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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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価値-インダストリアルレボリューション-

 ダンジョンと呼ばれる魔境に挑み、ありとあらゆる恵みを持ち帰ってくる者たちのことを探索者と呼ぶ。


 探索者の目的は様々ある。

 日銭を稼ぐために手頃なダンジョンへ挑み続ける者。

 生活に必要な素材や食料の調達を依頼された者。

 魔物を倒すことで得られる身体力が目当ての者。

 戦いに魅入られ、己の格をひたすらに高めんとする者。

 帰還困難な秘境へ挑み名声を得ようとする者。


 上は伝説と持て囃される偉人から、下はごろつき崩れの落伍者まで存在するのが探索者である。

 目的も格も個人により大きく異なる探索者だが、彼らにはたった一つの共通点があった。


 ダンジョンに初めて挑み、なんらかの魔物を倒し終えるまでは、極々平凡で非力な一般人だったということである。


『湖沼外れの小洞穴』と呼ばれるダンジョンは、まさにその一般人を駆け出し(ルーキー)に育てる場に最適であった。


 かつては不可解な形態変化が頻繁に起きる奇妙なダンジョンと評されていたが、収縮と衰退を続ける内に出現する魔物が固定化されていき、最終的には動きやすい地形と倒しやすい魔物が低階層に現れるのみとなった。

 三階層に進むと飛び抜けて強いジェネラルリザードがいるが、一階層と二階層のみを狩り場とすれば危険性は極めて低い。それが探索者組合が下した最終的な評価であった。


 武術の心得がない一般人や得物の振るい方を知らない少年を、暴力を生業とする探索者に昇華させるにはちょうどいい。

 その一点でのみ『湖沼外れの小洞穴』は評価されていた。周辺の町から探索者を志す若者が集まってくるくらいには。


「おらー。ちゃっちゃと倒せー」

「は、はい……!」

「肩の力抜けっつってんだろー。畑の雑草引っこ抜くくらいの気構えでいーんだよ」

「分かりました……!」


 引率役の男の砕けた口調も効果がなく、ショートソードを握る少年はますます身を硬くさせた。

 レッサーリザードを見据える目は過剰なまでに力が込められ、呼吸は早く短く、手の震えが伝わり剣先が定まっていない。


 平常心とは程遠い少年の姿を見て引率役の男は内心でため息を吐いた。こりゃ駄目だろう、と。

 そして男の予想は順当に的中した。


 大鉈を振り上げたレッサーリザードに気圧された少年が慌てて剣を振るうも、剣先は胸を掠めるに留まり致命傷には至らない。

 反撃に振り下ろされた大鉈が、隙を晒した少年の頭蓋に吸い込まれる。少年は血飛沫の代わりに光の粒――魔力を撒き散らして絶命した。


「ひっ」

「うっ……」


 魔物の脅威を目の当たりにした残り二人の少年が揃って息を飲む。

 三人の少年はごくありふれた平民に過ぎなかった。質素な農家の家庭に生まれ、喧騒とは無縁の田舎で暮らし、家の手伝いをしながら健やかに育つも、長男次男ではないため家業を継ぐことなく探索者として生きることを選んだ――ごくありふれた平民だった。


 命を奪い合った経験などなく、必然として精神が安定を欠く。たとえダンジョンで死んでも命を落とすことはないと理解していようとも。


 そして、そういう者を一端まで育て上げるのが引率役の男の生業であった。


「相手が突っ込んでくるなら――」


 少年を仕留めたレッサーリザードが標的を変える。

 大鉈を振り上げて迫るレッサーリザードの前に男が躍り出た。


「その勢いを利用して突き殺せ」


 男の突き出した剣がレッサーリザードの喉笛を抉った。血を吐いたレッサーリザードが一つ痙攣して魔力へと還る。

 男が剣を軽く払って鞘に収めた。男が見せた構えや歩法は適当で、技術としては洗練されていなかったが、それでも急所を潰しさえすればどうとでもなるという雄弁な教えであった。


