方針-データドリブン-
人事体制については片が付いた。いよいよダンジョン経営の根幹にメスを入れていくことになる。
「それじゃこれから大まかな方針を決定していくことになるんだけど……」
「ゲロ」
「まずは……何から始めようか」
「ゲロっ!? な、何か名案があるんじゃないゲロか……?」
「無茶言わないで貰いたいね。言ったでしょ? 僕の世界にはダンジョンなんてものは無かったんだよ。人も死ねばそれで終わりだ。あまりにも価値観が違いすぎて、ここの人間が何を望んでるのかすら不明なんだからさあ」
ダンジョンは人間を誘き寄せてから殺害することで魔力を得るシステムだ。魔力は概ね万能な謎物質で、食料そのものやペンのような雑貨すら作れる。意思なき同族と呼ばれる擬似的な魔物すら創れてしまうのだから驚きだ。地球のあらゆる法則から逸脱している。
しかし複雑な考え方をする必要はない。何にでも自由に変化するという性質に目を瞑れば、『魔力』は『金』に置き換えることができる。
少額な投資で人が集まる仕組みを作り、結果的に投資額よりも大きな金を落としてもらう。その在り方はやはり小売業に近い。
客による万引きが罷通り、決済は金を持つ人間を殺害することで行われるという点は中々に独特でエキゾチックではあるが。
クライアントに依頼され、課題の洗い出しと新戦略の立案を補助する――僕の立ち位置はさしずめコンサルタントといったところか。
問題は僕にはダンジョンに関する知見がないところである。それすらも学びながら解決の糸口を探らなければならないのだ。
成功報酬は、身の安全。素晴らしいじゃないか。これ程モチベーションにかかわる報酬は日本では出せないよ、ほんと。
「まずは理屈を学びたい。ゲロルグさんや魔王レイミアさんが何を目的としてこのダンジョンを運営していたのか。気を払っていたことは何か。逆に避けていたことは何か。何でもいいからまずはデータが欲しい」
「分かったゲロ。まず目的は……一族の繁栄を目指していた……ゲロ」
語尾にまるで覇気がないのは現状を正しく理解できているからか。
魔王は神によって選ばれる。それは酷く光栄なことらしい。そこで結果を出せば一族の名が世に轟くことになる……のだが今はこの有り様で、余所者に立て直しを依頼しなければならない始末。他の魔王からは笑われているのだとか。
「そういえばダンジョンの魔力が0になったらどうなるの?」
「ダンジョンは解体、世界を脅かす力を持つ魔王様はその力を神に剥奪されるゲロ」
考えなしの強者が世界を荒らさないよう選別淘汰するシステム……そんな印象を受ける。まさしく神の所業だ。
「なるほど理解したよ。……話の腰を折ったね。続けてほしい」
「ゲロ。魔王様は……とにかく力を重んじていたゲロ。ダンジョンに来る人間にも、階層を守る同族にも強さを求めていたゲロ」
「……人間に強さを求める? より多くの魔力を得られるような強者を求めていたということかな?」
「まあ、そんな感じゲロ。強力な魔物を創造して人と戦わせ……打ち倒した者にはさらに強力な魔物をぶつけ……最終的には自分がその強者を打ち倒すということを続けていたのでゲロ」
まるで戦闘狂だな。プロレスや格闘技といった興行の側面も備えているのか?
そう思ったが内情は異なるようで。
「しかし魔王様は――強すぎたのでゲロ。どんな人間も赤子の手を捻るように倒してしまうゲロ。初めのうちは人間も頻繁にやってきてたゲロが、来る人間の全てを返り討ちにしていたら――」
「特定の階層より下には行くな、という共通認識が人間たちに芽生えた?」
「その通りでゲロ」
地球の企業に当てはめて考える。スケールが違いすぎて置換が難しいが……要はぼったくりバーみたいなものだろう。
手頃な価格で良品を買える繁華街があるが、深入りすると怖いお兄さんに肩を掴まれて連行され身ぐるみ全て剥がされる。賢い人間は深層に足を踏み入れることはなくなった、と。
「対策は練らなかったの?」
「もちろん提案したゲロ。しかし……魔王様は強者を求める姿勢を変えようとしなかったゲロ。ダンジョンに来る人間の質が下がったなら、こちらもダンジョンの環境を人間に合わせて変更したり……」
「環境を合わせるって?」
「このダンジョンは元々適度な泥濘みがあって陸匐族にとって戦いやすい環境だったのでゲロ。それが全て撤去され……」
ゲロルグさんがモニターに目を遣る。映っているのはダンジョン内部の様相だ。しっかりと固まった土の壁と床は歩くにも走るにも難儀しなさそうである。
僕も寝姿のまま連れてこられたので寝間着に素足という酷い格好だが、それでも苦にならない程度にはダンジョン内の環境が整っていた。
「段々と質が低くなっていく客に合わせて環境を下げ続けていたら……ついには最底辺の客しか来なくなっていたと」
「ゲロ……」
トップの暴走によって潰れたという真相が垣間見えたな。要らぬこだわりで強みを消して採算が取れなくなったといったところか。
それを踏まえて改善案を出したいところだが……まだ情報が足りない。こうすれば状況が上向くという確信が持てない。聞き込みを続けよう。
「ちなみにゲロルグさんは魔王様に対してどんな改善を提案したの?」
「なにぶん昔のことなのでうろ覚えゲロが……ダンジョン内の環境を戻すように言ったことはあったゲロ」
「却下されたから今もこの状態なんだろうね。他には?」
「魔物を倒すことで得られるメリットを増やしてみてはどうかと提案したことも……」
それは既に頭の中で策を練っている。じきに実行へ移すつもりだ。あまり参考にはならない。もう一押しの何かが欲しいのだ。
「他には?」
「ゲロ……他には……もう少し人間の帰還率を考えて魔物を配置するようにと」
「待った! 帰還率……帰還率か……! そういう考え方が必要だったのか!」
なるほど帰還率。実に突飛で、それでいて理に適った概念だ。
買い物にいく程度では身の心配をする必要のない日本で育った身からは決して出てこない考え方。得られる物の質だけではなく、得た物をどれだけの確率で持って帰れるかという二段構えの思考が必要……! その確率を操作するのはダンジョン経営において必須……!
