五輪で女子に義務化の遺伝子検査 競技の公平性と多様性の包摂との溝
記者コラム「多事奏論」編集委員・稲垣康介
冒頭の1行目から、手厳しい。
「これは五輪における後退だろう」
4月4日付の朝日新聞「社説」だ。
国際オリンピック委員会(IOC)が2年後のロサンゼルス五輪から、女子種目の出場資格を「生物学的な女性」に限定し、その確認のために遺伝子検査を導入することを決めた。
「社説」は女性に性別を変えた選手や性分化疾患の選手が実質的に締め出される「深刻な差別行為」だとし、「方針を一度撤回し、検討を尽くすことがIOCには求められている」と結論づけた。
性の多様性は尊重されるべきである。
一方で、競技の公平性と安全性への配慮も大切だ。「社説」は、その点に物足りなさを覚えた。男女間では筋力、骨格、心肺機能など身体の発達に差がある。陸上、競泳の世界記録を見ても、男子が女子を上回る。ボクシングで肉体的にこうした優位性を持つ選手と女子選手が殴りあえば、けがの危険性は増す。
昨年6月、IOC史上初の女性会長として就任したコベントリー氏は「女子種目の保護」を掲げ、今回の結論に至った。課題は残るが、競技の公平性と安全性に軸足を置くなら、「前進」だろう。
五輪での性別確認検査は、驚異的な記録を出す女子選手が「実は男性ではないか」という疑いを持たれたのが出発点とされる。1968年から採用されたが、検査の科学的な不正確さや人権侵害といった批判があり、2000年シドニー五輪から廃止された経緯がある。
今回、国内外の100を超す人権団体などは方針に批判的な共同声明を出したが、SNSでは好意的な反応が目立つ。
混同されがちなので、男性として生まれ、女性を自認するトランスジェンダーと性分化疾患の選手を分けて論じたい。
IOCの新方針でトランス女性は女子種目には出られなくなる。骨格の形成や筋肉の増加を促すテストステロン値をホルモン治療で下げたとしても、思春期を経る過程で得た身体的特徴の多くは完全に消えないとする研究結果もある。五輪のようなエリートスポーツの女子種目に参加を認めることへの抵抗感は理解できる。一方、日々の暮らしで性自認が尊重されるべきなのは、言うまでもない。
出生時から女性として育ちながら、筋力、骨格などで男性的な体への発達を促す「SRY遺伝子」を持つ、いわゆる性分化疾患とされる選手はどうか。
IOCは検査で「SRY遺伝子」の有無を調べる。この検査方法の科学的な信頼性、医療目的以外での利用などについて、反対派は重大な懸念を示す。
架空の物語にする。競泳で女性として生まれ育った15歳が世界記録を塗り替えた。メディアは「天才少女」と祭り上げたが、五輪を見据えて受けた検査で「SRY遺伝子」があると判明。金メダル候補から一転、事実上、五輪への道が閉ざされる。先天的な個性としての筋肉などの発達なのに「女子」のカテゴリーからはじかれる。想像するべきケースだ。
万人が納得する答えがない二律背反。それでも、42歳のコベントリー会長は、全員一律の遺伝子検査に踏み切る。競泳選手として金二つを含む7個の五輪メダルに輝いた。「五輪は、ごくわずかな差が勝敗を分けるのです」と訴える。
頂点を極めた自負が、競技の公平性に重きを置く決断の源なのか。少なくとも、ロス五輪を控え、排他的なジェンダー政策を打ち出すトランプ米大統領への忖度(そんたく)だと安直に結びつけたくはない。
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験