朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』が二度と読み返したくない傑作だった
まず大前提として、私は朝井リョウ作品が大好きです。
朝井リョウは極めて忠実に現実世界を描写します。一つの正しさに肩入れすることがない。そこが大変誠実だと思います。
特に『生殖記』という作品が個人的には一番好きで、社会への問題提起と見せかけた切実な個々の思いが「痛い」小説です。
『イン・ザ・メガチャーチ』とは?
朝井リョウ作家生活15周年記念作品だそうです。
おめでとうございます! 15年第一線の作家として生きているというのもすごいけど、クオリティが上がり続ける一方なのも脱帽です。
『イン・ザ・メガチャーチ』 日本経済新聞出版社公式ページの広告文を引用しましょう。
沈みゆく列島で、‟界隈”は沸騰する。
事実と解釈、連帯と暴走、成長と信仰、幸福と中毒、人生と孤独
——呑むか、呑まれるか。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
あらすじを見ると「推し活」がテーマの小説らしい。
確かに、最近推し活という言葉が流行している。
私にも推しはいて、推しの健康を願い、作品や関連グッズを購入したり熱心に他人に勧めたりしますが、どうも推し活という言葉を当て嵌められると違和感があります。推しを熱烈に応援しているキモいオタクというだけで、それがアイデンティティになっているわけではないし……というような。
それで、あらためてこのあらすじと併せて考えると、「推し活をしてる人もアイドル(または運営?)もどっちもカス! マジで幼児性溢れる奴らばっかのクソみたいな国、この社会病んでるよ」みたいな内容なのかな、と予想するじゃないですか。
まったく違いました。浅はかで貧困な発想の人間ですみません。
ネタバレなしで紹介したいのでネタバレにならないよう注意を払ってあらすじ。
物語はざっくりと分けて三視点で進行します。
①意識だけ高い海外志向の女子大生
②推し活でなんとか他人と繋がっている三十代未婚派遣会社員
③離婚し、キャリアも頭打ちの47歳男性会社員
三人とも、特に良い人でも悪い人でもありません。本当にその辺にいそうな、ものすごく困っているわけではないが、身近な不幸を抱えた人です。
三人ともに共感する部分と不快感を覚える部分があります(不快感多めです)。
物語の転機は俳優の藤見倫太郎が若くして死んだこと。藤見倫太郎には「りんファミ」と呼ばれる熱烈なオタクたちがついていて、②も「りんファミ」です。
序盤は推し活を馬鹿にし、「りんファミ」がTwitterのトレンド入りする様子を見て「海外から見たらこんなの恥ずかしい」という感想を持ちながら、実のところ自分が空虚でなんの能力もないのに意識高いことを言いたくなる人間だと気付いている①、唯一の年上の友人とともに推し活に没頭しながらも、大切なことから目を逸らしたい・孤独になりたくないから推し活をしているのだと深層心理で自覚的な②、自分が時代に取り残されていることにやるせない思いを抱えつつも、それは自分の人生の答え合わせであると諦めている③の話がばらばらに進行していきます。
神(読者)の視点だと、「そいつやなやつだから離れなよ」とか「そんなふうに考えるなよ」とか思いますが、まあ、ふつうに生きてて、あんまり運が良くなかったのかな、みたいな人たちの話です。全員、自分があまりうまくいっていないことだけでなく、うまくいかない理由についても自覚的なので、「自覚によってドライブする話」ではないことが分かります。
話が少しずつ進むにつれて、当初予想していたような、「騙す側も騙される側も狂っとるね」みたいな展開にはなっていきます。ただ、それがオチではない。
途中で私の大好きな陰謀論者も出て来て、それぞれの物語は交差し、いよいよ取返しのつかない感じになっていきます。
448ページの襲い来る不快
マジで人間の嫌な部分を浴びせられました。
人間の嫌な部分といっても、「醜さ」ではないのが朝井リョウのすごいところです。
マジで「沈みゆく国で」とか広告打った奴誰だよ。そんな国とかの話じゃないよこれ。
問題提起に見せかけた全方位攻撃ですよ。
推し活が批判されているわけではありません。朝井リョウは全員を攻撃してきます。
男・女・老人・若者・シゴデキ・無能・正義・悪・陰キャ・陽キャ
作家が全方位攻撃小説を書いていると安心する
文章が上手い作家さんほどスルっと読まされてしまう確率が高いのですが、「この作品は面白かったけどこの作品の根底に流れるこれが正しさだ! という雰囲気は苦手だ」と思うことが多いです。特に正しくない者の末路は作品の中でいじめっ子をやっつけているようなやな感じ(共感性羞恥にも似ている)を感じたりもします。
朝井リョウは決してどちらかに肩入れすることはありません。
しかも、「考えを変えたらうまくいった」のようなことも許しません。残酷なほどに現実的です。
最初から最後まで明確に「騙している側」である人物も登場するのですが、朝井リョウは彼のことすら痛快に描写するわけではなく、彼もまた「なんだかアレな普通の人」なのです。
誰も許してくれない朝井リョウ
大ヒット小説『正欲』を読んだときに少しだけ思ったんです。
「確かにものすごくおもしろかった。でも、加害性の高いマイノリティの実情は避けているのでは? 朝井リョウほどの人間が書けないわけはないんだから」とほんの少しだけ。
あれは朝井リョウの優しさやったんやね。
朝井リョウが本当に全力で現実を描いてしまうとこんなに心に傷を負うんやね。
ラストは絶望的な終わり方なのですが、その「絶望感」が一番フィクションっぽく、唯一の救いだと思いました。
とにかく大傑作。異論は認めない。しかし私はもう読み返さないだろう。
間違いなく面白いです。
けど、絶対に読んだ方がいい!というオススメは良くない。
『イン・ザ・メガチャーチ』は確実にあなたの心を傷付けます。
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