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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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人事発令-リストラクチャリング-

 経費削減はまず販管費から。それが複数の職場経験で得た答えである。


「この俺に出て行けと……そう言ったのか!? 人間!!」


 怒髪天を衝く、とはまさにこのことだと思った。

 牙を剥いた形相はバイトのバックレ報告を聞いた上司のそれ。

 空気がビリっと震える大音声は憚ることを知らないおっさんのくしゃみの如し。

 目をかっ開き肩を怒らせ距離を詰めるその様はパワハラ上司を彷彿とさせた。


 僕のことを片手で捻り潰せるであろう異形が目の前にいる。剣呑な光を宿す瞳が小刻みに揺れていた。強い怒りと興奮が手に取るように伝わってくる。

 しかし怯むことはない。彼はまだ冷静だ。少なくとも、呼吸をする暇も与えず殺しに来たあの魔王に比べたら。


 怒りで震える瞳に僕の顔が映っている。僕は鏡を見ていつもそうするように表情を整えた。


「いえ、正確には異なります。リーサルさんとイデリアさんの()()()このダンジョンから出ていってほしいと言ったのです」


 言うべきことははっきりと言わなければならない。すべての意図が寸分のロスなく伝わるように。言葉を濁すことも、無駄にへりくだった態度を見せることも、けしてプラスに働かない。


「このダンジョンが破綻寸前であることはご存知でしょう。単刀直入に言います。貴方たちに支給できる魔力はもう無いんですよ」

「それをどうにかするために貴様が呼ばれたのだろうがッ!」

「どうにかするための新規施策(キックオフ)が貴方がたの転居なんですよ」

「ふざけるな! 俺がいなくなったら三階層の守りは誰が務めるというのだッ! 魔王様の臥所(ふしど)を誰が守るのかと、そう聞いているッ!」


 ゲロルグさんに聞いたところ、このダンジョンで人間が踏み入れる領域は全部で四階層あるとのこと。

 造りは非常に単純だ。長方形の部屋が四つ並んで地下へと伸びている。四階建てのビルをそのまま地下に埋めたら似たような形になるだろう。その一番奥にあるのが魔王レイミアさんの寝屋となっている。


 一、二階層にいるのはゲロルグさんが呼び出す意思なき同族であるレッサーリザードだ。

 弱く、脆く、頭も悪いが、なにより安い。そしてダンジョンに通い始めた駆け出しくらいは葬れる。要はコスパのいい使い捨ての社員だ。


 そして三階層を守っているのがジェネラルリザードのリーサルさん。

 人の中でも猛者と呼ばれる上澄みと相対して勝ち残り、その手腕を買われてこのダンジョンに招かれたのだという。

 魔王に心酔している忠義者であり、自他共に認める確かな実力者。会社の地位で例えるならば役員クラスは固いだろう。


 非常に頼もしいことだ。もっとも、このダンジョンの実情を考慮すると――ぶっちゃけその役職(ポスト)は要らないんだよね。


「三階層を守るものがいなくなる。それは承知しています。承知の上でお尋ねしますが……リーサルさんが()()()人間と戦ったのはいつですか?」

「知るか! 斬り捨てた者のことなどいちいち覚えておらぬわッ!」

「そうですか。これはゲロルグさんからお聞きしたのですが……最後にリーサルさんが人間を倒したのは、実に二十年以上も前とのことです」


 ダンジョンに棲まう魔物は非常に長生きするらしい。魔王から生み出される魔力がそうさせるのだとか。凄い魔物は云千年も生きてなお健勝とのこと。スケールの大きい話だ。

 そんなだからか知らないが、彼らは一日の成果というものに酷くルーズである。そして一日の損失についてもまた同じ。


 日給35,000P。

 一年で12,775,000P。

 二十年で255,500,000P。

 二億五千万。二億五千万だ。今の経営方針は、ただでさえ安定しない収入をドブに捨てているも同義なのである。


 もちろんマイナスの面ばかりではないだろう。それまではリーサルさんの活躍で魔力を稼げていたわけだ。彼が三階層にいることで生まれるメリットも少なからずある。

 だが今はデメリットが勝ちすぎている。マイナスを拡大する要因にしかなっていない。もしも今日明日と人間が来ず収入を得られなかったらこのダンジョンは即座に潰れる。そういう段階に来ているのだ。


