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あなたが音楽を奏でることには価値がある──fendoap インタビュー

インタビュー・文/peeq

 fendoapという音楽家を一言で紹介するのは難しい。MaxやC++などのプログラミング言語を自在に操り、Cycling'74から公式にパッチ制作を依頼され、信号処理についての講義を全国に向け発信する一方で、ArduinoやDaisyなどのマイコンボードを用いた電子工作にも手を出し、かと思うとホームセンターで調達した木箱でノイズボックスをDIYしてしまう。昨年はじめて行ったというライブ演奏では、volca beats一台でハードなインダストリアルテクノを披露するという、誰もが予想だにしていないパフォーマンスでオーディエンスの度肝を抜いた。最近ではPythonをベースとした自作の音楽言語を作り始めているという……。

 八面六臂の活躍をみせるfendoapが提唱した新しい音楽のかたちが『プレインミュージック(Plain music)』だ。

"プレインミュージック(Plain Music)という分類を考えている。名前は変えるかもしれない。プレインミュージックはポジティブな意味でシンプルさや簡素な制作手法、再現しやすさや平易さ、質素さ、しょぼさ、親しみやすさなどを特徴とする音楽の総称。"

 はじめてこの言葉を目にした時は「チープな機材で気軽に音楽をつくる」程度の想定しかできなかったが、fendoap自身がnoteに掲載したいくつかの記事を読み、XYouTubeにアップされた動画を見直していくうちに、実はもっと複雑な背景と豊かな可能性を持った概念であることに気づかされた。今では、エリック・サティの『家具の音楽』、ブライアン・イーノの『アンビエント』と同じくらい(もしかするとそれ以上に)、音楽史にパラダイムシフトを起こすような概念なのでは……という気すらしている。

 fendoapは今年に入って、エクスペリメンタル・ミュージックを扱うレーベル「時の崖」から、『Plain Music: Exploring Methods and Concepts』をリリースした。

 この作品は、プログラミング、電子工作、自作楽器のDIY、volca beats、フィールドレコーディング(とその拡張)など、fendoap自身の音楽活動を総括するような内容であると同時に、Plain Musicという概念を様々なかたちで例示した60曲からなる。実験的な手法を多く用いた作品ではあるが、美しいメロディやハーモニー、緻密なビートプログラミングといった要素を併せ持ち、聴感上は極めてポップな仕上がりとなっている。

 このアルバムにいたく感動した私は、fendoapに早速連絡して、作品とPlain Musicというコンセプトについて対話する機会を得た。夜遅くに始まった対話は、実に4時間以上に及んだ。

Plain Musicとは

peeq(以下、P):まず、noteやXにも書かれていたとは思うのですが、Plain Musicというものの定義をどう考えているのか伺いたいです。

fendoap(以下、F):色々考えているのですが、ブリコラージュ的な?音楽の寄せ集めシステムみたいなものから出てくるものをまとめたいなとか。
何でしょう。元々アンビエントが定期的に燃えてる話題の時にふと思ったのが一つありますね。アンビエントが簡単にできるとかいうツイートが定期的に炎上してたりするのを見ていて。でも簡単にできる面の良さもあって、これは名前を分けたら良いのではないか、というのが一つありました。

P:簡単にできることを肯定的な意味で捉え直すという感じでしょうか?

F:です!ノイズとかアンビエントとかの取り組みやすさを一つ肯定的に自分は捉えていて(手法的な意味でのアクセシビリティがある、ただ聴覚上のアクセシビリティはないかも)。

P:fendoapさん的に作るのが難しい音楽というと、どういうものになりますか?

