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男から女へ性別移行して埋没して生きてきたトランスジェンダー当事者が語る普通の中を生きてきて(2021年2月13日講演会にて)

はじめに

2021年2月13日住吉区民センターにて、大阪を拠点にLGBTの支援啓発を行っておられるLife Hospitality Management Service様主催の講演会に登壇させていただきお話しさせていただいた内容を文字起こししたものになります。
所々、話口調的な表現になっていてお見苦しい部分もあるかと思いますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

本題

私は18歳からニューハーフという生き方をしてきて、戸籍を女性に変えてからは、自分の元々の性別をひた隠しにして女として世間に埋もれて生きる埋没という生き方を、それが正しいあるべき姿なんだと思って生きてきました。

しかしながらその中には自分の本当の幸せというものはなかった。

それはその外にあったというお話をさせていただきます。

性別の不一致

性別の不一致と言いますけども、頭で認識している性別と身体の性別が一致しないわけで、一見周りの人からしたら男で、生まれた時の性別が男なんですけど自分自身頭で認識している性別は女である場合には、そのズレをなんとかするには、自分の認識を体に合わせるか、体を自分の認識に合わせるかという手段に出るわけです。

これってそうじゃない人からしたら、なかなかファンタジーな話で、例えば男性の方だったら、自分は男性なのに体が女だったら、女性の方だったら、自分は女性なのに体が男だったら?

考えてみてください。

怖くないですか。

その上で、周りからは身体の性別として扱ってくるんですよ。

怖くないですか。

そんなのはもちろん現実にはなくて、漫画や小説の中の話でしかないわけですが、まあそんなことをリアルに起こしてしまっているのがトランス当事者になるわけです。

側から見た認識

だから、当事者は自分の頭の認識と体の不一致を合わせようと必死に頑張るわけですが、知らない人からしたら、それがわからないから、その姿が滑稽に見えたり、悪意なく傷つけたり、ひどい人だとバカにしたりするわけで。

これは一部の精神疾患に対する他者の理解に似ているものがあると思います。
鬱の人をやる気がないとかサボり癖とか、解離性障害を演技だの厨二病だとか構ってちゃんとか、発達も障害のせいにして逃げてるだけとか、側から見たらわからない目には見えない障害だけに、要らぬ邪推をしてしまうのでしょう。

同じく性違和に関しても、元々の性別の責任から逃げたいだけだとか、楽したいだけだとか言われたりするわけですが、わからない人からしたらなぜそうやって生きるのかが理解できないからこその邪推なんじゃないかと思います。

オープンで生きるというリスク

だからこそ、トランスであることを明かして生きていると、そんなふうな目で見られてしまったり、無理解からの心ない言葉に傷つけられたりします。

初めにお話ししたように男性の前で裸にさせられるような扱いを受けたり、トランスであることを理由に恋人に理不尽な別れを突きつけられたりします。

男だから気持ちがわかるだろうと性的な面での暴力を当たり前のように受けたりとか、それを警察に相談したら逆にそんな格好してる君に問題があるんじゃないのかと、悲しいですが男として扱われることが多くなります。

クローズで生きるまで

元は男で生まれて、その体が自分の頭の認識の性別に一致しなかったために、健康な体にメスを入れて投薬して、自分の認識する性別に近づけたのに、なぜわざわざその元の合わない性別を明かさなければならないのか。

ニューハーフを辞めて戸籍上の性別を男から女に変えたばかりの頃の私はそう考えていました。

ニューハーフの世界にいた頃は、まだ特例法なんて物もなくて、

「おかまは所詮死ぬまでおかま。そうやって生きていくしかないの。」

男に戻るか、水商売か風俗か。そんな時代で、昼間女として生きたいなんて考えるのも憚られるくらい、当時からしたら今の埋没なんて生き方はファンタジーで、夢見てんじゃねーよ。勘違いしやがって。ホルモンのやりすぎてボケたか!と笑われるくらい今では考えられないような世界でした。

カルーセル麻紀さんが、戸籍上の性別を変えてから一気に今寄りの世の中に潮目が変わったわけですが、

やはりそれまでというのは当時少なからず存在した埋没の人に対する業界の風当たりというものはきつく、戸籍の性別変更をして昼職に転職したいと相談しても声高々にバカにされ全否定され、時には暴力も介して引き止められました。

まあ、そんな時代でした。

同族嫌悪

そんなこともあって、埋没当初は同族嫌悪を拗らせてしまいまして、埋没という生き方だけでなく、同業との関係の一切を断ちました。

性別変更もしたんだ。もう男の頃の自分とはおさらばだ。男だった頃の自分に足を引っ張られることはなくなったんだと意気揚々と、一方でオープンで生きる人を冷ややかに見つめていました。

