店の暖簾をくぐった瞬間、ここが猫カフェの延長線上にある場所ではないことを悟った。静かすぎるのだ。
一般的な猫カフェにあるような軽やかな鈴の音や、蠱惑な鳴き音が、ここではすべて吸い込まれている。
案内されたのは畳の個室。座布団に腰を下ろすと襖の向こうでかすかな気配が揺れる。人の気配ではない。だが、こちらを意識している何かの存在だけが確かにある。
やがて無言のまま一匹の猫が入ってきた。
店員ではない。いや、正確には店員であり、店員そのものなのだろう。毛並みは整えられ、光を含んだように柔らかく、歩くたびにわずかに空気が変わる。こちらを一瞥すると、まるで手順を確認するかのように一度だけ瞬きをした。
――これが、“お吸い物”か。
顔をうずめ、温もりと匂いを盗む、半ば衝動的な行為。しかしここではそれが完全に制度化されている。
そっと顔を近づける。
毛の一本一本が、ただ柔らかいだけではなく、どこか整えられた流れを持っている。鼻先に触れた瞬間、ほのかに温かい匂いが立ち上がる。それは単なる動物の匂いではない。清潔さと、わずかな野性と、そして時間のようなものが混ざっている。
吸い込む。
その瞬間、奇妙な感覚に襲われた。
匂いを吸っているはずなのに、どこか自分が吸われているような気がするのだ。こちらが猫に触れているのではなく、猫という存在にこちらの感覚が包み込まれていく。境界が曖昧になる。
ふと顔を上げると、猫がこちらを見ていた。
無表情。と言ってしまえば簡単だが、そこには確かに見られているという感覚がある。評価されているわけでも拒絶されているわけでもない。ただこちらの存在をそのまま受け入れている。
なるほど…と妙に納得する。これは“吸う”ものではない。“吸われる”ものなのだ。
日常の猫吸いが一方的な摂取だとすれば、ここでのそれは相互作用に近い。こちらが猫を感じているのと同時に、猫もまたこちらを感じている。その往復の中で、ようやく成立する。
膝の上の重みがほんの少しだけ変わった。猫が体勢を整え、再び静かに目を閉じる。
どうやら、お通しはまだ終わっていないらしい。
この店では猫吸いを“いただく”のではない。時間ごと差し出され、それに身を委ねるだけだ。
吸い物としての湯気は立たない。だが確かに、ここには目に見えない何かが立ち昇っている。
それを吸い込んだのか、それとも吸い込まれたのか――
その区別は、もうなくなっていた。
猫鍋もある?
創作するのは構わん。高級料亭→「猫吸い」というギャップをオチにしたいんだね。分かるよ。 でも、想像で料亭を書いたところで、読者は「ああ、この人は料亭にいったことないん...
「お通しでございます」 ... ――これが、“お吸い物”か。 先ずここ、「お通し」なのになんで「お吸い物か」なんだよ、おかしいだろ。 それよりも、料亭で「お通し」なんて聞い...
よしなよ
素人が、ラノベや生成AIだけを参考にして、稚拙な作品を作る。それを別の素人が褒める。幼稚園の壁に貼ってる絵みたいな、誰も批判しない平和な世界だ。いい年した大人がやることじ...
なんだ、猫食えるわけじゃないのか。 駄文。 また食べたいんだけどなかなか店がないんだよなー
今は猫がフライパン持って料理してるAI動画がいくらでもあるからありがたみが
ジャップの猫欲は異常