F:二つあります。一つは環境、金銭的な難しさ。もう一つはある程度、練習が必要、知識が必要な難しさ。
これは少し話がずれますが、技術を金銭的な物で置き換え可能かみたいなことも考えます。例えば楽器などの修練の場合は金銭的に置き換えが難しい一方で、maxなどの信号処理の場合はシンセを購入する事などで置き換えが可能な場合もあって。

P:電子音楽はそういうところありますね。最近はフリーでも有能なプリセットやプラグインがたくさんありますし。

F:ですね!個人的には手元にある出来る事の中からプレインミュージック的なものを作りつつ、練習や知識が徐々についてくるような流れは良いのではないかと。 つまり反技術、反物質という感じでもないかも。

P:プログラミングについても、同じようなことをnoteで書かれていましたね。要素をひとつひとつ理解しない方が、学習が進むといったような。

F:要素還元主義的シンセ学習法というか、そういうことを考えていました。

P:ユニット→全体でない考え方ということですよね。こういう発想がすごく面白いなと思って読んでいました。

F:です!でもこれでイメージした楽器はピアノで。

P:後半に固定ピッチ、自由ピッチの楽器について書かれていますね。

音楽をやりたい!

P:今回の作品で、細かいビートプラグミングだったり、future bassぽいシーケンスだったりがあるじゃないですか。こういうものはfendoapさん的に作るのは簡単なんですか?

F:あぁ、そうですね。作れる時と分からん難しい……みたいなのが交互に来ますね。future bassとかは時々制作を練習して分からなくなる。グリッチとかのほうがごまかしがきく感じがします(笑)

P:交互にくるというのは、インスピレーションとかではなく、技術的に?

F:です!定型の作り方みたいなのも少しあったりしますが、あまりかっちり作ってなくて技術的に出来ない感じがありますね。基本的に作ってから修正する方かもです。頭の中に曲のイメージがあって作る方ではないです。

P:とりあえず思いついたパターンやフレーズを打ち込んでみて、徐々に整理していく感じでしょうか?

F:です!でもコード進行やビートから入れる感じが多いかもです。

P:1曲目や4曲目のハーモニーやフレーズがすごく好きなのですが、fendoapさん的に、こういう綺麗なハーモニーを使うのは、リスナーにとってアクセスしやすいからという部分が大きいのでしょうか?

F:自分的にも、リスナー的にも、そうかもしれません。自分的にはハーモニーとかポップ的な物をやりたい瞬間があってそれを「音楽をやりたくなった」と呼んでるんですが(笑)この場合の音楽的な物=ウェルメイド的に作られた耳触りの良い物、音楽をやりたい!と引っ張られる時はありますね。あるいは音楽をやればよかったのかみたいなことは考えます。

P:既存のコード進行を援用するようなことも書かれていたかと思いますが、今回の作品で、ありもののMIDIファイルやコード進行、プリセットなどを使ったものはありますか?

F:あります!

P:5曲目とか……?

F:5曲目は全般的にサンプルベースですね。MIDIサンプルも使いました。

P:こう思ったのが、曲の音色や調の展開が結構急というか、並列的に感じたんですよね。

F:メドレーみたいな感じで、ちょっと露悪的に詰め込んだ感じがあったらいいなと思って複数曲が入ってるような感じで作って見ました。

P:39、40曲目あたりの作り方も気になっているんですが、これは手弾きですか?

F:です!カシオのキーボードで(笑)
40曲目はストレートに弾いてみる場合で、39曲目は音色を変えることで、弾きやすさや聞こえにどのような変化があるのかなと。つまりキーボード→ピアノ、オルガン的な物として、そうでないものをキーボードというインターフェースで弾くことの変化をちょっと考えていました。

どうノコギリ波を作るかは大事

P:プロシューマーという言葉を、fendoapさんのnoteで初めて知ったのですが、音楽に絡めるとすごく面白いですね。とても現代的だと思います。

F:生産消費者ですね。

P:Plain Musicの定義として、作り手のプロセスの側で定義されているのがすごく面白いなと思ったんです。

F:音楽のジャンル的な分類方法は、どういう結果になるかで区分されることが多いかもですね。
音源化すると抜け落ちるものみたいなのもぼんやりあります。どうノコギリ波を作るかは大事(笑)

P:作り手の意識や手法が、リスナーには必ずしも共有されないということでしょうか?

