コロナ禍の時に「日本はあれをしろ」「これをするな」「首相に殺される」と騒ぎ立てる人を大勢見てきたが、現時点で振り返ると、そういう人々(野党政治家含む)の意見より政府が実行した政策の方が概ね適切だったと認識しているので、いま「高市に殺される」と騒いでる言説には慎重に接している。
何が正解か誰にも判らない状況なのだから「あれをしろ」「これをするな」まではよいとして、「高市に殺される」の理路は見えないし、いま首相を替えるメリットも判らない(デメリットはいくつか思い当たる)。
大事なのは日本が無事に乗り切ること。そのために首相交代は適切か否か。
誰かが示した“正解っぽいもの”に、ろくに自分で検証しないまま飛びついて、賛同しない人を敵として攻撃しまくるような人も結構見かける。
そういう人は「何が正解か誰にも分からない」という状況自体のストレスに耐えられないのかな、と感じることはある。
一応いっとくと、〈誰かが示した“正解っぽいもの”に、ろくに自分で検証しないまま飛びついて、賛同しない人を敵として攻撃しまくるような人〉は党派性を問わず、どこにでもいる。政府を否定すりゃいいというものではないのと同様、政府を盲信すりゃいいというものではないのは、言うまでもない。
末尾の留意もふくめると、一般論として正しく読める部分もあるが、「何が正解か誰にも判らない状況」という前提を滑りこませて首相批判を封じるところなどは詭弁だ。
また、野党政治家の意見と政府が実行した政策を単純に比較しているところも良くない。
たとえば新型コロナ禍の初期にお肉券やお魚券という利益誘導につながるような政策をおこなおうとして、国民民主党や維新もふくめた多くの野党から批判をあび、断念したことがある。
配れるのは「現金」ではなく「マスク2枚」という安倍政権のお粗末さ 「お肉券」「お魚券」で時間もロス | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
今回の「お肉券」「お魚券」については、野党などから激しい批判が巻き起こった。特定の業界だけの利益につながりかねない「利益誘導」だというのである。危機を理由に特定業界がメリットを受ける助成制度は問題というわけだ。
結局、「お肉券」「お魚券」構想は頓挫し、前述の自民党政務調査会の提言には盛り込まれなかった。
「見物の念仏@nenbtunotetsu」氏の理屈では、野党が提案や批判して政府与党が政策にもりこまれると、その修正後の政策をおこなった政府与党の成果となってしまう。
もちろん提案や批判を受けいれた政府与党の成果でもあるだろうが、逆に政府与党は政策の責任者として野党の意見を飲んで問題が起きた時の責任も負わなければならない。
とりあえず野党の意見と比較するべきは与党の意見だろうし、政策にどちらの意見がどのように反映されたかを見ていかないと比較することは難しい。
何より、アベノマスクの妥当性を主張する人物の、新型コロナ禍対応評価をどうすれば信用できるのだろうか。
「サージカルマスクを医療現場に優先して回したいので、一般人は布マスクを使ってください」というアベノマスクの趣旨からすると、この記事の結論は「必要!」となって然るべきなのに、なぜこの見出し?アベノマスクは不要…医師1200人に聞いた医療現場の危機 〈週刊朝日〉
https://dot.asahi.com/wa/2020042200059.html
アベノマスクは「狙いに意義はあったけど、時間がかかりすぎて、狙ったほどは効果が出なかった」政策だと思っている。そして、時間がかかった理由には、構造的なものもある。
その全体像を見て今後に生かすのが政治家や新聞記者の仕事だと思うんだが、「○億円の無駄!」しか言わない人たちって…。
当時に不足していたのは不織布マスクであって、自家製もできる布マスクが不足していたわけではないことすら認識できていない。
また不織布マスクが供給できるようになっても布マスク配布事業を止めなかった*1ことは遅かったという問題ではない。衛生面の問題もあった布マスクを介護施設にまで配布しつづけ、定着させようとしたのであれば、それ自体が出口戦略の失敗だ。
それに効果が出なかったことを問題と認めつつ漠然と構造に原因を求めるならば、きっと高市政権のさまざまな政策の遅れも同じように構造に責任を転嫁できてしまう。それは事実上、政府への妄信と大差ない。