新機軸-ワンオペレーション-
人員削減による運転資金確保の目処は立った。次は新たな体制の確立と具体的な方策を講じるターンとなる。
その前に認識のすり合わせはしておいた方がいいかもしれない。僕は地球から喚ばれた部外者なのでこの世界の常識やしきたりを知らない。ビジネス相手が人外となればなおさら密な打ち合わせが必要となるだろう。
スマホを取り出して電源を入れる。充電の残りは九割か。五割を切るまでは備忘録として活用しよう。書類に纏めるのもいいが、何時でも手軽に見返せるメモは貴重品だ。
粗雑な椅子に腰掛け、向かいに座ったゲロルグさんに問いかける。
「さて、まずは課題の洗い出しと資金確保のための人員調整を行ったわけですが……ゲロルグさんから見て現状どう感じておりますでしょうか」
「ゲロ……どう、とは?」
「なんでも構いませんよ。あれは駄目、これは駄目、あれはできればやめた方が良かったなどの意見があれば仰っていただきたいのです。今後の参考にしますので」
言葉の意味が伝わっても内心がそっくり伝わるわけではない。ある程度の感情を読むことはできても、心の中を見透かすのは到底不可能なのだ。
言葉にしてもらわなければフィードバックも何もない。報連相という基本を、まずはしっかりと根付かせたいのである。
「ワタヌキハジメ様の駄目なところでゲロか……そうでゲロね……」
ゲロルグさんは指を額に当てて唸った。妙に人間臭い仕種だった。
「命知らずなのは良くないと思うゲロ。事情を飲み込めていなかった時の魔王様への態度は仕方ないにしても……リーサル殿への物言いは死にたがりにしか見えなかったゲロよ」
死にたがりなのではない。早急に結果を出さなければあの魔王に殺されるから保身を捨てて最効率を走っているのだ。迷えばその分猶予が減るのだから足を止めずに走り続けるしかない。やめろと言われてもやめる理由がない。
これは要らないフィードバックだな。脳内の意見書に対応不要のラベルを付けてから新たに問う。
「貴重な意見として受け止めます。他には何かありますか?」
「他には……うーん……」
ゲロルグさんは戦闘を担当していないらしいので人間と相対することもないのだろう。急にこんな質問をしたところで成果はないか。
「一つ挙げるとするなら」
そう思っていたところに。
「その卑屈がかった口調はやめた方がいいと思うゲロ」
中々に貴重な意見を提出された。
「卑屈な口調ですか? 私としては失礼のないよう極力まで配慮しているつもりだったのですが……」
「上手く言い表せないゲロが、無駄に丁寧なのが却って印象を悪くしているゲロ。魔王様のような貴い御方へはそれでいいと思うゲロが……ゲロたちに対してもその態度なのは些か過剰に感じるゲロ」
「無駄に丁寧ですか」
卑屈な口調とは恐らく敬語のことを指しているのだろう。参ったな……まさか本当に初対面の相手に敬語を使う文化がないとは思わなかったよ。
敬語は対人関係における潤滑油だ。少なくとも、日本で生まれ育った僕はそう信じて疑っていない。
しかしながら、心から敬意を表する必要はないともまた思っている。敬語を使うことであらゆる面倒事を回避できるから使っている……そういう人間は多いはずだ。
或いは――そういう内心すらも絶妙に翻訳されて伝わってしまっているのかもしれない。
ビジネスの相手に敬語を使わないというのは心理的な抵抗がある。しかし、地域が変われば習慣が変わる。国が変われば常識が変わる。いわんや世界。地球の物差しで測ること自体が間違いなのかもしれない。
切り替える。郷に入りては郷に従えだ。
「分かった。僕の口調が悪印象を与えていたなら改善するよ。なるべく自然体にしてみたつもりだけど、どうかな?」
「おお、だいぶ印象変わるゲロね! かなり良くなったゲロよ!」
「そう? なら『俺』とか使ったほうがいいのかなぁ」
「あ、今のは少し無理してそうだったゲロ」
「……神の御業ってのも厄介だなぁ。分かった、これからは自然体でいくよ」
敬語が失礼にあたるなんて甚だおかしな価値観だが、前世でもマルハラなんて単語が生まれたくらいだしそこまで不自然でもないのかもしれない。早いところ異世界流ビジネスマナーを身につけねば。
魔王以外に敬語使うべからず。僕はスマホのメモに書き足した。
「口調に関しては気をつける。参考になったよ。それで、他に気になったところはある?」
「他には……ゲロロロ……もう思い付かないゲロね」
「分かった。まあ何か気が付いたらすぐに共有してよ。些細なことでもいいからさ。僕はこっちの常識とかなんにも知らないから、遠慮なく言ってくれたほうが助かるんだよね」