欠けていたパズルのピースがカチリと嵌まる感覚がした。
「合理的選択思考に、死亡損失のリスクが含まれるのか……! いかに殺すかではなく、どれだけ生かすかも考えなければならないのは盲点だった! プロスペクト理論……人は往々にして損失を避け、嫌う傾向にある。人生を賭けて築き上げた魔力が消えるとなれば尚のこと……意思決定の優先順位が、地球とまるで異なるじゃないか!」
「ゲロ……? ハジメ様……?」
「そのデータだ! 帰還率のデータが欲しいッ! 平均値はどの程度になるよう設定してる? 変動要因は? 内的要因と外的要因の割合と内訳は? 全ての項目を最大漏らさず報告してもらいたいっ!」
「げ、げろぉ……」
「そういえば大人か子供かで倒す生かすを選択してたね。それをさらに細かく年代別にまとめてもらうことはできるかな。これは大体の推測でいい。正確な年齢は測れないだろうしね。男女ごとに異なる帰還率を設定しているなら教えてほしい。特に決めてないなら理由を教えてくれ。他にも帰還率を操作するためにどういう策を実施したのか聞きたいけど……今はいい! 今はデータの分析に集中しよう! とりあえず十年分くらいのデータを――」
口にして、ハッとする。
年。年だ。この世界にも一年がある。少なくとも神の御業はそう翻訳している。つまりそれは一定の周期があるということ。
思わずテーブルに平手を落とす。
「ヒッ!」
「ダンジョン外の環境変化を完全に失念していた……ッ! この世界には四季はあるのか!? 梅雨は!? 酷暑は!? 積雪はッ!? 人の出入りに制限がかかる要因があったら考えてた施策を根本から練り直さなければならないッ! いや帰還率、今は帰還率の話だ。季節があるとして、帰還率はどう影響を受けるんだ? どう変動を加えるんだ? 特需はあるのか? 逆に閑散期はあるのか? いやいい。データだ。データさえあればある程度までは解析できる。してみせる。そのうえで最適な値を導かなければ……! ゲロルグさん何をしてるんだ! 早く十年分の帰還率のデータを!!」
やっと見えた一筋の光明を掴まんと頭の中に熱が渦巻く。この熱は冷ましたくない。鉄は熱い内に打て。けだし名言だ。
今なら二十四時間だって働ける。その思いで僕はゲロルグさんにデータを請求した。返ってきたのは勢いのないどもり声だった。
「げ……げろぉ……」
「ん? どうしたの?」
「いや……その、無い……ゲロ」
「何が無いって?」
「で、データは……帰還率はその、言葉の綾というか……記憶を頼りに、もう少し上げたほうがいいとか、下げたほうがいいとかを……判断して……」
熱が引いていく。僕はスマホでメモを取りながらゲロルグさんに問いかけた。
「ゲロルグさん、昨日のこの時間に何をしてたか覚えてますか?」
「えっ……ゲロ……?」
「三日前は? 一週間前は? すぐには思い出せないでしょう。ゲロルグさん。いいですかゲロルグさん。誰かの記憶なんてのはね……まるでアテにならないんですよ。自分の記憶ですら信用してはならない。必ずどこかで誤謬が挟まる。前の世界で、いろんな職場で、似たようなことを……それこそ腐るほど経験してきました」
「か、顔が怖いゲロよ……」
「ビジネスにおいて記録に勝る記憶はないんです。これは絶対で揺らぐことはありません。それだけは覚えておいて下さい」
「はい……ゲロ……」
息を吐いて脱力する。
切り替えよう。ダンジョン経営にまつわる一切のデータはない。その上で、失敗すれば即終了の綱渡りじみた状況を改善する必要がある。
「その……申し訳ないゲロ」
「まあ、いいよ。とりあえずは帰還率っていう指標を得られただけで収穫だ。それだけで目指すイメージがより鮮明になったからね。データは今日から作成していけばいい」
地球には無い全く新しい概念。それに即した運営を行わなければならない事が分かった。あとは実戦あるのみだ。
「しかし、具体的に何をするゲロ?」
「それはもう決めてあるよ。このダンジョンに足りないものは特有の利点――人が訪れる理由だ。それを作る」
僕がなぜ神に選ばれ、この世界に召喚されたのかは不明である。
しかし、日本人である僕が喚ばれた理由には一定の心当たりがあった。
「利点、ゲロか」
「ええ。駆け出しの子供を育てるくらいしか価値がないこのダンジョンに人を呼び込むには――独自の付加価値を与えなければならない」
この世界には、地球ではフィクションの産物でしかなかった魔法が存在するとのこと。人間の生活にも広く浸透している、地球の法則とは異なる技術体系だ。
それが理由なのかは不明だが……この世界では機械工学が未発達のように見受けられる。先ほどダンジョンにやってきた人間が着ていた服飾はお世辞にも立派とは言えなかった。
攻略するならそこだ。衣食住はどれだけ豊かになってもなお足りぬもの。大量生産が生んだ質の暴力で、まずは文化侵略を試みる。
宙に浮かぶモニターに目を向ける。ちょうど四人の人間がダンジョンの一階層に踏み入ってくるところだった。