なぜ、男でいるのが苦しいのにわざわざそれを晒して生きるのか。男を売りにするくらいなら、それはもう男じゃないのか。

こういう人間がいるから、ちゃんと女で行きたい人もそんな目で見られて、周りから同じように扱われる。

それなら、絶対に自分の素性を明かさない。

明かしたくない。

そもそもあいつらと私は全くの別物なんだと考えていました。

きっかけ

女としての生活を何不自由なく送っていたのですが、ある出来事が私の人生を大きく変えることになりました。

それは、当時お付き合いしていた彼とのことでした。当時周りには一切自分の素性を明かしていなかったのですが、お付き合いしていた彼と家族だけはそのことを知っていました。

それでもいいと言う事でお付き合いをしていたのですが、さらに結婚を前提にということだったのですが、彼の故郷に引っ越しする前々日突然別れを告げられたのです。

理由はトランスだということ。

彼は子どもが大好きだったので、直接的には告げられなかったのですが、そう言う事だと思います。トランスである私とは関係は続けられない。

だから、終わりにしたい。と告げられました。

違和感

そんなわけで彼との関係も、先の予定も全部白紙。彼に対する怒りは勿論、でも結局自分自身の在り方に行きついてそこを責めてしまうんです。

私自身の過去を恨みました。

どれだけ自分の過去を否定してひた隠しにしたところで、過去の自分に足を引っ張られてしまう。その件で嫌ほど思い知らされました。

また、そのことを誰かに話したい相談したいと思っても、それを話せる相手がいないんです。

なぜならば、私の素性を知らない人に、それを話すということは自分の素性を明かすことになるから。

だから、事実を曲げて伝えては見るけど、いったいなんの話をしているのかよく分からなくなるわけで、その出来事を機に違和感を抱くようになりました。

変化

それ以外にも、年齢とともにやってくる様々な身体の不調もだんだん現れてきました。

悲しいかな男でも女でもない私の体のことですから、やはり男女のそれとはまた異なる部分があり、それはホルモンバランスです。
体外から無理やり取り入れているため、やっぱり気軽に相談したい話を聞きたいとなるのは同じ境遇だった人でした。

手前勝手な話なんですけども、自分から関係を断ち切っておいて、同じトランスの方の体験とかアドバイスを求めて、ある程度の匿名性が確保されたSNS上で自分の素性を明かすことにしました。

また、恋愛関係を結ぶとなれば同じ苦しみを味わったことのある人にしなさいと父親からの助言から出会いを求めてみましたが、それはうまくいきませんでした。

そして、完全に諦めた時に今の夫と出会いました。

過去を受け入れる

今では結婚して5年目になり、小さいながら焼き芋屋さんを営んでおり、基本的には女性として世間に埋もれる生き方をしています。

その一方で、自分がトランスだということをオープンにして付き合える友人もいて、半分オープンで半分クローズという生き方をしています。

そんな生き方をする中で、男だった過去の自分も、女として生きる今の自分も、そっちも合わせて自分なんだと、考えに至るようになりました。

途中経過にあった自分は、昔の自分を否定して生きてきたわけですが、やっぱりそれは無かったことにはならないわけで、結果的に足を引っ張られてしまったのです。

過去は変えられない。でも、今行動とこれからは変えられると言ったもので、過去を否定するのではなくて、受け入れようって思うようになりました。

結論

今では、女として生きる日常を当たり前に生きていて、普段性別について考えることもなくなりつつあるくらいで、男や女である前に自分は自分なんだと言葉に出して言えるくらいになりました。

振り返ってみたら、過去と今の性別というものに何より囚われていたのは自分自身だったんだと思います。

とはいえ、性別はアイデンティティだと考えていて、無くすという考えは持ち合わせてはなくて、囚われすぎず程よいお付き合いができるようになるのがベストだと考えています。

初めこそ不一致に苦しんだ性別ですが、移行中はそれこそバレていないかと周りの目ばかり気にしていたし、でも移行後は徐々に移行後の性別が当たり前になり、次第にそんなことも考えなくなり、その辺の人と同じ日常を生きて、毎日毎日いろんな人と当たり前にすれ違います。

性の不一致が一致するっていうのは、こういうことを言うのかなと思います。

締め

今回性同一性障害の札の話題が一時期騒動にまで発展したことがきっかけで、今回この会を主催してくださっているあおいさんと知り合えて、さまざまな意見交流会に参加させていただいたり、ボイストレーニングに参加させていただく中で、自分にはなかった視点や知識や考えや価値観に触れることができました。

その結果本日お話ししたような考えであるとか生き方ができるようになったのかと思います。

そして、本日このようなお話の機会を与えていただき本当にありがとうございました。

そして、最後までお付き合いいただいた皆様、本日はありがとうございました。

以上、普通の中を生きてきて。締めの挨拶とさせていただきます。

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