収入減で「破滅的医療費支出」超えも 高額療養費制度、問われる機能
高額療養費制度が見直される。厚生労働省は今年8月と来年8月の2段階で、医療費の自己負担にもうけている月ごとの上限額を7~38%引き上げる。患者負担が過大にならないよう、安心して治療を受けられるようにする制度だが、セーフティーネット(安全網)として十分機能し続けるのかが問われている。
高額療養費制度は、所得などに応じて医療費の負担額に上限を設けている仕組みだ。今回の見直しで判断材料の一つになったのは、「破滅的医療支出」という考え方だ。世界保健機関(WHO)によると、収入から税金や保険料、食費などの生活費を除いた「支払い能力」に対し、医療費の支出が40%を超える状況を指す。
全国がん患者団体連合会(全がん連)は、現行の上限額でも破滅的医療支出の状態にある患者がいることをデータで示し、見直しにあたっては、その水準を超えないようにすることを求めた。
厚労省はこの点を考慮し、新しく年間の上限額を設け、治療が長期にわたる患者の負担を抑える仕組みを導入する。こうした見直しで、所得200万円以上の患者の年間の医療費支出は、破滅的医療支出を超えない計算となる。全がん連の天野慎介理事長は「年間の負担が抑えられたことはありがたい」と評価する。
一方で、見過ごせない課題も残る。平均で3割ほどのがん患者が、治療を受けるために収入が減るとのデータがあるにもかかわらず、高額療養費の上限額は前年の年間所得で決まる。天野さんは「支払い能力が落ちているなかで、医療費支出が占める割合が70%以上と、破滅的医療支出を大きく超える患者もいる」と指摘する。
厚労省は見直しにあたり、高額療養費に限らず医療保険制度全体で議論を進めたと説明してきた。ただ、高齢者の窓口負担や介護の利用者負担の見直しなどは議論のたびに自民党内で強い反対の声が上がるため、結果として高額療養費が狙い撃ちされる形になっている。天野さんは「他の政策課題の中には、議論すら避けられているものもある。その結果、高額療養費から削られている」とみる。
欧州では、日本よりも患者の医療費負担が軽くすむ国もある。天野さんは「高額療養費制度の患者負担は限界で、引き上げる余地は乏しい。今後も医療費を抑制していくなら、他の方策を考えてもらわなければいけない」と話す。
見直し後に患者が受診を控えてしまう事態を懸念する声も上がっている。厚労省は昨年末、上限額の引き上げによって、社会保険料と公費による給付額の削減効果が年間計2450億円あるとの試算を公表した。この削減効果には、受診抑制による1070億円分が含まれている。
会見でこの点を問われた上野賢一郎厚労相は「必要な受診が抑制されるということは想定していない」と説明するが、裏を返せば、「必要な受診」に当てはまらないケースの抑制は想定している。
高額療養費制度の対象となるのは、重い病気やけがで入院が必要になったり、治りにくい病気で治療が長引いたりする患者だ。ただ、70歳以上の人に対しては、外来受診の負担額に上限を設ける「外来特例」がある。外来特例の対象には、症状の軽い患者も含まれる。
厚労省幹部は「入院が必要な患者が入院をやめる事態はおそらく起きないのではないか。不要な頻回受診みたいなものは抑制されるかもしれない」と説明する。1070億円という数字自体、過去に倣って機械的に数式に当てはめて出したもので、実際にどの程度、受診抑制が生じるのかは、実際に見直されてみないとわからない。
患者負担を増やす高額療養費制度の見直しに対しては、依然根強い反対意見がある。
政府は、医療費全体の伸びと比べ、高額療養費制度にかかる費用が倍の速さで伸びていることを見直しの理由の一つに挙げるが、医療費のなかで高額療養費制度の費用が占める割合は22年度で6.79%。決して大きいとは言えない。
上野厚労相は3月31日の閣議後会見で「現時点でさらなる改正は予定をしていない」と述べた。しかし、厚労省内では、インフレの状況では再び見直さざるを得なくなるとの見方が強い。
物価上昇によって診療報酬が引き上げられれば、医療費が高くなる。「上限額を見直さないと、高額療養費制度の患者が増えていく」と厚労省幹部は指摘する。また、上限額が据え置かれることで、患者の負担増は抑えられるが、保険料と公費による給付が増え、財務当局から見直しの圧力が高まるとみる。
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