「ゲロ」
聞くことは聞いた。報連相の意識も植え付けた。次はこちらの番である。
「じゃあ今度はこっちからのお願いなんだけど聞いてくれるかな」
「な、なんでゲロか?」
何かダメ出しされることを恐れたのかゲロルグさんが身構える。いちいち仕種が人間臭いカエルだ。
「そんなに警戒することじゃないよ。僕の呼び方を変えてほしいってだけだから。ワタヌキハジメって長いでしょ? ハジメでいいよ。その方が呼びやすいだろうし」
いちいちフルネームで呼ばれるのはむず痒い。四文字よりは三文字のほうが短くていい。そういう理由もありハジメと呼んでもらえればありがたい。
そう伝えるとゲロルグさんは上機嫌そうに喉を鳴らした。
「そういうことなら今度からハジメ様と呼ばせてもらうゲロ。改めてよろしくでゲロ!」
「ああ、よろしく頼むよ」
「ゲロロロ。ハジメ様は少々冷徹な印象だったゲロが、これなら上手くやっていけそうゲロ」
「そうですか。それは良かった」
ビジネスにおいて印象は大事だ。好意の返報性を利用すれば多少の融通は利かせて貰える。コツは見返りを求めすぎないことだ。柔和な態度と笑顔で益を得られるなら安いものである。
僕は営業スマイルを浮かべた。本題をねじ込む。
「では新たな人員体制について話を進めましょうか」
「突然始まるんでゲロね……」
「時間がありませんからね。時は金なりという言葉もありますし、急ぐに越したことはありませんよ」
それとなく宙に浮かぶモニターへ視線を移す。ダンジョンに来ている人間はいなかった。この惨状を立て直すには、まず社員の意識改革と日々のタスクを整えなければならない。
「まず僕の世界での経営の基礎を話そうか。企業……こちらでいうダンジョンを存続させるには幾つかの業務が必須となるんだ」
「ゲロ」
「まずは経営方針の決定と具体的な事業計画の構築。次に経理、資金の管理。他には組織における人事管理……これは創り出す魔物の管理になるのかな。あとは事業を展開していくためのマーケティング作業。最後にリスクマネジメント……まあ法律がない分優先度は落ちるけど、必要ではある理念かな」
「ゲロ」
「これをゲロルグさん一人にやってもらいます」
「ゲロぉ!?」
ゲロルグさんが長い舌を突き出して吠えた。リアクション芸人も唸りそうな反応である。
「いやいや……む、無理ゲロ……」
「やる前から無理なんて決めつけるのは良くないなぁ。精神根性論を推すわけじゃないけど、初めから無理だって思いながら仕事してもクオリティを保てないよ?」
「しかし……ゲロはそんな仕事やったことないゲロ……」
経験の有無? くだらない。それは仕事を拒否する理由になり得ない。
初めは誰だって未経験者なのだ。経験者が勝手に集まって仕事を回してくれるなら経営者なんて必要ない。故に死ぬ気で学ぶのだ。
弊社は未経験者を積極的に募集する懐の広さを持っていた。そしてOJTの名の下に現場へと送り出す。荒々しいやり方ではあるが、実践的な思考を身につけさせるには適したやり方だ。研修期間を設ける余裕などない以上、ゲロルグさんにも死に物狂いになって地球式のやり方を覚えてもらう。
「大丈夫だって。慣れればどうとでもなるし、地球……僕の世界ではこれくらい普通だったから。普通だよ普通」
「ゲロ……しかし……」
素直に分かったと言ってくれれば後が楽だったのだが、仕方ない。優しげな声色を意識して出す。
「まあ安心してよ。ゲロルグさんがもともとやってた魔物の創造と、あとは日々の収支内訳の記録、それと節目節目に方針転換の必要があるか考えるだけだからさぁ。ほら、僕も全面的に協力するし。なんならマーケティングに関しては僕が全部引き受けてもいい」
「ゲロ……それなら、やってみるゲロ」
「うんうん、そう言ってくれると思ってたよ」
まあ元からマーケティングは僕が全て担うつもりだったんだけどね。そうでもしないとこのダンジョンは早々に潰れるだろうし。初手で無茶な要求を突きつけたのは前向きな発言と気持ちを引き出すための、言わば仕込みだ。
譲歩的要請法。結果的に同じことを要求することになったとしても、伝え方一つで相手が抱くモチベーションは全く異なるものになる。内輪に向けたマネジメントは既に始まっているのだ。
「ゲロルグさんの協力さえあれば必ず上手くいくよ。二人でこのダンジョンを必ず再興させよう!」
「ゲロ……! ゲロもハジメ様とならやれる気がしてきたゲロ!」
「ああ……僕もそう思うよ」
日本で学んだあらゆる経験はこの世界でも問題なく流用できそうだ。
その確信を得た僕はいつものように営業スマイルを浮かべた。