F:うまく言語化できないのですが、文脈だったり作り方が面白い音楽が、聴覚上は普通のポップだったり、ノイズだったりした時に、wavファイルだけでは面白さが伝わらない感じがあります。
kaseoさんという、ピカルミンというサーキットベンディング楽器を作られている方がツイートされているのですが、これはひとつしっくりきます。

F:ちょっと引用します。
>「サーキットベンディングした機材を作る」という行為だけで「創作」はすでに完結しているはず。それをさらに音源化という蛇足とも言える行為をわざわざやることの意味って何だろう?という思いがずっと根底にあって。
Tetsuo jaiさんが付けたコメントも興味深いです。
>個性的な楽器を使うことで作曲された楽曲は果たして誰の創作だろう?ってどこか考えることはありますね。
その楽器によって生み出された楽曲なのか
楽器のデモンストレーションなのか

P:クリエイティビティの比重をどこにおくか問題というか.…..。美味しい寿司を握るのに、米から作るかというような(笑)

F:田んぼチャーハン!

P:(笑)

F:音楽家は、仮に楽器や自分以外の比重が大きいとしても、アイデンティティをそこに持ちえるのかみたいなのは感じますね。持ちえるとしたらどうやったらいいのかとも。

P:自分の好きだった、いわゆる音響系といわれるような音楽って、抽象的なノイズだけで曲になっている場合が多くて、そうなると、ソフトウェアデザインすなわち作曲みたいな感じはより強いような。音符で構造ができあがっている、たとえばクラシックやウェルメイドなポップスは、そこで悩まないような気がするんです。

F:確かに。

P:音源化することが音楽の最終形態ではないというのも、よくわかる気がします。

F:たとえば音楽の発表形態が全て映画音楽や劇伴である世界とかを想像してみてます。今より少し狭い感じがして、なぜ制限を感じるのか、みたいなのを考えますね。

P:映画音楽や劇伴というと、映像に付随したもので、一般的には音楽として独立していないイメージがあるような感じですね。

F:です!つまりbandcampなどで単独で出すことは出来ない世界みたいな。少しずれますがこういう感じのイメージの当てはめとかで仮定してみることは良くするかも。

アクセシビリティのいろいろ

P:リスナー側のアクセシビリティについてはどうお考えですか?

F:ノイズにはリスナー的なアクセシビリティは無いのではないか、というようなコメントを貰ったことがあって、確かにそれあるなと。ただ、分かりやすく和音があったり、ビートがあったり、メロディーがあったりではないアクセシビリティをどう作ればいいのか、みたいなのは感じますね。ある種の型に入ると人はそう見やすいかもしれません。で、この型の一つで良いかなと思ったのが「民族音楽っぽい」という型。

P:ああ、そういうコメントもついていましたね。ノイズボックスでしたか。

F:です!これはいわゆる全然ポップな音響ではないと個人的に思うのですが、「民族音楽っぽい」というフォーマットは割と入りやすいのかもとちょっと感じましたね。

P:ある種のエキゾチックさとして、多くのリスナーの中でサウンドが類型化されているという感じでしょうか?

F:かもですね。3種類で認知しているかもしれない、「ポップ」「ノイズ」「民族音楽」(笑)これは冗談かもしれませんが、極端な類型化という手法は有効かも。
でもプレインミュージックは、概念→実例というよりは 実例→概念という方法で作って見たほうが良いのかなとも思ってます。プロトタイプ理論というのがあるのですが。

P:鳥の中にダチョウやペンギンもいる……。

F:鳥のイメージというのがきっちりと定義されてるというよりは、中心からふんわり広がってるような認知の仕方を人間は持ってるという。プレインミュージックというカテゴリー定義を決めるというよりは類例から考察しつつ、概念やミーム化していく方が良いのかなと。

P:音色のアクセシビリティについては何か意識されましたか?

