面を見る。ちょうど時間が十八時半を回ったところだった。

 装備を着ぐるみから普段着へと戻す。ここから先は視界不良のままではもったいない。


 僕は花火玉を高らかに掲げた。万感の思いを込めて指を鳴らす。導火線に火を灯す。爆発までの刹那、チリチリと導火線を侵食する音がやけに鮮明に聞こえた。


 闇を祓えと華が咲く。瞼に焼き付くようなまばゆい光も、心胆を震わせるような音の衝撃も、完璧に再現してみせた自信作だ。

 打ち上げる装置がないので完全な円ではなく半円状の華になるが、それも水上花火のようなある種の趣きというやつだろう。


 作戦開始の合図は済んだ。光がおさまり、爆音が夜の闇にこだまする。余韻を味わうような静寂の後――街が光で塗りつぶされた。

 星の光を、それでは足らぬと言わんばかりに地上に輝く華が咲き乱れる。菊。牡丹。冠。色も種類も様々入り乱れたそれは、手入れがなされていない花園のようであった。


 職人達が綿密な打ち合わせをして創り上げるそれとは比べ物にならないほどに稚拙。当然だ。僕たちはプロでもなければノウハウもない。機材もない。適切な配置など知らないしカラーコーディネートも素人同然だ。


 だが、それでも。


「いいね。すごく、いい」


 僕は自分の仕事に満足した。


 近くで起きた爆発の爆風に煽られ目を眇める。僕の所有を離れた爆弾が起こす現象は僕に影響を与える。爆風に煽られるのはこんな感じなのかと今更な経験におかしくなり笑みが溢れる。


「なーに浸っちゃってんのー? らしくないなぁー」


「あなたのことは気に入らないけど、美的感覚だけは認めてあげるわ〜」


「ふん、まあ、上出来なのではなくて?」


 無事に爆破を終えたシリア、ユーリ、シラギク、他『花園』戦闘職連中が集まってきた。ここまではそれなりに順調だが、そろそろ妨害を警戒しなければならない。


「首尾はどう?」


「これといったトラブルは特に。あなたが噴水広場に居るっていう情報を掲示板に流しておいたから、そろそろプレイヤーが駆けつけてくるんじゃないかしら?」


「そう。じゃあ、護衛は宜しく」


 僕の役割は爆破組がスムーズに動くための囮だ。今なおひっきりなしに大型爆弾と花火玉が炸裂しているが、街全域を更地にするにはもうしばらくの時間が必要になるだろう。


 誘導が済んでいるならじきに戦闘が始まるはずだ。銃を撃たれたら死んでしまうので狼少年装束を再度装備する。視界不良になるが背に腹は代えられない。


「ぷっ!」


「ンブフッ!」


「……なにさ」


「何でも、フフッ、ありませんわ」


 何がおかしいのか『花園』連中が顔を背けてクスクスと笑っている。せっかく心地よく浸っていたのに水を差された気分だ。


「うーん、ギャグセンス高いねぇー。嘘ついてばっかりのライちゃんにぴったりだぁ」


「うるさいよ」


 けらけらと笑っている連中をまとめて吹き飛ばしてやろうかと思ったが、もうインベントリには大型爆弾も中型爆弾も残っていなかった。


 僕は所在なさげに腕を組み、空を見上げて後悔した。

 しくじったな……ホシノに幽世渡しをあげるんじゃなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