「おお……」

「すっげ……」

「慣れだよ慣れ。俺なんかは探索者の中じゃ底辺もいいとこだしな。才能あるガキなら十日もありゃ追い越してくぞ。お前らもひょっとしたらそっち側かもなー」


 ともすれば謙遜に聞こえそうな言葉は、しかし紛うことなき普遍の真理であった。

 魔物を殺せば己の中の魔力が"育つ"。ダンジョン内での死亡による魔力喪失を経ずに効率良く己を育て上げた者はまさしく埒外の存在へと至る。

 才能を持つ者が十日も魔物を狩り続けたならば、男の実力などすぐに追い越していく。それが、至極安全なダンジョンでルーキーの指導役に甘んじる男の背ならば尚更だ。


 もっとも、成り上がることをすっぱりと諦めた男の指導が不適切かといえば――それは否である。


「おらー次が来たぞー。さっきの真似してやってみろー」

「はい……!」


 男は得物の振り方を教えない。ただ敵を殺す方法と――ダンジョンで死亡した時の()()を教えていた。

 ダンジョンで極限まで魔力を育て上げたとしても、死ねばたちまち凡人へと逆戻り。それが探索者に影のように付きまとうリスクであった。


 凡人を英雄に変えるが、逆もまた然り。その摂理をはやいこと教え込むのはけしてマイナスにはならないだろう。それが引率役の男の、ある種の教育哲学であった。


 しかし才を有する者にとってその教えは迂遠な遠回りに過ぎない。


「やあっ!」

「……おお」


 次に飛び出した少年は槍を手にしていた。自分よりも体格で勝るレッサーリザードに対し、少年は臆することなく飛び込み喉元へ槍を突き入れる。

 槍の穂先は狙い過たず喉笛を穿った。動きの鈍ったレッサーリザードを見て好機を悟った少年が加えて三連続の刺突を放つ。


「グァ……ギィ……!」

「おおーやるねぇ」

「はあ……はあっ……!」


 荒事に親しみのない少年が、暴力を生業とする探索者へと変貌を遂げた瞬間であった。

 その門出を祝うかのように断末魔を発したレッサーリザードが光へと転じていく。死骸が完全に消えたのを確認した少年は深く息を吐き出してからようやく構えを解いた。


「ふうっ……。ど、どうでしたか……?」

「いいじゃん。上出来だよ。特にあの追撃は良かった。思い切りがいい」

「思い切り?」

「ああ、躊躇いがなかった。ダンジョンでは躊躇うなよ? 進むにしても退くにしてもな。迷ったら死ぬっつーのを常に頭ん中にいれておけ」

「分かりましたっ!」


 命のやり取りを終え、探索者としての一歩を踏み出したものの、未だに幼さの抜け切らない態度の少年を見て男の顔が緩く(ほころ)ぶ。

 しかし、男の顔はダンジョン内に響いた声によってすぐに渋面へと変わった。


「あっ、なんか落ちてるぞ! これって……恩恵ってやつじゃないのか!?」

「あ? 恩恵だと……?」


 恩恵。それは世に存在するダンジョンで普遍的に見られる現象の一つだ。

 ダンジョンを徘徊する魔物は死亡時に消失するが、時折その肉体の一部や持っていた武具、また価値のある宝飾の類を遺すことがある。


 あらゆる物を無慈悲に魔力へと帰すダンジョンが――まるで褒美を取らせるかのように――価値ある品を顕現させる。その様を見て、先人はそれを恩恵と呼んだ。


 それは歓迎すべき現象である。ダンジョンに足を運ぶ者の大半はこの恩恵を目当てにしているといっても過言ではない。ダンジョンから得られる恩恵のおかげで発展した国もある。人にとって、それ自体は何もおかしなことではなかった。


 もっとも――このダンジョンにおいては別である。


「待て! 不用意に近づくなガキどもッ!」

「……っ!」


 様子を一変させた男の一喝が浮かれていた少年二人の動きを縛る。

 練り上げた魔力は、使いようによっては力の流れすら生み出す。魔力を発して格下の者を縛る技は、探索者にとってそれほど珍しいものではなかった。


「恩恵だぁ? そりゃ、おかしいだろ。怪しいぜ……おい」

「お、おかしいって何が……?」

「俺が何年ここに潜ってると思ってんだ。……十五年だぞ。お前らみてえなガキから職にあぶれたオッサンに至るまで、ダンジョンの基礎を叩き込むためにここへ足を運び続けた……。そりゃ毎日とはいかねえが、それでも……おかしいだろ」


 瞳に警戒の光を灯し、男が抜剣した。


「今までなかったぜ……このダンジョンで恩恵が出たことは。今に至るまで、一度もな。……罠の可能性は大いに有り得る」

「罠って……でも、あれはどう見ても敵じゃ……」

「俺ぁな、宝に擬態した魔物にやられて振り出しに戻っちまった。分かるか? 浮かれて油断してたら落とし穴に気付かず真っ逆さまってわけよ。ダンジョンっつーのはそういうとこだ。覚えとけ」


 一分の隙すら命取りになる。それを熟知している男は、いつでも距離を取れるよう下半身に力を満たしながら恩恵と思しき物体に近づいた。


「……複雑な光を反射する、透明な薄い膜に覆われてるな。中にあるのは……布か? やっぱ……見たことねぇな。下がってろガキども」


 少年二人が下がったことを確認した男が剣の切っ先で恩恵と思しき物体を持ち上げる。


「軽い。やはり中身は布、か? だが……この膜が変だ。こんなモンは見たことが無ぇ。恩恵は基本的に魔物を倒したやつの物だが……調査のためだ、斬らせてもらうぞ」


 そして男は剣先を跳ね上げた。

 宙へと舞う物体に向けて十字に剣を振るい、透明な膜を散り散りに斬り裂く。そうして現れたのは――


「……ただの服じゃねぇか!」


 ビニール袋に梱包された地球産の無地白Tシャツ(¥1,980)であった。


 魔力という存在により工業や科学といった技術体系が発展を遂げなかった世界に、工業技術の産物が持ち込まれた瞬間である。

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