F:矩形波のアクセシビリティはあると感じて、良く矩形波を選択する場合はありますね。

P:どういった理由ですか?

F:一つは生成のしやすさ、作成のしやすさがあります。基本的に二つの値の移動、0 か1かなので解像度を必要としないこと。処理が軽い事。対するはノコギリ波、正弦波です。電子音楽におけるサイン波は矩形波だと思ってます。
二つ目は音の汎用性。低音から高音まで一つの音色でカバーできます。これはノコギリ波だと低音が上で濁る感じがあって。
三つ目は現代的な音圧感=ポップミュージックで押し出しがあります。

F:例えばここだと矩形波を使っていたと思います。

アルゴリズミック・コンポジション

P:今回アルゴリズミックな要素ってどの程度入っているんでしょう?

F:個人的にはランダマイズさせたビートもアルゴリズミックにはとらえていなくて。かなり本格的な物以外、プログラミングで作成するものは、Dawを使うような感じでとらえています。

P:ある枠の中でのランダマイズでしかないからという感じでしょうか?

F:手作業感があるものはアルゴリズミック感が薄いかもです。
でも何でしょう。想定外の距離が遠いものはアルゴリズミック感あるかもです。
厳密にはランダム性を持ったものは少なからずアルゴリズミックではあるのですが。

P:本格的なものというのは、fendoapさん的にどのようなものでしょうか?

F:例えば、Akihiko Matsumotoさんがやっているような使い方をイメージしています。

F:シーケンスとシンセシスが分離していない場合、シンセシスがアルゴリズミックに感じられるときはあります。
t*(42&t>>10)
これはBytebeatという音楽のプログラムなのですが、これにはシーケンスも音色も全て入ってて。音色やシンセや作曲が全てごっちゃになってるのですよね。区別がない。

P:一行のルールが、音色やシーケンスなど、色々なパラメータをそれぞれ決定しているという感じでしょうか?

F:音色がシーケンサーになってたりします(笑)
少し脱線しましたね。アルゴリズミックな部分は、ランダマイズや、スケールからランダムに選択したりで使っています。

P:fendoapさんの中で、アルゴリズミックコンポジションとPlain Musicの関連って言語化できていたりしますか?

F:個人的に、アルゴリズミックコンポジションは、制作のアクセシビリティのために使うようなイメージをしてます。制作をスムーズにするために、手段を言語化して体系化するイメージです。

P:一度ルールベースのシステムを組んでしまえば、いちいち音符を打ち込むよりも、簡単に制作できる.…..という感じでしょうか?

F:それと、再現可能性を高めて共有しやすくしたり、法則を発見したりするようなイメージがあります。

P:共有、なるほど.…..。

F:だからHow to動画は個人的にアルゴリズミックコンポジションに見えます。
Dub stepはアルゴリズミックコンポジションに近い。

P:この場合のアルゴリズミックというのは、手法やルールが体系化、共有されていて、誰でもそれを使って曲制作できる、という感じですか?

F:そんな感じです!でも厳密なアルゴリズミックコンポジションからは遠いイメージかも。How toもの的な手法の共有は、plain musicに近いかもしれません。

模倣と再生産

P:一般に、音楽の創造性は独自性におかれることが多いですよね。でもPlain Musicでは、そこは重要では無い.…..。

F:おそらく二重性があると思っていて。アートとしての手法の側面と、個人的な表現の側面と……。

P:前者は肯定している?volca beatsを用いたアプローチについて「スタイルやフォーマットの発見が重点」と書かれていましたよね。

F:ですね。発見者と利用者がまた分離している状況もイメージしてました。volcaの手法を発見して誰かが模倣する。volcaの時に、真似してみたという動画がいくつかアップされていて。