 理由は十分。故に出ていってもらう。


「二十年も魔王様の安寧を守ってきたという証ではないか! 俺が戦っていないのは、あのお方に近付こうとする身の程知らずが揃って消え失せたというだけだ! 俺は断じて無駄飯食いなどではない!」

「それは重々承知しています。リーサルさんは、こと防衛という点においてこの上なく優秀です。ただ……それが逆に良くないんですよ」

「なんだと……?」

「釣り合いが取れていないんです。大したメリットが存在しないダンジョンに来る人間はいない。貴方に挑む強者がいなくなったのではありません。このダンジョンは、ただ順当に見捨てられただけなんですよ」

「…………!」


 湖沼外れの小洞穴。国の要衝に位置しているわけでもなく、目立つ特産品があるわけでもない。言うなれば、つまらない田舎にあるつまらないダンジョンだ。

 出てくるのはレッサーリザードという、子供を相手取らせるにはちょうどいい魔物のみ。一階と二階に出てくる獲物を子供に狩らせたら、危険な魔物が出る三階には立ち寄らずさっさと出ていく。

 そうして成長した子供はレッサーリザードよりも美味しい魔物を求めて別のダンジョンに向かう。さながら都会へ出稼ぎに行く若者のように。


「子供だましの安い餌しか置いていない。このダンジョンを例えるなら、辺鄙な場所にある潰れかけの駄菓子屋なんですよ」


 この世界に駄菓子屋なんてものは存在しないだろう。だが翻訳は神の御業が行ってくれる。故に伝わるはずだ。


「そして――駄菓子屋なんかに優秀な警備システムを導入する意味はないんです。駄菓子屋の金庫を狙う物好きなんていないのですから。加えて、資金面でも維持する余裕がない。リーサルさんの給料は高すぎる」


 一日に支払われる魔力は魔物の格によって変わる。システムとしては自動引き落としになっており、無給で働かせることはできないとのこと。

 要は『勝手に残ってるだけだから大丈夫』という善意の申し出が効かないわけだ。タイムカードの概念がそもそもない。給料を払いたくないなら出ていってもらうほかないのである。


「…………だったら」


 長い間があったのは僕の説明に一定の理を見出したからだろう。

 興奮に開かれた目を細め、幾らか理性を取り戻した様子のリーサルさんが深いため息を吐いて言う。


「俺が二階層に降りて、やってくる人間を狩る。それでいいだろう」


 ほう。僕は内心で感心した。

 それは僕が真っ先に考えた改善案だった。猛者ですら打ち倒すジェネラルリザードであれば引率役の大人でも難なく狩れる。駆け出しの子供なんかよりも大量の魔力を得られるだろう、と。


 もちろんなぜそうしなかったのかとゲロルグさんにも問いただした。

 理由は単純。任せられた階層より上を守れと指示するのは、言わば左遷と同義なのだとか。酷い(はずかし)めにあたるという。

 ダンジョンという文化が無い地球で育ったためイマイチ理解しにくい感覚だが、要は役員まで上り詰めた人間にトイレ掃除をやらせるようなものだろう。他の人間にやらせろと怒鳴られてもおかしくない。


