【過去に15年間大手旅行会社で、私立学校専門に営業担当して300回は沖縄に修学旅行や研修旅行そしてその下見に同行した経験から違和感を感じてここに記します。】
今回の事件、事故接して言葉につまります。
ご本人もお父様もご家族も本当に想像をこえた辛さとお察しします。謹んでお悔やみ申し上げます。
また、この事件の背景や本質は時を超えて昔からなにもわかってません。
子供たちの殆どが経験する、研修旅行や修学旅行。学びの場での本来なら大きな思い出と成長へのきっかけとなるはず。
単なる船の事故(そもそも事故に至った状況さえ詳細に報道されてない、近年知床の遊覧船の事故であれだけマスコミが報道して国の規制も加わったのに今回生かされていない)ではない。そのことは私も旅行会社時代の大阪で数多くの私学の沖縄修学旅行、研修旅行を担当した経験からもはっきり言えます。
当時から、平和学習には大きく二通りありました。
⓵一つ目は本当に過去の戦争を現地で学び、感じて平和の為の考察。
②二つ目は(私自身営業担当し、担当として沖縄修学旅行、研修旅行に同行した経験から)間違いなく政治的な思想が絡んだ平和学習と言う名の下の特定の政党等がかかわる反戦基地運動の体感。
もちろん今となれば②は明らかに教育基本法に照らしあわせると大きな疑問。
当時も平和ガイドと称した市民団体の方々がバスに乗り込み基地中心にバスを回すコース沢山ありましたよ。
指示されたコースの一例。
嘉数展望台(普天間基地望む)→嘉手納基地横空き地→読谷飛行場あと→ゾウの檻(楚辺の米軍通信施設→現在は移転)→反戦地主と呼ばれる方々の畳一畳程の所有地→チビチリガマ(訪問予定であった昭和天皇がご公務予定の沖縄国体で日の丸を燃やした方が講師で説明)→特定の国(国名は控えます)の戦没者慰霊碑
など
それぞれの場所で平和ガイド(学校さん手配なのでその方の所属団体は分かりませんし聞くこともタブーのような雰囲気)がポイントで彼らが説明(殆ど反米軍基地の説明や旧日本軍が行ったとされる当時の状況や行為)
通常の平和学習と言われる摩文仁の丘の平和記念資料館や平和の礎、ひめゆり平和記念資料館といったコースとは別の平和ガイド監修、同行のコース。
明らかに思想的な意図を感じずにはいられませんでした。平和ガイドさんの中には旅行会社社員を打ち合わせに参加させない方もいましたよ。
また、当時から東武トップツーアーの合併前の東急観光(東急トップツアー)さんは平和学習に強かったのを覚えています。
例えば平和ガイドさんが希望して沖縄バスが指定(理由はバスガイドさんも平和ガイドさん並みに基地の話できる為)され、もちろんそのバスに平和ガイドさんも乗ってきました。当時後に何故か各社とも手配出来るようになりましたが当時の沖縄は、
沖縄バス→東急観光
琉球バス→近畿日本ツーリスト
那覇交通や東洋バス→J T B
など手配出来る会社決まってました(後にこのしきたりなくなりましたが東急以外も思想的な色の濃い平和学習「希望の学校は沖縄バス手配してましたよ。)
取り急ぎあまりにも今回の事件に対するマスコミや特定の団体、政党はじめとする関係者の対応に違和感覚えて記しました。
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Quote
同志社国際卒業生
@e7977312319988
自分が学校に求めていることは抗議船に乗るようになった流れの全ての説明です。
まず誰が金井創氏及び抗議船団体とコネクションを持ってコースの一部に繋げたのか
そして誰が抗議船や団体の調査報告を行なったか
誰が集まってどこで決裁を通したのか
決裁に法人は関わっていたのか