音楽を奏でることの肯定

F:多分、色々ごっちゃになっている部分が自分でもあって分化できていない感じが凄いあります(笑)立ち位置をいくつか分けてみたいかも。
一つの立ち位置はアウトサイダーアートというのはあります。このウェイトは自分の中でかなり大きいです。40%~60%。

F:簡単なもので創作をするにはどうしたら良いんだろうか、みたいなものはあります。それは自分の場合、リアルな困りごとだったりしたのですが、一方でその制約が面白かったりはあるのかなと。
例えば、30分しかバッテリーが持たなくなったPCでDTMとか面白いかも。

P:タイムアタックのような(笑)

F:(笑)でも時に困りごとが面白い制約の時はあるなって。

P:アウトサイダーアート的な立ち位置は、手法の制限やシンプルさについては納得できますが、独自性を重視しないという点はまた別でしょうか?

F:制作に参入できる障壁とかんがえるとややしっくりくるかもしれません。

P:制作に参入できるハードルを下げたい、というような意識……?

F:ウェルメイド>独自性>創作すること自体、というような難易度ではあるのかなと。

P:なるほど。

F:ですね。出来る人は独自性をもって、さらにウェルメイドも出来る人はやっていいけれど、出来なくても価値はある。

P:とてもしっくりきました、そういうことですね。

F:あなた独自の表現でなくても、あなたが音楽を奏でることには価値がある。

P:なるほど!この肯定はとても意味があることですね。

創造性とエコロジー

P:ちょっと話を戻して、アウトサイダー的な立ち位置が40-60%くらいとして、残りはどういうものでしょう?

F:面白い事したいなぁみたいな意識が20%~30%あります(笑)やはりアイデアを考えたりして作るのは楽しいかもしれません。無理に接続してみたいなというか、新しい視点が見えるのはやはり楽しいです。

F:これ、アクセシビリティが無い感じがする(笑)

P:記事自体は一般的なアクセシビリティはないかもですけど(笑)

P:アウトサイダーアートが40-60%、アイデアを楽しむが20-30%
とすると、残りがまだありそうですが.…..。

F:ありえたかもしれない可能性の再考みたいなのはあるかもしれないです。

P:あるツールや手法の、掘り起こされていない可能性というような感じでしょうか?

F:ですね!もしくは、昔の環境でなぜそれが可能なのか、みたいなことを再考してみたいと。機材的には昔でも可能だったんじゃないか。もしくは昔の思想を現代に持ってくれば有効な方法があるのではないか、というのは考えていますね。電気が無い時代に電子音楽は可能か?みたいな類例を考えたりします(笑)
あと、環境的なことは少し入っているかもしれない。

P:環境ですか?

F:CPU負荷を落としてエコロジーに電子音楽を奏でるみたいなことは少し感じます。

P:それはどのあたりに重きを置いているんですか?省エネ.…..?シンプルさの追求.…..?

F:そうですね。省エネとシンプルさみたいなのが半分半分ありますね。

P:省エネで行きたいというのは、美学的なことなのか(少ないエネルギーで最大限の効果を生み出す美しさというような)、環境への配慮なのか、どういう意識でしょうか?

F:美学7、環境配慮3かもしれないですね。ただ消費しているエネルギーに対し出力が少ないような感覚があります(笑)少ないリソースで魅力的な物は作れるのではないかという思いはあります。
Orcaというライブコーディング環境?があるのですが彼らの思想はそういうところにあって。

F:本来の思想は少ないCPUリソースと持続可能性なんですよね。昔のPCでも動作出来ること、少ない電力で動作出来る事。それで彼らは船の上でやってて、これは良いなと共感します。

P:とても面白いですね。こういう背景があるとは全く知りませんでした。

F:Orcaの思想はとても魅力的です。元々船の上でインターネットや電力が制限されていて、ソフトウェアのアップデートで10GBとかの容量があると不可能なので、小さいソフトで計算負荷の少ない環境を自分たちで自作していくという感じで。これに近い感覚をやってみたいなと思ってます。


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