 その屈辱を飲んでまで代案を挙げてくる姿勢は非常に好感が持てる。魔王への忠誠心がリーサルさんを動かしているのだろう。

 その誠意に向き合い、こちらも理路整然と否を突きつけなければならない。


「リーサルさん、それは駄目なんです。あなたが二階層に行ったら人間はもう来なくなる」

「なんだと?」

「さっきも言ったでしょう。このダンジョンは半ば見捨てられてるんですよ。右も左も分からない子供に経験を積ませるための場所でしかない」


 神によってダンジョンの管理を命じられた魔王は資本金として一千万のポイントとそこそこ立派な造りのダンジョンを与えられたという。

 しかしながら、度重なる迷采配によりダンジョンは劣化、部下は逃走、経営は悪化、負のスパイラルにより倒産寸前。そういう流れだ。地球で会社が潰れる理由と変わらない。


「首の皮一枚なんですよ、リーサルさん。これ以上のミスは許されないところまで来てるんです。もしもあなたが二階層に降りたら……人間はこのダンジョンを危険かつ利益の薄いダンジョンと評し、二度と訪れなくなるでしょう。大人を狩って一時的に利益を得ても根本的な解決にはならないんです」

「…………理由は、分かった」


 今にも得物に手を掛けんばかりに興奮していたリーサルさんだったが、淡々と諭すことで怒りを収めてくれたらしい。

 目を瞑り、長く息を吐きだし――しかし間を置いて見開かれた目からはまだ敵意が消えていなかった。

 縦割れの瞳孔が僕を見下ろす。


「だが納得はできんな。俺が忠誠を捧げたのは魔王レイミア様だ。貴様ではない」


 退職勧告とは詰将棋に似ている。持ち駒を揃え、相手が逃げ込む先を読み、王手を打ち続け、詰み(クビ)を言い渡す。

 持ち駒は既に確認し終えている。逃げ込む先に打つ駒も決まっている。


「あと六日待て。魔王様が直接俺にお役御免を言い渡したならば――俺はそれに従う。イデリア老もそうするだろう」

「ええ……? 儂はここのダンジョンの魔力が好きなんじゃがのお……」

「…………」


 今までずっと黙っていた亀が不平を垂れる。

 リーサルさんは聞かなかったことにしたようだ。踵を返して立ち去ろうとする。


「人間、貴様はそれまでに考えておけよ。魔王様が俺を見捨てなかった時の代案を、な」

「その心配には及びませんよ。貴方は今すぐ出ていくことになる」


 出ていこうとした背中に声を掛ける。リーサルさんはゆっくりと首だけで振り向いた。瞳が再び剣呑な光を帯びる。


「なんだと?」

「覚えていませんか? 魔王レイミアさんが僕を召喚した時のことを。僕は言われたんですよ。私の代わりにダンジョンを運営することを許す、と」 

「…………ッ!」


 それは全権委任の宣言に他ならない。ことダンジョンの運営において、僕の発言と決定は魔王と同等の重さを持つ。


「僕の言葉は即ち魔王レイミアさんの言葉。そう捉えてください。ですよね、ゲロルグさん?」


 ゲロルグさんは静かに頷いた。もちろん事前に口裏を合わせておいたのでここまでは予定調和である。

 魔物の中でも年功序列はあるらしい。そしてゲロルグさんは最古参メンバーである。リーサルさんでも面と向かって逆らえない。これで僕の発言の正当性は担保された。


 正直どうかと思うけどね。外野の人間に大きすぎる権力を与えるなんてどうかしている。権限委任(エンパワーメント)は適切に行わなければ現場の士気を落としかねない。


『若いうちから役職につける』ことを売りにしていた弊社でも入社一日目の社員に社長と同じ権限を持たせるなんて暴挙はしなかった。

 それでも勤続十年も経っていない僕が課長に任命されるくらいには異例の人事体制だったんだけどね。前任者が飛んだのも要因の一つだが。

 求人情報に偽りなし……弊社はホワイト企業だったのか?


 どうでもいいことを思考から追い出し、呆然としているリーサルさんと――ついでにボケっとしているイデリアさんに告げる。


「改めてお二人に言い渡します。可及的速やかに荷物を纏め、本日中にこのダンジョンから退去してください」

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